8.図書館へ
「――それで。父上の話では、魔を司る者の復活が近いと?」
「はい。まだ動きは無いようですが、封印されていると思われる教会の監視を強めていらっしゃいます」
「そう、教会を……」
精霊の記憶で見せられた、あの教会を思い浮かべる。
ふと湖に視線をやると、何事も無かったように太陽の光をキラキラと反射していた。
嵐の前の静けさ。漠然とだが、運命の歯車が回りだした――そんな気がした。
「向こうの動きがあるまで、私たちも色々調べてみよう。幸い、学園にはこの国最大の図書館があるのだから。ねっ」
「はい」とルーカスは返事をした。
魔王か……。
きっと口伝以外にも、私は知らなければならない事があるかもしれない。
とりあえず、他の場所でも魔力解放したら女神の姿になるのか、後でそれも試してみなきゃね。
◇◇◇
連休が明け、学園生活に戻った。
結局、アーサーお兄ちゃんの婚約披露パーティーにも参加できなかった。ことごとく、私はイベントをすっぽかしてしまっている。悲しい。
日々の生活では、女神になったり戻ったりを、こっそり部屋で練習している。もともと魔力が多かったことに加え、女神の姿になると更に魔力量がアップすると判明した。もう倒れることもない。
全く枯渇の心配がないため、学園で習ったばかりの魔法陣を色々と組み換えて試したりしている。
ちょっと楽しくなって、やり過ぎてしまうとルーカスに嫌な顔をされてしまうが。
でも、私は気にしない!
なんなら、女性物の服も揃えてしまおうか検討中よ。いつか女性の姿で出かけたい。
そんな野望はさて置き。
今日は、連休明けテストの結果発表の日だ。掲示板に貼り出された結果を見に行く。
上位三位までは予想通り。
皇子がトップを取るのは当たり前。国の為に、幼い頃から徹底的に教え込まれているのだから。無論、常に側で仕えるルーカスも同様だ。
クリスティーナ公爵令嬢は、さすが第二皇子の婚約者なだけあって優秀さは折り紙つき。大変な妃教育を受けているだけある。
四位以下は――。
あ、ダメだ。名前と顔が一致しない。
元美容のプロだったせいか、一度見た顔は大抵忘れないのに。名前を覚えるのは、物凄く苦手だった。横文字なんて特に。転生したのに、そこは変わらないらしい。
純日本人だもの、仕方ないわよね……そんな言い訳をしつつ、澄まし顔で掲示板とにらめっこしていた。
すると――。
「シャルル殿下は流石ですね!」
と声をかけてくる者がいた。
藤色の髪にキラキラした黒い瞳、人懐っこい笑顔の美少年。
確か、クラス委員長をやっている……アシュリー侯爵の所の嫡子だとはわかっている。ただ、名前が出てこないだけだ。………あ!
「ミハイル。君こそやるじゃないか」
忘れていたことを悟られないよう、にこやかに返事をするとミハイルは嬉しそうに笑みを浮かべた。
インテリっぽくないのに頭が良い。文武両道、全て卒なくこなし人望もある。彼が領主になったら、アシュリー領は安泰だろう。
それから他愛もない会話をして教室へ戻った。
早いところクラスメイトの名前くらいは、ちゃんと覚えようと心に決めて。
◇◇◇
授業が終わると、ルーカスを連れ図書館へ向かった。
ん?
何処からとも無く、鋭い視線を感じたような気がして足を止める。絡みつくような、何とも嫌な感じだった。
周りを見渡しても、特に不自然な素振りをする者は居ない。
隣でルーカスも、その視線を感じたのだろう。茶色の瞳は油断なく動くが……やはり、違和感の原因は突き止められないようだ。
警戒しなが歩いていると、図書館に着いてしまった。
シンプルだが品があり、見やすさを重視された大きな図書館。中に入ると、司書らしき人物と話をしている男性の姿があった。
サラサラの短めの銀髪を、後ろに撫でつけた髪型。長身で均整のとれた、二十八歳独身の美青年。その見覚えのある人物は、我がクラスの担任だった。
振り返った彼は、こちらに気づくと微笑みながらやって来る。
「放課後に勉強とは感心だね。シャルル君にルーカス君」
この学園では、一応生徒は皆平等と謳っているため、教師たちは敬称を統一して呼ぶ。なんだか、小学生の頃を思い出した。
「歴史の授業で分からないことがあったもので……少し調べてみようかと思ったのです」
「それは良いことだね」
担任は感心するように頷いた。
この学園の教師には、国に認められた優秀な者しかなれない。知識教養、魔術に剣技と、相当なレベルを求められる。その上、国の中枢を担う文官たちに、身元を徹底的に洗われるのだ。
そんな、厳しい条件を全てクリアしている。モテ要素しか見当たらないが、結婚するのが早いこの世界で未だに独身。もしかしたら、人には言えない悩みでもあるのかもしれない――と考え至る。
なんか、イケメンなのに可哀想……。
「ん? 何か言ったかい?」
「いいえ、何も」
爽やか笑顔で適当に誤魔化した。
司書に話を通して、限られた者しか入れない皇族専用の秘蔵書庫へと向かう。
ルーカスを専用入り口付近で待たせ、中へと入る。
やはり見たこともない蔵書が沢山あった。
そこには持ち出し厳禁の、重々しい雰囲気の本が沢山並んでいる。
「さて、どれから読んでいこうか……」
なんとなく端の方を見遣る。そんなに分厚くはないが、とても古めかしい本があった。少し埃っぽいが手に取ると、古語で書かれていた。
うわぁ……と思ったが、すんなりと読めてしまう私って、なかなか優秀ね。えっと……。これは御伽噺かしら?
神が創った世界が舞台。人間界を女神が、魔界を魔王が治める。相見える事のないはずの二人が出会い愛し合う。
どこかで聞いた話と似ているが、違うのは嫉妬に狂った神による悲恋だった。
他にも色々読んでみると、精霊について書かれている物もいくつかあった。やはり、あの光は精霊だったのだと確信する。
目当ての物は見つからなかったが、外が暗くなってきたので、今日はここまでにした。
◇◇◇
寮に戻り人払いすると、ルーカスは図書館で印をつけた地図を広げる。私が書庫の中に籠っている間に、ルーカスは国中に点在する教会の位置等を調べていた。
口伝の中に、魔を司る者は教会の下に封印したとあった。
ただ書物で残っている訳ではないので、どの教会なのか場所の特定が難しい。しかも、想像以上に多くて驚いた。
女神の姿になり、教会の場所に何かを感じないか、手を翳しながら確認する。
地図を見ながら考えを巡らすルーカスを、何気なく見ていた。
魔王と、同じ顔……。相変わらず睫毛長いなあ。
小さい頃から見慣れた、大切な友。
過去の出来事とはいえ、魔王の死を目撃してしまった今――。そっくりなルーカスに、あの時の魔王の姿が重なった。不安がどんどん増してきて、胸が苦しくなる。
そんな私の気配を感じたのか、急にルーカスが顔を上げた。
あ、近っ。魔王のことを考えるあまり、近づき過ぎていたらしい。
次の瞬間――。
ガタンっと椅子を倒して、ルーカスは後ろに飛び退いた。
え、ちょっと失礼じゃない? そんなビビらなくても……へこむわ。
見る見るうちにルーカスの顔が赤くなる。
んんっ、何事!?
「す、すみません。お顔が近かったもので….…」
気不味そうに手で口元を押さえたルーカスは、首まで真っ赤だった。
窓に映る自分が、女神の姿……今は、女性だったと気づく。
いつも、ルーカスは感情を表に出さない。端正な顔立ちのせいか、冷たい印象すら相手に与える。
それなのにこの反応……おもしろ過ぎる!
もしかして。男の私にずっと仕えていたから、女性に対しての免疫が無いとか? ちょっと、心配になってきたわ。これでは、パーティーとかで女性とダンスが踊れないかもしれない。
よし、決めた!
女神になる回数を増やして、女性への苦手意識を克服させよう。心の中で拳を突き上げる。決して面白いからではなく、ルーカスの将来のためよ。
そんな事を考えているうちに、通常モードに戻ったルーカスが話しかけてきた。
「……教会の場所に何か感じましたか?」
あ、忘れてた。
「もう少し」と誤魔化す。
地図に意識を戻すと、小さい反応だが一箇所に何かを感じた。そこは、皇都からはだいぶ離れた場所だった。
教会にはあまり近付かないからと約束し、次の休日に行ってみることにする。
そして――。
図書館で感じた不穏な視線のことは、すっかり忘れていた。