7.ルーカスと口伝
ルーカスは迷いながらも、自分の生い立ちから話し出した。
「私は、母の本当の息子ではありません」
「じゃあ……」
「はい。伯父とも血の繋がりはないのです」
トルソーの妹が育てた子だとしても――血縁関係のない子供。しかも平民として育ったルーカスを、いきなり皇子の遊び相手に選ぶとは思えない。ルーカスには選ばれる理由があったということだ。
私の考えを肯定するように、ルーカスは続けた。
「これは伯父に教えてもらったことですが」
執事トルソーの妹ミランダは、気立ての良い、明るく朗らかな女性だったそうだ。
そんな彼女が、ある日……何の前触れも無く消息を絶ってしまった。
ミランダは結婚を直近に控え、幸せそうな日々を過ごしていた。それなのに、まさか突然居なくなるなんて、誰も想像していなかった。
家族も、当時のミランダの婚約者も必死で探したが、彼女は見つからなかったそうだ。彼女の婚約者は跡取りが必要な男爵家の者。当然婚約は破談となった。
結局、ミランダを探す者は、家族だけになってしまった。
それが――。
数年が経った頃、ミランダが突然戻って来たのだ。しかも、小さな男の子を連れて。両親はすでに他界し、兄であるトルソーがミランダと子供を受け入れた。
トルソーが何があったのかと、いくらミランダに尋ねても、彼女は頑なに口を閉ざし首を振るだけだったそうだ。
唯一、ミランダがトルソーに話したこと――。
「名はルーカスとつけました。この子は、魔力の流れが視える者です。どうか陛下の元へ、ルーカスを連れて行ってください」
それだけだった。
伝え終えると、かなり無理をしていたのか衰弱しきっていたミランダは、そのまま倒れてしまった。ルーカスをトルソーに託し、ミランダは意識を戻すことなく帰らぬ人となったのだ。
長年、宮廷に仕えていたトルソーは、視える者について知っていた。同じくミランダも、耳にしたことがあったのだろう。
『視える者』とは、この国が抱える最高峰の魔術師達でさえもその能力を持つ者はおらず、とても稀有な存在だった。
視る力を持つ者は、必ず皇族に仕えなければならないと言われる程に。小さかった王国が徐々に国を広げ、帝国となった今でさえも、残念ながら滅多に現れないそうだ。
なのに。ミランダが連れて来た子が、その力を持っていた。しかも、桁外れの能力値。
当時、トルソーは皇帝直属の執事だったからこそ、ルーカスを内密に謁見させることができた。
公にしなかったのは、トルソーに何か考えがあったらしい。子爵家を継いだトルソーが、正式にルーカスを養子縁組していないのも、理由はそこにある気がした。
第三皇子――私シャルルがが生まれた時は、まだ纏う色を僅かに視られる魔術師が一人だけいたそうだが……。高齢で他界してしまい、皇帝は必死で次の能力者を探していたらしい。
「初代の王の血筋だけに伝わる口伝のひとつは――。
『視える者は、水色の魔力を纏う者の傍に必ず置かなければならない』ということです」
なるほど。そこまでは理解できた。
「……で、その他の口伝については詳しく教えてもらえたの?」
「はい。そのまま最奥の間に連れて行かれ、そちらで」
最奥の間を開けるための鍵は、あの指輪――皇帝だけが所持し、後世に伝え渡していく物だった。
最奥の間の中には女神の写絵が飾られ、その前で口伝による魔力の流れを視える者の役割を聞かされたそうだ。
ルーカスから聞かされた口伝は、御伽噺のようだった。
◆
今から数百年も前の、大昔――。
人間の住む世界に、魔を司る者が現れた。
魔を司る者は禍々しい呪いを次々と発動し、呪いによって憎しみで溢れた人々は殺し合い、戦争を引き起こした。憎しみによって魔界の扉を開くために。
魔界から魔王を呼び出し、更なる恐怖で人間の世界を支配しようとしたのだ。
だが、魔王が人間界に現れた同時期に、王家の姫の中に七色に輝く女神が顕現した。
そして、魔を司る者は失敗したのだ。
原因は、魔王の本質を見抜けなかったこと。
魔王と女神はお互いを知らずに出逢い、愛を育んでいった。
二人は協力し、魔を司る者と呪いを封じようとした。女神は魔王の死と引き換えに、水のように輝く青き魔力と聖剣を手に入れて。
ただ、ひとつ。誤算があった。
魔を司る者により、後発の呪いとも呼べる黒魔法が発動してしまったのだ。
『人々の悪意が満ちた時、魔を司る者は復活する』
それを知った女神は、その時が来たら、自分達も復活するという命をかけた聖なる魔法を使った。
魔を司る者が復活する時――女神もまた王家の姫の中に顕現する。青き水の魔力を纏いて、魔王と共に現れ世界を守ると。
女神は父である王に指輪を託し、光となって消えた。
女神が聖なる魔法を使った場所には、いつの間にか泉が湧き出ていたそうだ。泉は徐々に大きくなり、聖なる湖になった。
『水色の魔力を纏う女の子が生まれた時、魔王の能力の一つ魔力の流れを視える者を傍に置くように。このことは、悪意ある者に気付かせぬよう、王家だけの口伝とし、指輪と共に伝えていくよう命ずる』
と王は次代の継承者に、口伝を託した。
◆
それから、国王は魔術師達を集め、何年経っても変わらない、湖に繋がる女神の写絵を描かせたそうだ。厳重な魔法で守られた最奥の間に。
「ですが……。何百年と水色の魔力を纏う女児は生まれなかったのです。シャルル様は男児でしたので、陛下は安心しておいででした。ただ、念のため……」
ルーカスは第三皇子につくように言われたのだ。
「なるほどね」
つまり水色の魔力の私と、特殊な能力者のルーカスが一緒にいることは必然だった。
うーん。壮大なファンタジーだなぁ……頭の中がパンパンになってきた。
「男だった私は、女神になる筈ではなかった。それが転生者で、しかも前世が女であったが為に、何かが作用してしまった……って考えると、辻褄が合うのね」
「はい。その可能性が高いかと。シャルル様が記憶を蘇らせた時、確かに七色の魔力に包まれたのです」
その時のことを思い返すように、ルーカスは長い睫毛を伏せた。
「シャルル様の魔力の変化について、陛下にお伝えしたところ、指輪を渡されました。何かあれば、シャルル様を最奥の間にお連れするように、と。ですから、この湖でシャルル様が女神の姿になられたことも、陛下にご報告いたしました。そして陛下は、近いうちに来るべき時が来ると仰ったのです」
ルーカスがあっさり最奥の間に連れて行ってくれた理由はそれだったのだ。おねだりが成功した訳じゃなかった。
で、私が消えた後すぐに湖に向かったのか。
以前、私が女神の姿になった日から――ルーカスはこの湖について詳しく調べる為に、学園の図書館へずっと通っていたそうだ。
「それで、何かわかったの?」
「……残念ながら、まだです」
ルーカスは悔しそうな表情をした。じっとルーカスを見つめれば、目の下には酷いクマが出来ている。
「うーん、まぁいいか。また魔力を抑えこむ前に……と」
剣の稽古して、馬を走らせ、寝ずに私を待っていたであろうルーカスは……絶対に疲れているはず。
ある考えに、私の口の端は上がる。
映像で見た女神を思い出し、ルーカスに向かって手をかざした。
――癒しを!
突如、ルーカスが光に包まれる。突然の出来事に、ルーカスは瞠目し固まった。
「ふふ、成功」
ルーカスはハッとすると、鋭い視線を私に向けた。
「シャルル様。私で試しましたね?」
「少しは楽になったかしら? ほら、私。魔力を抑えたら、また倒れちゃうかもしれないでしょ。そうなる前に、ルーカスにはしっかりと回復しておいてもらわないとね」
「ありがとうございます。驚くほど体が軽くなりました。その口調が……本来の貴女なのですね」
ルーカスは一人で納得しているみたいだ。
女性の姿になると、ついつい昔の口調に戻ってしまう。気をつけなくちゃね。
それにしても、女神の持つ聖属性の魔力は凄そうだわ。見様見真似だったが、ほとんど魔力を使わずに癒しの力が使えた。
次は元の姿に戻るため、魔力を抑え込んでみることに。前回と同じように抑え込む感覚をイメージする
すぅー……っと、身体の中で魔力が静まっていく。今回は倒れずに済んだみたいだ。
あら、簡単に出来たかも……ん?
今まで無理に抑えていた時とは違い、違和感が全くなかった。