3.ルーカス視点①
私の主人である、アストレイヤ帝国の第三皇子シャルル様。
小さな頃から側近としてお仕えしている。
友人だから殿下と呼ぶなと仰るので、正式な場以外は「シャルル様」と呼んでいるのだが――。
何故、高位貴族の子息ではなく、身分の低い自分を側近として選び、子供の頃と変わらずに友と呼んでくれるのか。本当に不思議な方だ。
あの方との出逢いは今も尚、鮮明に憶えている。
皇族に仕える執事のトルソーに連れられ、初めて宮廷へとやって来た。子供ながらに、自分のような者が入っていい場所ではないと感じた。
けれど、伯父だと名乗ったトルソーは、握った手を離してはくれず、逃げ出すこともできない。強い力ではないが、トルソー自身も少し緊張していたのだろう。
私は、不安を抱えながらも、ついて行くだけで精一杯だった。
暫く歩き続けると、立派な庭園にさしかかった。鼻をくすぐる風に思わず足を止める。トルソーもまた、同じように止まると、頭を下げた。
トルソーの視線の先に佇んでいた人物が、私の視界に飛び込んでくる。
木漏れ日の下、振り返ったその少年の笑みに、心臓が大きく跳ねた。まるで、胸を鷲掴みにされたかのような感覚に囚われる。
プラチナブロンドの真っ直ぐな髪に、深い紺碧の瞳。鼻筋の通った、線の細い美しい少年から目が離せなくなった。
それが、自分がお仕えすべき、幼き日のシャルル様だった。
◇◇◇
お仕えしてから数年が経ったある日。
大切な主人が突然、苦痛に顔を歪め頭を手で押さえたまま、体が勢いよく傾いた。慌てて手を伸ばし支える。
床に体を打ちつけずには済んだが、大切な主人の意識は無い。私はいいようのない不安に襲われた。
急いで宮医のもとへ連れて行こうと抱き上げると、腕の中で異変を感じた。
一瞬、シャルル様の纏っている魔力の流れが乱れた気がしたのだ。私は、幼い頃から人の魔力が見える。
これは――っ。まさか、何者かの魔術か!?
頭の中に、外敵の不安要素が溢れてくる。厳重な結界が張れる、最も安全な場へと主人を抱えて走った。
この国の貴族は皆、多かれ少なかれ魔力を持っている。
そして、其々の属する魔力の色を体に纏っているのだ。魔力の強い者――特に皇族には、かなりハッキリとした朱色と輝きがみられた。無論、魔力が強いからこそ国を保っていられるのだが。シャルル様は違っていた。
だからこそ私は焦ったのだ。
横になって眠るシャルル様は、良からぬ魔術が発動したとかの気配は無く、穏やかな息遣いだけが聞こえた。
新しい水を用意するため僅かに離れた間に、目が覚められたようだ。
意識が戻ったことに私は安堵したが――。
シャルル様の身に覆う魔力が七色に輝いていたのだ。次いで、凪いだ湖のような淡い水色へと戻っていく。
何か起こったのかを見落とさないよう、必死で主人の様子を視続けた。特に魔力の変化は無いが、シャルル様は戸惑いの表情を浮かべていた。
再度、呼びかけてみる。
「すまない、心配かけた。もう大丈夫だから」
いつもの笑顔で言われ、やっと私は息ができるようだった。
ただ――。
「イケメン……」
と、呟くようにシャルル様の口から溢れた言葉は、聞き慣れないものだった。
◇◇◇
その後、特に問題が起こることも無く、オンディーヌ学園への入学準備に追われた。
供として一緒に学園へ入り、決して主人に危機が及ばないように過ごす。シャルル様に快適な学園生活を送っていただくことが、我々の役目だ。
それなのに。まさか……あんな事が起ころうとは。
湖での出来事を思い出す。
異世界からの転生――本当に、そんな事があるのだろうか?
俄かには信じ難い話だったが、シャルル様が私に嘘をつくことはない。
私との友情を信じているから……とかではない。騙す、嘘をつく、そんなのは私に対してだけは意味が無いのだ。
シャルル様はバカ正直なので、嘘をつこうとすると魔力が波打つ。もちろん、私はそれを見逃すことはない。自覚ある主人は、私に嘘は通じないと知っているから、無駄なことはしないのだ。
皇族なのに人を欺くことが苦手な、愛すべき残念なお方なのだ。
それにしても……。
光を放ち、呆然とたたずむシャルル様の姿が、目に焼きついて離れない。
「邪魔だから!」と、いつも肩上に切り揃えられた髪が腰まで伸び、女性らしい曲線に、美しい顔立ちに不安そうな瞳。ほんのり赤い唇は震えていた。
息を呑むほどに美しく、視線を逸らすことすら出来なかった。確かにシャルル様であったが、あまりにも女神の肖像画の風貌に酷似していたのだ。
正直に、ありのままを吐露すれば……見蕩れてしまったのだ、私は。
シャルル様に話しかけられ我に返ったが、バツが悪くなり目を伏せて考えることに集中した。
シャルル様は魔力の扱い方に関して、尋常ではない能力を持っている。確信は無かったが、とりあえず魔力の押さえ込みを提案してみた。
無事成功したが――。
声をかけると安心したのか力が抜け、そのまま私の腕の中に倒れてしまったのだ。抱きしめたい衝動を抑え、そのまま抱き上げると寮の部屋へと戻った。
真っ青になって、慌てて駆け寄る侍女達を落ち着かせるよう、状況を説明する。もちろん、本当の事など言えない。
取り敢えず、シャルル様はまだ体が本調子でなかったのだと誤魔化した。
しっかりお休みいただくように、二人に細かい指示を出す。何かあればすぐ私を呼ぶよう伝えると、私は学園にある帝国最大である図書館に向かった。