2.入寮日のトラブル
入学式の前日。
小さな頃から仕えてくれている、侍女のメアリとマーサ、側近で同学年のルーカス、ベテラン執事のトルソーを供に入寮した。
オンディーヌ学園は全寮制。
この学園では、魔力のある者はそれを上手く制御し効率よく使う為、詳しく学ぶ。
先ずは、初歩である最低限の制御が出来るようにならなければならない。中途半端だと危険なので、それが出来ない者は、休日の帰省も許されないのだ。
皇族には別棟が建てられていて、側近や使用人達の部屋も完備されている。もちろん厨房もで、食事は必ずこちらで取らなければならない。毒を盛られないようにする為に。
皇宮と変わらずに、とても快適に過ごせるようになっていた。
◇◇◇
ひと段落つき、ルーカスを連れ学園に隣接している林を散歩することにした。
木々の間を気持ちの良い風が吹き、小さな湖が見えて来る。その湖は、日の光が反射しているのかキラキラと輝いていた。
うわぁ! 綺麗。
光る湖面の、自然の美しさに見惚れた瞬間――ゾクッと全身が粟立った。
『『『……やっときたねぇ……まっていたよ』』』
『『『……ウフフフフ……アハハハハ』』』
な、なに、怖っ!! しかも、眩しいっ。
湖から輝く球体が幾つも飛び交い、こちらに一斉に向かって来る。ルーカスの叫ぶ声が耳を掠めた。
けれど、球体がルーカスを遮るように邪魔をする。手で払おうとしても、すり抜けてしまう。大量に光る物体は纏わりつくようにして、小さな衝撃と共に私の身体の中へと入ってきた。
全身が温かくなり、まるで重力が無くなったかのように、ふわふわの柔らかい何かに包まれる。
さっきまでの恐怖が嘘みたいに消えていく。目を閉じでいてもわかるほどの眩しさも感じない。
怖々と目を開くと、慌てて駆け寄って来たルーカスの驚愕に満ちた顔が目の前にあった。
「貴女は……シャルル様、なのか?」
目を見開いているルーカスは、信じられないとばかりに呟いた。
ルーカスの態度に首を傾げると、肩からフサッと見慣れたプラチナブロンドの髪が流れ落ちる。
「……え?」
確かボブくらいの長さだったよね、私の髪。超ロングになってるんですけど!?
し、しかも、前世ではちゃんとあった胸の膨らみが……ある。
慌てて湖面に自分を映し確認すると――。
お、女だ。しかも、全身が光ってる。顔や服装は殆ど変化は無いけど……今度は女性になっちゃった!? 油の切れたブリキのロボットみたいに強張る体を、どうにか動かしルーカスを振り返った。
私の口から、「ははは……」と渇いた笑いだけが溢れる。何を言えばいいのか分からないのだ。
ルーカスの驚愕の表情に、不安が募ってくる。こんなルーカスを、見たことがなかったから尚更だ。
七歳の時に皇宮へとやって来たルーカスは、執事トルソーの、流行り病で亡くなった妹の忘れ形見だった。トルソーはルーカスの後見人となり、甥を自分の手で育てることにしたらしい。
そして、第三皇子と同い年ということもあり、よき遊び相手になるだろうと、皇帝からシャルルに仕えること許されたのだ。
心優しいルーカスは兄であり弟でもあり、私にとって誰よりも大切な友になっていた。ルーカスは自分に厳しく、私には激甘で。これまで、お互い知らないことなんてなかった。転生の件は除いて。
だからこそ、この表情はただ驚いているだけとは思えなかった。
「ねえ、この姿って……何?」
ルーカスに問う。
「見た目は、シャルル様ですが……。私には、女性に見えています」
それは、さすがに私もわかっている。
「で?」と促せば、躊躇いながらもルーカスは続けた。
「宮殿の最奥の間に飾られている女神様の写絵――そこから、女神様が出て来られたかのようなお姿です。そして、全身に七色の魔力を纏われています」
「……そうなの、か」
やはり、ルーカスには覚えがあったようだ。女神とかよく分からないけど。
どうにかして、解決策を見つけないと困る。ルーカス以外に魔力自体は見えなくても、こんな姿じゃ明日の入学式に出られない。私は頭を抱える。
ふとルーカスを見ると、手を顎に当て何か考えてこんでいた。
「先日、倒れられた時……何があったのか話してください」
「え?」
有無を言わせぬ瞳で、じっと私を凝視する。
うっ! 美形って、破壊力すごい。
何だか、全てを見透かされているみたいだった。こういう場合、前世の記憶とか話していいものなのか迷う。
何か変なルールとかあったら?
言った途端、また死んでしまったり……とか。
でも、所詮ただのおばちゃんだった頭じゃ、こんなファンタジーな世界についていけない。
ええい、ルーカスを信じる!
覚悟を決め、前世の記憶を話し始めた。
◇◇◇
胡乱な目で見られるかと思ったが、ルーカスはただひたすらに、眉間に皺を寄せて目を伏せている。
皇族を守る為の教育を受けて来たルーカスは、十五歳と侮れないほどしっかりしている。魔力が視える特殊な能力がある上、勤勉で頭も良い。皇子である私でさえ知らない、独自のルートと繋がりを持っていたり。だからつい、頼ってしまうのだ。
でも、そうだよね。こんな突飛な話、固まるよねぇ……。
前世の私の娘と、いくつかしか変わらない年齢の青年を頼って、全て話してしまったことを後悔する。
うぅっ。
中学時代オタクでファンタジー大好きだったから、どうにかなりそうなんて……思慮不足な脳みそで、本当にごめんなさい。
心の中で懺悔をしていると、ルーカスはこちらを探るように視線を向けた。
「つまり、貴女は――。この国ではない、場所や時代で亡くなり、生まれ変わった。しかも、魔法という概念のない世界。そして、その前世では女性であったと?」
コクコクと頷く。
ついバカ正直に、年齢まで言ってしまった。
日本における女性の平均寿命は八十歳をこえている。この世界では長生きしても六十代。四十歳が目前だった前世の自分は、かなりの大人だ。
普通に幼少期から婚約者が居たり、十七歳から二十歳が結婚適齢期と考えれば、オバサンを通り越して、もうおばあちゃんだ。
あ。なんか、悲しくなってきた。まだまだ若いつもりだったのにっ。
「もしかしたら、その件が関係あるかもしれませんね」
「は? 何で? 意味がわからない」
「同じ光……。あの時、シャルル様が纏われた魔力の光と、今の輝きが同じなのです」
「へっ?」
「いつものように、魔力を押さえ込むことは可能ですか?」
本来なら学園で魔力の扱い方を習うが――。
自分には、他の皇族より圧倒的な魔力があると気がついた時、危機感を覚えた。周りに気がつかれないよう、多過ぎる魔力を封じ、調整してきたのだ。
それをルーカスは知っている。
私は、父や兄達が大好きだ。
身内からそんな魔力持ちがでれば、継承争いが勃発する可能性がでてしまう。
欲深さを持った者に知られてしまったら――。ただでさえ、上位貴族の中には派閥があり、考え方も違うのだ。いいように利用されたら敵わない。
そして何より、皇帝になりたいとは微塵にも思わなかった。
目を瞑り、すぅー……と息を大きく吸い魔力を封じ込めてみる。
『え〜。せっかく力わけてあげたのにぃ〜。ざぁ〜んねん。またよんでねぇ〜』
頭の中に言葉が響く。
――呼ぶって、誰を?
その疑問に返事はなく、残ったのは静寂だけ。
「お姿、戻りましたね」
「え。あ……うん、よかっ……た」
ルーカスの言葉を聞いて安心したせいか、力が抜ける。ふらついた私は、ルーカスに支えられると同時に意識を手放した。
◇◇◇
どのくらい意識が無かったのか。気づいた時には寮の自室のベッドの上だった。
そして――。
入学式は眠っている間に終わっていた。




