19.ルーカス視点②
夢を見た。
それは、遥か遠く昔の夢。
◇◇◇
私は人の姿を持った魔物だった。
多分だが、人間の血が入っているのだろう。親など見たことがないので、わからないが。周りの者からは半魔と呼ばれた。人間でもなく、魔物でもない、中途半端な存在。
そんな私が仕えていたのは、魔界の前魔王。魔を司る魔界の統率者だった。
ある日――。
人間界と魔界を繋ぐ門が歪み、一人の人間が迷い込んできた。人間が魔界に足を踏み入れるなど、あってはならない事態だった。
私はその人間と、たまたま出会ってしまったのだ。
人間界では直ぐに歪みを修復したのだろう、魔界側から外へ出る者はいなかった。
いや、そんな簡単に修復出来るとは考え難い。
もしかしたら、その人間は罪人だったのかもしれない。誰かに落とされたのか、自分で人間界から逃げてきたのか。
時折り見せる表情は、人間よりも魔物に近い醜悪なものだった。
とはいえ、魔界は想像を超えていたのだろう。
見た目が人に近い私に、人間は警戒を解くと、魔界から出る方法を共に探してほしいと言いだした。
私に流れる、人間の血が影響したのだろうか。放ってはおけなかったのだ。
――だが。
その人間は、魔王に見つかってしまった。
当然、私は匿った罪で捕らえられたが、別にそれは大したことではなかった。
問題は、恐怖に怯えた人間が魔王に喰われてしまったことだ。
最悪な状況はそこから始まった。
人間の恐怖や絶望感が、魔王を虜にしてしまったのだ。
一度歪んだ境界の門をこじ開けるなど、理性を失い歯止めがきかなくなった魔王には、容易いことだった。
人間界を全て恐怖や絶望で闇に落とし、神さえも支配する。その甘美な欲望の為だけに魔王は突き進んだのだ。
まさにそれは、神との誓約を反故するもの。
人間界が恐怖と殺戮でどんどんと闇が広がる中、神によって新しい魔王が誕生した。
誰からともなく噂が広がり、魔界の地底に閉じ込められていた私の耳にも入ってきた。
岩で囲われた真っ暗な牢の中で、どれほどの歳月が流れた頃だっただろうか――。もう、自分が生きているのか死んでいるのかすら、分からなくなっていた。
地響きと共に、四方を囲っていた岩が崩れされた。決して明るいとは言えないが、淡い光が差し込んだのだ。
やっとの思いで這い出ると……崩れた岩壁の上には、人影があった。
半魔の自分とよく似た姿。違うのは、人間のような姿であっても圧倒的な存在感。計り知れない程の美しい魔力を纏って、こちらを見下ろしていた。
彼が新しい魔王だと直感的に理解した。
「お前は、半魔か……俺の元へ来るか?」
まるで人間のように尋ねてきた魔王は、私に手を差し出した。
その手を取るのに迷いなど無かった。私はきっと人間に焦がれていたのだ。
私は魔王に助けられ、新しき美しい王へ心からの忠誠を誓った。
いつしか、私は魔王の片腕と呼ばれるようになり、あらゆる手を尽くし、共に前魔王が暴れる人間界へと赴いた。
そして、魔王は女神と出逢ったのだ。
魔王と女神と共に、神へ反逆した前魔王と戦ったが……大量の人間の命を取り込んだ、前魔王の力は強大だった。
私達は、奴を完全に倒すことが叶わなかった。
いつか神への反逆者として前魔王が復活する。そんな呪いが残ってしまったのだ。
だから、魔王は神から与えられた剣に自分の魂を込めて、女神に封印させた。
残された私の役目――それは。
魔王の片腕として分け与えられた魔力の欠片と共に、魔王の器になる身体に宿りその時を待つこと。何度生まれ変わっても、時が来るまで永遠に。
やっと……自分の役目が果たせたのだ。
魔剣に触れ、魔王がこの身体に宿った時に全ての記憶は甦った。
私は漸く、魔王の片腕に戻れたのだ。永い道のりだった。
王家に伝えられた口伝と、真実は少し違う。
多分、長い年月を経て少しづつ変わってしまったのだろう。
それに、魔王が二人も存在していたとは、人間は知りもしない。だが、今となってはどうでもいい事だ。
魔王と女神は、もう一度めぐり逢えたのだから。
――ルーカスとして産まれた、この今世。
前世の記憶は無く、実に楽しい人間らしい日々だった。
人間の主人のシャルル様。ルーカスの母となってくれたミランダ。出会えたことに感謝しかない。
シャルル様は不思議なお方だ……傍にいると、とても温かくなり、大切に守りたいと思う。
恋心とはこんな感じなのだろうか。それとも半魔として焦がれていたものか。
女神となったシャルル様は、異世界からの転生者であるせいか、前世の比ではない程の力をお持ちだった。
そんな女神様を手に入れた、魔王様はもう大丈夫だろう。
だから、私の魂は消えても本望なのだが……。
魔王様は、それを望まなかった。
「この身体に残り魔王に仕えよ」と、おっしゃったのだ。
嬉しかった。もう少しだけでいい、このまま……二人の主人と共に生きたい。
そう願ってしまう自分がいた。
◇◇◇
窓から差し込む朝日で目が覚めた。
「いつの間にか眠ってしまったのか……」
私は濡れた頬を拭うと、ゆっくりベッドから起き上がる。
身支度を整え、制服を着て鏡を見ると、無意識に笑みが浮かんでいた。
今日もまた、シャルル様と一緒に学園へ向かうのだ。
時々勝手に入れ変わって悪戯する、魔王と共に。




