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18/22

18.名前と記憶

 魔王が選んだ次の転移先は、学園にあるニコラの研究室だった。


 着くや否や、ニコラは整った顔が台無しの顰めっ面をする。その開いた口からは、言葉の嵐が飛び出した。


「突然、先触れも出さず陛下の前に行くなんてっ……心臓に悪すぎますっ!! それに、ルーカス君と魔王の状況は見ていたので分かります……ですが! シャルル君の中身が女とか言ってましたよね? 何かまだ隠している事があるのですね? さあ、全て白状してください!」


 じとりとした目で、ニコラは私と魔王を交互に見る。


 あー、しっかり聞かれてしまったのね。

 たぶん、声はもう出せそうだけど。どうしよう……かなり怒っているしなぁ。


 助けを求めようと魔王に視線を送った途端、パッと姿がルーカスに変わった。

 頭脳戦はルーカス担当なのね……。

 ルーカスは、私を安心させるように頷いて見せた。


「ニコラ先生、この件に関しましては。一、質問しない。二、他言しない。そう女神と魔王に誓えますか?」


 指を順に立てながら、ルーカスはニコラに聞くか聞かないかの二択を迫る。

 ニコラから、ゴクリと唾を呑む音が聞こえた。

 これはつまり、絶対に破ることが出来ない魔王と女神の誓約になるのだ。それでも聞く覚悟があるのかと。


 魔王が、魔物たちを一掃するのをニコラも見ていたのだ。破れば、頭がピチュンとなっても文句は言えない。


「……誓います。教えてください」


 探究心に抗えなかったのか、覚悟を決めたニコラは聞くことを選んだ。

 頷いたルーカスは、私に真実を話すことを促した。


「えぇ……と。信じられないかもしれませんが――」


 事の成り行きを私は全て話した。転生者であることも包み隠さずに。


 ウズウズするのを隠せないニコラの表情。

 質問したいことが山ほどあるのだろうな……と察するが、触れはしない。

 まあ、誓約したのだから無理だろうけど。ルーカスはまた魔王と交代しているし。


 百面相しながらも、無理矢理に自分を納得させたのか、ニコラは落ち着きを取り戻す。


「今日はここまでにしましょう。私はまだ事後処理をしなくてはなりませんので。それから、カミラの件はこちらにお任せください」


「お願いします」と頷く。


「くれぐれも誰にも見られないよう、お二人とも元の姿に戻ってから退室してくださいね。お疲れだと思いますが、明日は遅刻しないように」


 最後は先生らしく念押しされ、言われるがままその場で通常の姿に戻る。

 それを見ていたニコラの高揚した顔は気になったが、取り敢えずスルーし、今日のところは解散となった。




 ◇◇◇




 寮へ戻ると、普段と変わらないトルソーたちが、温かく出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ。お疲れでしょう」


 主人の様子から、言わずとも察して動いてくれている。何も訊かれないことに安堵した。

 食事や湯浴みを済ませ、疲れた身体に自分で癒しをかけて回復させる。


 完全に一人になると、ソファーに身体を投げ出して頭の中を整理し始めるが――。


 うーん、ダメだぁ。色々あり過ぎて混乱してる。

 疲れた頭では何も纏まらないので、諦めて今夜はもう寝てしまおうかと思った時だった。


 トントン……と、控えめなノックの音が聞こえた。


 入室を許可すると、ルーカスが入って来る。

 だが、扉を閉め振り返ったのは、何故かルーカスではなく魔王だった。


「魔王……ど、どうかしましたか?」


 ぎこちなく尋ねると、無表情のまま魔王は隣までやって来て、ドカッとソファーへ座った。

 近すぎる距離にドキリとする。


 魔王もルーカスとして、湯浴みを済ませて来たばかりらしい。まだ湿っているのか、綺麗な漆黒の髪は艶が増している。

 長い睫毛やはり黒くて……ルーカスよりも鋭さというか、シャープな感じがする。


 本当に、美しい横顔だわ。


 視線に気づかれてしまったのか、魔王は私をじっと見つめてくる。沈黙が流れ、逸らされない視線に、堪らずに口を開いた。


「な、なにか?」

「……女神の姿に戻ってくれないか?」


 魔王に言われて気が付いた。


 そうだ……。

 魔王がずっと会いたかったのは、シャルルじゃなくて過去の女神の方だ。反論せず、素直に姿を変えた。


 魔王は目を細めて、女神姿の私を見る。

 とても切ない表情に、何と声を掛けていいか言葉に詰まってしまう。

 そんな私に、魔王は手を伸ばすと、そっと頬に触れた。長い指先から、震えているのが伝わってくる。潤んでいる魔王の瞳から、目が離せない。


「……やっと、逢えた」


 絞り出された言葉と同時に、グイッと腕を引かれ、魔王の胸の中に包まれる。


「……長かった。夢では、ないのだな」


 吐息のような震える声。私の存在を確かめるかのように、抱きしめている腕に力が入る。


 ああ、この人は……女神という存在を、何百年も待ち続けたのだ。逢いたくて、恋焦がれていたのね。

 そんな、痛みさえ感じる魔王の想いに、胸が締めつけられた。


「魔王……あの……」

「……シャルロット。お前が付けてくれた名で呼んでほしい……」


 耳元で囁かれ、ハッとする。


 そうだ、私はシャルロット……確かにそう呼ばれていた。シャルルはそれの男性形の呼び方だ。

 私がつけた魔王の名前は――。


「レオン」


 戸惑いながらも、魔王の顔を見上げそう呼んだ。


「ああ……」と魔王は嬉しそうに睫毛を揺らし、ギュッと強く抱きしめた。


 そうだわ――。


 私は教会の近くの丘で、初めて魔王と出逢ったのだわ。

 魔王(かれ)は自分には名前が無いと言った。だから、私に名前をつけてほしいと頼んだのだ。


『レオンハルトなんてどう? 強い貴方にピッタリでしょう?』

『……長いな』


 その言葉にクスッと笑ってしまった。


『じゃあ、短く()()()で!』


 あの時の嬉しそうな表情……今も同じね。

 魔王の温もりを感じていると、記憶がどんどんと溢れるように甦る。


 それだけ、女神であった私も、魔王を思い続けていたのだ。


「……シャルロット、もう離さない」


 耳朶に触れるように、甘く囁く魔王(レオン)

 私の胸は、隠しようもないほど早鐘を打つ。


 だ、だめ。恥ずかしくて顔から火が出そうだわ!

 

 どう答えていいか分からず、うまく返事が出来ずにいると、レオンは寂しそうに瞳に影を落とした。


「シャルロットは……ルーカスが好きなのか?」


 レオンは絞り出すように、掠れた声で訊いた。


「え?」

「それとも、前世の夫が忘れられないのか?」


 えええっ!? うわっ、完全に何か違う誤解をされている!


「ち、違います! ルーカスは、何と言ったらいいのか……親友であり、息子のような感じで」

「息子?」

「はい」


 コクコクと頷くと、レオンが怪訝な顔をする。


「それから、転生前の家族……夫と娘は今でも愛してますし、大切に思ってます」


 どう言ったらレオンに理解してもらえるか、言葉を探しながら話していく。


「ですが、その世界での私は亡くなりました。たぶん私が居なくなった後……その悲しみを乗り越えて、二人とも頑張って前へ進んでくれている。そう信じています。だから、夫に未練はありません。むしろ素敵な女性と出逢って、幸せになってほしい――そう思っています。あの人は、独りじゃだめな人なんです」


 その言葉にレオンは目を見開いた。


「……では。何故、俺を受け入れてくれない?」

「それはっ」


 悩みつつ、正直に思っていることを伝える。


「私、前世で四十歳くらいだったんですよ。十代のシャルルやシャルロットの感覚より、かなりオバサ……大人になってしまっています。ですから、素直な感情を出すのが苦手というか、上手く出来ないのです。正直、ニコラ先生でさえ年下で幼く見えています。ただ、レオンに対してはシャルロットの感覚や感情がしっかりあって。でも、どうしたら良いのか……。私の中身、恋愛ベタの普通のおばさんなんですよ」


 これで、伝わっただろうか?


「良かった。俺が嫌なのでは無いのだな」

「……嫌ではありません」


 嫌どころか、もう二度と離れたくない。


「安心した」と、またもギュッとレオンに抱きしめられてしまう。


「お前の感覚で言えば、俺は七百歳だ。全く問題ない。違うか?」

「ああ! 確かに。そう考えれば、私の方が年下ですね!」


 思わず笑ってしまった。


「では、時間をかけて……お前を俺だけに染めていこう」


 私の顔を覗き込んで、レオンは美しく魅惑的なその顔に、不敵な笑みを浮かべた。

 心臓が跳ねる。


 このままでは胸のバクバクが止まらないので、慌てて話題を変えようと質問した。


「今、ルーカスはどうしているのですか? 同じ身体を共有されているのですよね? こうして会話をしているのを、一緒に聞いているのですか?」


「いいや、聞いていない。魂が……眠っているような感覚だな。魔王である俺の魂の方が圧倒的に力がある。だから、ルーカスからは出てこられない。こちらから、話を聞かせようとすれば聞こえる筈だが。逆に、ルーカスが表に出ている時は、俺自身が眠っていなければ全て聞こえるし分かる」


「なるほど。ルーカスは今、眠っているのですね?」

「そうだ。だから、ルーカスには息子……なんて言うなよ」

「あ……そうですよね。親友から息子と思われるのは心外ですよね」


 うんうんと納得すると、レオンは何か言いたそうな表情をするが――それ以上は口をつぐんだ。




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