17.まさかの展開
「では、王……いや、今は皇帝か。其奴に会いに行く」
唐突に魔王は言った。
「ええぇっ!?」
「お待ちを!」
私と、ある程度の処理が終わったニコラとが、同時に叫ぶ。
魔王がパチリと指を鳴らしたかと思うと―― 。
目の前には父である皇帝と、皇太子である兄アーサーが。持っていた書類がバサリと落ちる。
どうやら転移先は、宮廷にある父上の執務室だったらしい。幸い、二人の他には誰も居ない。
「――なっ!」
「お前たちは!?」
突然現れた存在に、二人は剣すら抜く間もなかったようだ。刺客ではなく見覚えのある面々に、驚き過ぎて口をパクパクしている。
影たちが現れないのは、魔王の仕業だろうか。
そういえば、二人の前で女神の姿を見せたことがなかったと思い出す。混乱するのも無理はない。
しかも、隣には魔王がいるのだ。
あ、でも二人には魔王はルーカスに見えているのかしら?
先に、状況を把握したニコラが、慌てて膝をついて頭を下げた。
「陛下、先触れも出さず申し訳ありません。こちらが、口伝による魔王様、女神様でいらっしゃいます」
咄嗟に機転を利かせると、そう紹介する。
ニコラは影で私の護衛。ルーカスと同じように口伝を共有されている。もちろん誓約があり、影は他言できないからだ。
アーサーがゴクリと喉を鳴らす。
次期に皇帝となる長兄アーサーは、シャルルが女神になった時点で、口伝を聞かされていたのだろう。
「魔王様、女神様、お越しいただき恐悦至極に存じます」と皇帝自ら、右足を引きお辞儀する。
「父上……」
この国で最も地位の高い皇帝が、息子と魔王に頭を下げたのだ。私の胸中は複雑だった。
「現王よ。戦いは終えた。女神シャルルは我が妃とするが、異論は無いか」
疑問形ではなく、有無を言わせない雰囲気でとんでもないことにを言った魔王。
「「…………!!」」
さすがに即答出来ず、顔を見合わせる父と兄。
いや待って! 異論大有りですけどっ!
と文句を言おうとしたのに、なぜか声が出せなくなっていた。魔王を見れば、笑みだけ返してくる。
……くっ、やられた。
皇帝である父は、困ったように私に視線を送る。
「この国……いいえ、この世界を守っていただきましたこと、本当に感謝しております。ですが……シャルルは息子であります。いくら、今は女神様が顕現しているとは言いましても」
「知っているので問題ない。女神の姿も、皇子の姿も自在に操れるらしいのでな。中身に至っては完全な女だ」
はあぁぁぁ? いやいや、問題ありますっ!
中身が女とか喋っちゃってるし……ルーカスったら魔王に何て説明したのよ!?
「それならば……」と、ホッと安堵の色を見せる皇帝。
いや、ホッとしないで!
しかし、出来る長兄アーサーは口を開く。
「いくら第三皇子とは言え、シャルルは皇族です。我が国では男同士の婚儀は……流石に行えません。とはいえ、皇子のシャルルを女神として国民の前に姿を出すのは……」
絶対、どっちも嫌です!!
「その点については、ルーカスが話をしたいらしい」
魔王が言うと――。
突然、魔王の髪が薄茶色になり優しい瞳のルーカスになった。同じ顔なのに、こうも雰囲気が変わるとは、不思議なものだ。
「「……!? 魔王様がルーカスにっ!?」」
呆然とする皇帝と皇太子。
お二人共……。
魔王とルーカスの顔が同じなのに、気づいていなかったの――と思わず突っ込みたくなるが、それ程までに二人は魔王を前に緊張していたのだろう。
「皇帝陛下、皇太子殿下、突然の事態に驚かせてしまい、大変申し訳ありません。私ルーカスは、この身体の中で魔王様と共存しております」
「「……なんと!?」」
「魔王様のお話ですと、あの教会は魔界の門と繋がる時空の歪みがある場所だそうです。またいつの日か、歪みが大きくなってしまうかもしれません。それを止められるのは、魔王様とシャルル様だけです。教会を見張れる場所に住まいを移し、身を置かせていただけないでしょうか? 教会や孤児院の復興活動などという名目で。皇帝陛下からのご命令とあらば、周囲からの異論は出ないかと。魔王様は婚儀等は求めていらっしゃいませんので、式典等もする必要はございません」
「な、成る程。それならば問題はなかろう」と皇帝は納得する。
さすが、ルーカス。打開策をもう用意しているなんて……。
「だが、シャルルは……まだ学園に在籍している。皇族が中退する訳にもいかない。その計画は、学園の卒業後でもいいだろうか?」
皇帝はルーカスに話しているつもりだったが……。
「それで構わぬ。其処ならば共に居られるらしいからな」
いつの間にか魔王に戻って、ニッと口角を上げて返事した。
「そ……それでは父上。シャルルが卒業する迄に、教会を建て直し、住居を用意いたします」
いち早く、ニコラの報告書に目を通していたアーサーの提案に、皇帝は頷いた。
「皇太子であるアーサーが責任を持ち、ご用意いたします。それでよろしいでしょうか、魔王様」
「うむ。教会の近くの森に廃墟のような納屋がある。住まいはその横に用意してくれ」
「かしこまりました」
魔王の希望を受け、アーサーは頭を下げた。
あ……。魔王は、ちゃんとルーカスの想いを考えてくれているのね。
胸の奥がジンと熱くなる。
そんな魔王を見上げると、ヒョイと抱え上げられた。
お姫様抱っこって! 身内の前で……恥ずかしいんですがっ!
挨拶もそこそこに、魔王はさっさと転移する。一言も口を挟めなかった私と、空気のようになっていたニコラもしっかり連れて。
◆◆◆
「父上……。本当に、シャルルは女神だったのですね」
アーサーは、三人が消えた場所から目を逸らせずに言った。
可愛がってきた大事な弟が、美しい女神となったのだ。寂しいような、誇らしいような……複雑な思いが溢れてくる。
「やはり口伝は本当だったのだな。まさか男である息子が……女神になるとは思わなかったがな」
「ですが。父上は女神の名の男性形、シャルルという名を弟に与えたではありませんか」
「まあ、それはだな……」
「期待していたのではないですか?」
クスッと笑みを浮かべたアーサーは言った。
「あの写絵を見たら……。一度くらい女神と会ってみたいと思うのは、男の夢であろう?」
肩を竦めて、悪戯っ子のように皇帝は笑った。
「……同感です」とアーサーも頷く。
他の誰にも聞かせられない、親子の内緒話だった。