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15/22

15.これは罠

 司祭とベルゼ・グレイが教会の中へと消えると、気づかれないように、周辺を隈なく調べた。


 普通の教会で、別段変わった所はない。だが――。


 ニコラの資料には数名の孤児を養育していると記載されていた。

 なのに、併設されている孤児院()()()場所には人影がない。手入れされていない庭は草ぼうぼうで、こんな天気の良い日に洗濯物すら一枚も干してない。あまりにも生活感が無さ過ぎるのだ。


 ……何か、変だわ。子供たちは、一体どこにいるのだろう? 


 施設の違和感に首を捻った。


 暫くすると、遠くからまた馬車の音が聞こえてきた。

 ようやくカミラが到着したのだ。教会の中が少し騒がしくなってくる。司祭やベルゼの他にも、誰か居そうだ。

 

 向こうからは死角になる窓を見つけると、壁に足をかけ中を覗いた。


「ただいま戻りました」

 

 とカミラは、司祭とベルゼに向かって丁寧に挨拶する。


「例の者はどこだ?」


 司祭はカミラを興味無さそうに一瞥すると、やって来た方向に目をやった。


「も……申し訳ありませんっ。失敗しました……」


 カミラはカチカチと歯を鳴らし、両手を床につけ頭を下げて震えている。


「魔術を見破られてしまったようで……」と言いかけたカミラを、司祭は無言で殴りつけた。


「役立たずめ!」


 まるで、ゴミか害虫でも見るような視線を、カミラに向けている。


『……なっ!』

 カッとなり飛び出しそうになると、ルーカスとニコラが慌てて止める。


『今は、まだ我慢です』

『……っ』


 どうにか衝動を抑える。

 教会の中では、カミラはなす術もなく、髪を掴まれ引き摺られて行く。


 いくら何でも、自分の子でしょうがっ!?


 我慢しなければと言い聞かせるが、私の怒りはどんどん増していく。


「折角、グレイ男爵がいらっしゃったのだ。お前が失敗したのだから、此奴で代用しようじゃないか?」


 司祭は下品に歪んだ笑みを浮かべると、近くに居た者に指示を出す。

 奥の方から……やはり引き摺られるように小さな少年が連れて来られ、十字架の下に放り出された。意識が無さそうな少年は、床に打ちつけられ鈍い音を出す。


「やめて! その子には……弟には手を出さないで!」


 カミラは悲痛な叫びを上げる。


『……弟?』と、ニコラが怪訝そうに呟いた。


 司祭はさも愉快そうにカミラを見ると、そばで控えていた斎服の男から、カミラと引き換えに短剣を受け取る。

 そして、躊躇なく少年に向かって剣を振り下ろした。小さな呻き声を上げ、少年はピクリとも動かなくなる。


 カミラは男を突き飛ばし、泣き叫びながら少年を抱き抱える。


 あっ! 抜いたらダメ――!


 カミラは短剣を抜いてしまった。血はどんどんと流れ床に広がっていく。

「いや……止まって!!」と、必死で傷口を押さえる。


 このままじゃ……助けなきゃ!


 そう思った時には、私はルーカスとニコラの手を振りほどいて、壁を蹴り窓を割って中に飛び込んでいた。司祭とグレイ男爵を魔力で吹き飛ばし、カミラと少年に駆け寄る。

 

「「ダメだ! 罠だっ!」」


 ルーカスとが同時に叫んだ。


 少年に癒しをかけようとした刹那――トスッと、背中に鋭い痛みが走った。


「え……」


 振り返ると、私の背中にナイフを突き刺したカミラが、ニンマリと笑っていた。

 その姿に、目を見開く。


 全てを悟ったが――。遅かった。


「……っ!」


 私は、馬鹿だ……。


 カミラに弟なんているわけなかったのに。母親である聖女は、カミラを産んですぐ司祭に捨てられたのだ。慌ててカミラを弾き飛ばし、その場から飛び退くとルーカスに支えられた。

 

 カミラの手にしていた短剣から、ポタリと赤い雫が落ちた。私の血――。


「しまった!」


 私の叫びに、カミラは高らかに笑う。


 ――手遅れだった。床一面が真っ赤に染まり、次いで黒い渦が巻き出した。


 十字架の下には魔法陣があったのだ。

 魔法陣の中に横たわる息も絶え絶えの少年の身体と、水色の魔力を持った私の血。それが合わさり生贄として、黒魔術が発動してしまったのだ。


 ……最悪のシナリオだわ。


 全てが罠だったと悟る。

 紙に描かれた魅了の魔法陣も、カミラの失敗も、生贄にされた弟すら偽物。自分たちが近寄れないから、皇子である私を、魔法陣に誘き寄せるための芝居。


 カミラの()()()()……本来の、女神の力を手に入れた今だからわかる。


 司祭でもグレイ男爵でもない。カミラが本人が、()()()()()に取り憑かれていたのだ。


 背中の傷は、魔力を流すと一瞬で回復した。

 しかし、黒魔術の発動はもう止められない。


 十字架の下の魔法陣から広がった、真っ黒な闇。その中から、封印の剣が地から湧くように現れ出た。

 剣の刺さっている場所から、禍禍しい黒い瘴気が吹き出でくる。魔界との門が開いてしまったのだ。

 

 私の、せいだ……。

 

 茫然と眺めることしかできない。浅薄な自分が嫌になった。悔しくて唇を噛む。

 

「私の読みが甘かったのです! シャルル様にお怪我をっ……」と、いつもは飄々としているニコラが、苦しそうに顔を歪めた。


 その声で我に帰る。


 そうだ、悔しい思いをしているのは私だけじゃない。今、出来ることをしないと。


「怪我なんて大した事ありません。もう治りました。私の方こそ制止も聞かずに……失態を。本当に申し訳ありません。奴等をどうにかおさえましょう!」 

「では、我々は司祭らと魔物を抑えますので、シャルル様は門の方を!」


 女神の力でなければ門を塞げない。

 ニコラはそう言うと、ルーカスと飛び出した。


 瘴気の力で、封印していた剣が徐々に黒く染まっていく。

 それを見て、黒い魔障壁に覆われ宙に浮いたカミラが高らかに嘲笑う。


「我こそは、()()()()()()。この世界を恐怖と闇で支配する。お前達にはもう用は無い。消えろ――……」


 カミラは手を掲げ、闇の力を強めていく。

 あれは、もうカミラではなかった。


 地面が割れ、その中から禍禍しい気配と共に魔物や死霊が次々と這い出て来る。

 ルーカスとニコラが自分の剣に魔力を纏わせ、魔物達を倒していく。


 ドンッ――――!!


 激しい音が響くと同時に、瘴気によって封印していた剣が吹き飛ばされた。透かさずルーカスが地を蹴って、その剣に向かって手を伸ばす。


 早く門を抑え込まないと!


 女神の力を一気に解放した。髪が伸び全身から光を放つ。

 手に力を集め、更に大きくなった光の力は、出てきた瘴気を魔物ごと門の中に押し込めていく。


 カミラの姿をした魔を司る者が、目を見開き叫ぶ!


「き……貴様が女神だと!? ――何故だぁぁぁぁぁっ!!」


 憎しみが爆破し、魔物たちの力が強くなった。


「……くっ!」


 すごい力で押し返される。


 と、その時。


 封印の剣を手にしたルーカスが、カミラに向かって大きく振りかぶる。

 次の瞬間――黒く染まっていた剣が、眩しい程の青い魔力を放ち、カミラの魔障壁を叩き切った。

 

「な――――っ!?」


 カミラは、バランスを崩し床に落ちる。


 トンッと地に降り立ったルーカスは、ずっと纏っていたミランダの魔力を消し、本来のルーカスが持っている真っ青の魔力に包まれていた。


 そのルーカスの姿は……いつか見た、艶やかな漆黒の髪と闇のような瞳の魔王そのものだった。ルーカスであってルーカスではない。


 ルーカスが魔王だったの!?


「よう、久しぶりだな。反逆者」


 魔王は、カミラを射るように見据えると、魔を司る者を反逆者と呼び不適に笑いかけた。


 そして、魔王は私に向き直る。

 目を見張る程の美貌の魔王。

 女神(わたし)は確かに知っている。


「……会いたかった」


 魔王は愛おしそうに目を細め、そう呟いた。



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