14.教会へ
明け方、ルーカスと共に湖へ向かった。
ニコラはもう来ていたらしく、まだ薄暗い林の先に佇んでいる。私達の気配に気付いたのか振り返る。
「やあ、おはよう」
「ニコラ先生、早いですね」
挨拶を交わして、並ぶように湖のほとりに立つ。
昇る太陽の光が水面に輝きとても幻想的で美しい。この見事な雰囲気に、両脇に佇むイケメン達がよく似合う。シャルル自身も美しいと思うが、如何せん中身が私だ。
暫く眺めていたいわ、イケメンを……。
そんな邪まな思い抱いていると、ニコラが不意に声をかけてきた。
「では、シャルル君。この湖に両手を浸して」
おばちゃんの欲望は抑えつつ、袖を捲ると言われた通りにする。
「このくらいですか?」
「そのまま、湖に魔力を流し込む感覚で魔力解放してみてくれ」
「わかりました」
徐々に流すつもりだったのに、ぶわっと魔力を持って行かれる。逆らうことも出来ず、次の瞬間には全身が熱くなる。
凄い、湖と同調している……。精霊達が来た!
光の球が大量に湖面に浮き出てきたが、今回はまだこちらに飛んでは来ない。
「よーく、感覚を研ぎ澄まして」
ニコラの言葉に頷くと、目を閉じて静かに呼吸を整える。集中すると、ピンッと空気が張り……周囲からの音が消えた。
すると、心地よい精霊達の囁きが聞こえてくる。
『ふふふ……ボクたちはミカタ。だからチカラをかすよ。これからは、ずうっといっしょだよ……』
『『『やっと女神がかえってきたねぇ、うれしいね……たのしいね……』』』
歓喜の声が言葉が頭の中に響き渡る。懐かしくもあり心地よい感覚。
そして、全てが凪いでいく。
ふぅ……終わった、のかな?
またも静けさが広がったので、パチッと目を開けた。後ろを振り返れば、息を殺して瞠目しているルーカスとニコラの姿。目を閉じている間、二人には何が見えていたのだろうか。
最初に口を開いたのは、指示をしていたニコラだった。
「これは、何というか……壮観だね。これでシャルル君は、本来の女神の御力を全て使える筈だよ」
「え?」
何が変わったのだろうか?
自分ではわからない。
またも女性――女神の姿に変化しているだろうと想像はつく。湖から出した自分の掌を見ても、特に今までとは変わらない。
なのに、二人の反応がおかしい。特に、ルーカスの顔色が良くないと気づく。
「ねえ……。ルーカス、どうしたの?」
「……その。シャルル様の纏う魔力が、全く視えないのですが?」
神妙な面持ちをしたルーカスが、私とニコラに向かって言った。
ニコラはそれに答えず、フッと笑って私を見た。
「これが、本来の女神だ。さて、女神シャルル様……湖を割ってごらん」
「…………はい?」
湖を割るって、何!? まさか、モーセが海を割ったっていうあれ? いや無理でしょ。
頭の中で色々突っ込みながら、何となくイメージした途端。
ゴォォ――……と湖が大きく立ち上がり、真ん中がパックリ割れて湖の底に道ができた。
唖然。
「……は、はは。笑えないわ」と、こぼしてしまう。
硬直しているルーカスを尻目に、ニコラは満足そうな表情をする。
「うん、素晴らしい! 我々に魔力が視えないのは当たり前だよ。精霊達と同化された、今のシャルル君は完全な女神様のなのだからね」
「なるほど……」と頷き納得するルーカス。
いやいやいやいや! 納得しないで!
おばちゃんには意味が全くわかりませんっ。湖割るとかあり得ないから。これって、山くらい吹き飛ばせちゃいそうだよね!
もはや、私は人間の域を超えてない!?
◇◇◇
ちなみに、今日は休日ではない。
早朝の疲れた精神状態のまま、普通に授業を受け一日を過ごした。
なんだろう……一日が長い。
「シャルル殿下、顔色がよろしくないですが……大丈夫ですか?」
帰りの支度をしていると、心配そうにクリスティーナが話しかけてきた。優しい声トーンに癒される。
「クリスティーナ嬢、ご心配ありがとう。なんともありませんよ」
いつもの皇子スマイルで誤魔化す。
「そうですか……。あまりご無理なさらな――」と、クリスティーナが言いかけた、その時。
「「う、ぎゃあァァァ──……!!!」」
教室の扉の向こうから、絹を裂くというより……野獣の雄叫びのような悲鳴が聞こえてきた。
「な、何事でしょうっ!?」
驚いたクリスティーナと、近くに居たミハイルと共に、廊下へ飛び出すが――踏み出すのをとどまった。
廊下には真っ青なカミラとミアの姿。それを見た全員が、恐怖に顔が引き攣らせた。
クリスティーナは「………ぅっ」と、ハンカチで口元を押さえる。
例の魔法陣を、カミラが発動したのだ。
なんでこんな場で……とも思うが、焦りがあったのかもしれない。クリスティーナが気づくほど、私の顔色が悪かったみたいたし。いけると思ったのかもしれない。
大量のグロテスクなカエルに埋もれる、ミアとカミラを眺める。ミアは完全に巻き添えだ。可哀想に。
絶対にニコラは敵にしたくないと強く思った。
まぁ、うん。これで、カミラは……週末には、教会へ向かうだろうね。
◇◇◇
予想通り、カミラは寮監に実家の用事があると外出申請を出していた。
当然、私もルーカスとニコラと一緒に教会へと向かう。
ただし、今回は馬車でなく、直接転移してしまうことにした。誰にも見られないように、ニコラの研究室から。
座標さえわかれば、転移陣すら描かなくていいなんて……本当に便利な力よね。
二人の手を取り集中すると、そこはもう教会のすぐ近くだった。
自分の能力に驚きつつも、取り敢えず見つからないように、急いで茂みに隠れる。馬車の到着時間はニコラが計算済みだ。周囲を確認しながら、カミラの到着を待つことにする。
物陰に隠れながら教会を窺っていると、中から恰幅の良い中年男が出てきた。
確かに一見すると、人当たりの良さそうな人格者に見えなくもない。けれど、柔らかな表情に不釣り合いな、濁った眼をしている。
あれが、カミラの父……司祭ね。
誰かを待っているのだろうか、出たり入ったりして落ち着きがない。時間的に、相手はカミラ以外の誰かだと推測できる。
暫くすると、一台の貴族用の馬車が到着した。
司祭はすぐに駆け寄った。
中から降りてきた男は、少しだけ白髪が混じった、ダンディという言葉が似合う男性だ。
もしかして……。コクリと唾を呑む。
「ようこそお越しくださいました、グレイ男爵。いや。もう、伯爵とお呼びした方がよろしいでしょうか」
司祭が嫌らしい笑顔で迎えた相手は、やはりグレイ男爵だった。
ルーカスの表情から嫌悪感が伝わってくる。
「あれは手に入ったのか?」
「カミラが戻るなら、きっと手に入ったのでしょう」
「準備は?」
「勿論、出来ております」
どういう事だろうか。
『あれとは何のこと?』と、ニコラにこそっと尋ねる。
『あれとはシャルル君のことだろうね。概ね、君を魅了で従えて、一緒に来ると思っているのだろう。失敗したとは、まだ伝わってないのだろうね』
『では、準備とは黒魔術の?』
『この状況なら……まぁ、そうだろうね』
私が捕まっていないのだから、失敗に終わるだろうけど。
――それなのに、ゾワリと変な胸騒ぎがした。




