13.研究室で
近いうちにと言われたので、休日になるとすぐ、ルーカスと一緒にニコラの研究室へ向かった。
軽くノックをすると、待っていたかのように扉が開く。
「やあ、いらっしゃい。私の可愛い女神様」
「「…………」」
いきなりのセリフに固まる。
学園内で女神とか言わないでほしい。一応、皇子なんですが……私。
ルーカスに至っては、教師と生徒の立場を忘れ、不機嫌な顔を隠しもしない。休みとはいえ、他の教師や生徒が全く居ないわけじゃないので、見られたら困る。
さっさとニコラに、研究室の中に入れてもらうよう催促した。
研究室というからには、物が多く雑然としている部屋を想像していたが、とても綺麗に片付いていた。
本棚には、重厚感溢れる難しそうな本がズラリと並び、器具等もきちんと保管されていて、ニコラの几帳面さがわかる。
奥の方には魔法陣を描くためのスペースも確保されていて、使い勝手が良さそうな部屋だった。
「そこに座ってください」と、ソファーに座るように促される。
脇には、きちっと畳んで置いてあるブランケット。ニコラはきっと、よくソファーで仮眠をとるのだろう。テーブルの上には大量の資料が高く積み上げられていて、かなり忙しいのが見て取れる。
ニコラは一人掛けの椅子に座り、優雅な仕草で眼鏡をかけた。どうやら遠視らしいが、眉目秀麗なニコラは眼鏡姿も様になる。
あくまで喋らなければ……の話だけど。
「では、本題に入りましょう」
急に真面目な表情になったニコラは、私達の前にいくつかの資料を広げる。
「先ずは教会についてですが。グレイ男爵が通っている教会は、先日殿下が向かおうとされていた場所で間違いありません。男爵家の使用人や従者から裏が取れています。そして、その教会には十七年前から新しい司祭が配属されています。どうやら二人は、その頃からの付き合いのようです。司祭の評判は頗る良く、聖職者なのでもちろん妻帯はしていません」
「グレイ男爵の妻はどんな人?」
「落ちぶれてはいますが、伯爵家の娘です。身体が弱く、グレイ男爵との間に子供はいません」
「それで、ミアを?」
「はい。婚約者が失踪したショックで、一度だけ関係をもった相手との子という話です。男爵夫人は結婚前の出来事と、男爵の私生児を受け入れました」
ここまでは、誰でもすぐに手に入る情報らしい。なるほど、うまい話だわ。
「ここからは、私が調べたものになります」と、ニコラから新しい資料が置かれる。
「司祭は恰幅の良い温厚そうな人物で、地域の人間からも信頼を得ていますが――それは、司祭としての表向きの顔であり、実際はかなり暴力的で傲慢な男です。各教会に仕える、治癒を行う聖女という存在をご存知ですよね? 司祭はそこの聖女を孕ませ、暴力で支配していたようです。暴力に怯え、逃げることも出来なかった聖女は、教会で子を産んでいます。聖女は癒しの力を失い、子供を取り上げられた挙げ句、捨てられました。数人の孤児も居たはずですが、行方が分からなくなっています」
淡々と資料を読むニコラは、一切感情を見せなかったが――。
「なんてことをっ。女を……子供を……何だと思っているの!!」
どいつもこいつも……許せない。
そう思った途端、部屋の中の物がガタガタと揺れ出した。
一気に魔力が膨れ上がり、私は怒りで爆発しそうだ。
「落ち着いて」と、ニコラは私の肩に手を置くと、魔力を吸い出した。
「話はまだ途中だよ」
先生口調で優しく言われ、少しだけ冷静さを取り戻した。
「……すみません」と、深呼吸してまたニコラの話に耳を傾ける。
「司祭は聖職者としてあるまじき行為、禁忌である黒魔術にも手を染めていました。グレイ男爵も、その仲間の一人です。そして奴らは、あの教会が――魔を司る者が封印された場所だと考えているようです」
孤児たちは、生贄にされたのかもしれない。嫌な予感が頭を掠める。
もしかして、ルーカスはその中の一人だった?
チラッとルーカスを見れば、目を見開き真っ青になっている。やはり、同じ事を考えたのだろう。
「……ですが、黒魔術は成功していません。女神の封印を破るには、青い魔力持っている生贄が必要なので」
ニコラの視線が私に向く。
ああ、それで――。その魔力を宿した私の誕生を知り、男爵達は慌てたのか。
普通の魔力持ちや術者では、魔力そのものは視えない。だからこそ、ミランダには視えていたルーカスの魔力の色に気がつかなかったのだ。
もしも、あの男達がルーカスの魔力を知っていたら、ミランダは逃げきれなかったはず。ただの孤児の生贄だと思っていたから、早々に探すのを諦めだのだろう。
「それから。捨てられた聖女の産んだ子が――カミラです」
「だから癒しの力を……」
ニコラは一枚の紙を取り出した。
畳んである紙に見覚えがあった。紙を開くと、中には魔法陣が描かれている。
「カミラが持ってた物を、ちょっと拝借してきました」
「ちょっと拝借って……!?」
「大丈夫ですよ、そっくりな紙に、微妙に違う魔法陣を描いておいたので問題なしです」
発動したら楽しいことが起こるかもしれないと、ニコラは事もなげに言う。教師らしからぬ言動にあきれていると、更に不敵な笑みを浮かべた。
「これは黒魔術に属する魔法陣ですよ。殿下を魅了して捕えるためのね」
「え……」
背中に冷たいものが流れる。
「二回ほど発動していましたが、私がちゃんと弾き飛ばしておいたので」
あの嫌な視線で感じたのは、これだったのかと理解した。考えてみれば、二回ともニコラが近くに居て、気づくとそれは消えていた。
カミラの生い立ちには、同情してしまうけれど…… 彼女は司祭の手先ってことね。
もしかしたらミアも孤児の一人で、グレイ男爵に駒として育てられたのかもしれない。学園で聖女の血を引くカミラの存在感を隠す、カモフラージュとしての役割を担っているのだろう。
そして、狙いは――シャルルだ。
「これが、今のところ分かっている話だよ」と、いつもの口調に戻ったニコラは話し終えた。
どうやって探ったのかは、影の秘密だと教えてくれなかったが、ふと気になったことを訊く。
「特級魔術師は皆、他人に魔力を流しこんだり、魔力を吸い出すなんて簡単に出来るのですか?」
そんな事を簡単にされたら、堪ったものではない。
「もちろん、私以外には不可能だよ。魔力の流れが視える者が亡くなってしまい、一時的にでもその能力を扱える者が必要だったんだ。殿下が生まれたからね。だから、皇帝の直轄である私が、研究に研究を重ねて魔術具を作り上げた。まあ、これは纏う魔力を魔力をざっくり識別できるくらいだ。魔力を吸収したのは、埋め込んだこの魔石の力だけどね」
そう言って、とても細かく細工された美しいブレスレットを見せてくれた。今はルーカスがいるため、そのブレスレットは自分の愛用品にしているらしい。
そんな魔術具を作り出せるなんて……。ニコラの優秀さに脱帽した。
「カミラは一度、教会へ戻るのでは?」
「だろうね」とニコラは言う。
二度の失敗に加えて、三度目のチャンスがあったとしても。ニコラに書き換えられた魔法陣では、正しく発動しない。
ルーカスは何か考えがあるのか、教会へ行きたいと言いだした。黒魔術の痕跡を、突き止めたい気持ちはわかる。
だけど、ルーカスがあの場へ行ったら……。
不安が募る。
「前にも言ったが、シャルル君の魔術の扱い方は素晴らしい。でも、それは女神としての魔力を解放していない状態だよね? 実際、どのくらい使いこなせているのかな?」
「そうですね、転移とかは殆ど魔力使わずにできます。余りにも膨大な魔力で……どこまで解放して良いか、計りかねています」
だからこそ、湖ではニコラにしてやられたのだ。
ニコラは「ふむ……」と暫く考えこむ。
「では、私も一緒に教会へ行こう。その前に湖に寄らなければいけないが」
確かにニコラが居たら心強い。ルーカスとやり合った時の魔法もそうだが、何といっても知識量が底知れないのだ。
ニコラの希望で、また早朝の誰も居ない時間に、湖に集合することになった。




