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12.教師ニコラ

 トルソーがミランダの失踪の件で、何年もかけグレイ男爵を調べた結果――ミアは平民の親戚からの養女だと判明した。


 けれど、ルーカスがミアについてを探ったところ、学園に提出されていた調書では、彼女は侍女が産んだグレイ男爵の私生児となっていた。

 まるきり平民より、男爵の私生児の方が都合が良いのかもしれない。貴族とは血筋にこだわるものだから。


 新たに調べていくにつれ、何かを誤魔化すかのように、事実がいくつも上書きされているような気がした。

 そもそも、男爵家だけでこの学園を欺くなんて事ができるのか。ミランダの日記にあった、ベルゼと一緒に教会に居た者たちは誰なのか。

 疑問は山積みだった。


「あっ! そういえば」


 唐突に思い出し、ティーカップを口に運ぶ手を止める。

 

「今日、フェルゼン先生に、今度研究室に来ないかって誘われたんだけど」


 ガタン――!


 突然ルーカスが立ち上がり、座っていた椅子が勢いよく後ろに倒れた。

 ルーカスは、テーブルに手をついたまま、どこか一点を見詰め、物凄い形相になっている。


 ひえっ!?


 怒っているようにも見えたので、様子を窺いつつ話を進めた。


「も、もちろん行くつもりはないから、曖昧に返事しておいたけれど。何か……あるのかな?」


 わざとルーカスの視界に入り、探るように下から見上げた。


「…………っ!」


 フイッと目を逸らされた。ならば!


「まあ、一度くらい行ってもいいかと思うのだけどね。特級魔術師には興味があるから」


 ふふんと微笑みながらルーカスを見ると、今度は苦虫を噛み潰したような顔になる。


「ニコラ……フェルゼン先生には、()()()()()お気をつけください。彼の所に行く時は、必ず私も行きますので! ええ、絶対に一人で行ってはいけません!」

「えっと……なぜ?」


 思わず首を傾げたが、それ以上ルーカスは何も言わない。まあ、ルーカスが一緒に行くなら問題はないのだろう。

 取り敢えず、そんなに重要ではなさそうなので話を変えた。


「グレイ男爵の方はどう?」

「今はまだ、尻尾を掴めていません。ただ、足繁く教会へ通っている様です。周囲の人間からの情報では、そんな信仰心があるとは到底思えませんが」

「怪しいね。監視は緩めないでおこう。それから、カミラの方も調べておいてくれる?」

「かしこまりました」


 なぜか分からないが、カミラの存在が気になっていた。


 

 ◇◇◇



 翌朝。

 

 だいぶ早くに目が覚めてしまった。

 ミハイルにああ言った手前、何とはなしに散歩へ出てみることにした。


 確かに、早朝の空気は気持ちがいいわ。


 学園と、学園を囲う林や湖には結界が張られている。関係者以外は誰も入れないので、一人でウロウロしても安全だ。

 何も考えずに歩いていたら、また湖へ来てしまっていた。凪いだ水面がキラキラしていて美しい。


「……綺麗だなぁ」と、思わず口にする。


「君の方が綺麗だよ」


 背後から歯の浮くような台詞と、聞き覚えのある魅力的なバリトンボイスが……。諦めて、振り向きざまに挨拶をする。 


「フェルゼン先生。おはようございます」

「他人行儀だなぁ。ニコラと呼んでくれ、シャルル君」

「はい?」


 思いっきり他人ですが! しかも、男に向かって綺麗って……えっ? そっちの人?


 ズイッと美青年は顔を近づける。ひくりと、頬が攣りそうになるが、一歩下がって距離をとる。


「では、ニコラ先生……」


 良く出来ましたとばかりに、ニコラは満面の笑みを浮かべた。

 

「先生は、こんな朝早くにどうされたのですか?」


 警戒しながら訊く。


「ここ最近、湖の精霊達が歓喜に満ちていてね。力を増しているから、こうして時々様子を見に来ているのだよ」

「歓喜? 精霊が……喜んでいると?」


 疑問が口をついて出る。

「それはね」と急に接近するニコラに、両肩を鷲掴みにされ視線が交わる。


 離れなきゃ――と思ったが手遅れだった。ぶわっと全身に、ニコラの魔力が流れ込んで来た。


「……っくう……」


 ダメだ、弾き返せない。


 魔力が溢れて止まらない。湖に波が立つ。膨大な魔力が全身に広がり……光と共に女神の姿になってしまった。


 ――敵か!?


 ギッと睨むがニコラは全く動じず、私の肩を掴んだまま満足そうに顔を綻ばせる。

 そして、息がかかりそうなほど、端正な顔を耳もとに近付け囁く。


「女神様とお会いでき、恐悦至極に存じます」


 と驚愕の一言を放った。

 思わずニコラの手を払い、飛び退いた。


「……何故、知っているっ!?」


 頭の中で色々な仮説がグルグル回る。ルーカスが近づくなと言っていたのは――。


「ニコラ・フェルゼン! シャルル様から離れろぉ――!」 


 声と同時に、ルーカスが魔力を纏わせた剣を振りかぶり、空中から飛びおりてくる。

 もの凄い勢いで振り下ろされた剣を、ニコラは驚きもせずに魔力障壁を出してガードし、応戦する。


「嫌だなぁ、ルーカス。危ないじゃないか」


 と嬉しそうに口角を上げ、どこから出したのか剣をルーカスに向けた。

 怒りを露わにしているルーカスに対して、ニコラは優雅に笑みを浮かべている。


「だって、女神様に会いたかったんだもん」


 テヘッと、可愛い仕草の二十八歳独身男。ルーカスは更に怒りを増した。

  

 ぜぇぜぇ……と息が上がるほど打ち合った二人。


 理解不能。

 戸惑っていると、くるりとルーカスが私の方を向き膝をつく。


「彼はニコラ・フェルゼン……特級魔術師であり、皇帝陛下直轄の影の存在です。そして、教師として学園に入り、シャルル様の護衛と教会関係者の監視をしております」


 ルーカスの紹介に満足したニコラは、良い声で……軽る〜く、とても()()()()をさらりと言った。

       

「私は女神様のためなら、この命いつでも捨てますよ。……愛しています」と。


 そして、いきなり私の手を取り引き寄せると、腰にもう片方の手を回してきた。

 

 ひぇええっ!? なんなのこの人!


 ルーカスは、眉根を寄せて眉間を指でトントンしながら……無言でニコラを威圧した。

「ふぐっ」と、膝を折り手を離したニコラ。ルーカスの魔力量は私に次いで、特急魔術師より多い。流石にちょっと苦しそうだ。


 あー、これ相当怒っているねぇ……ルーカス。


「ニコラ! こんな事は二度とするなっ。そして、シャルル様に愛を囁くな! 体にも触れるなっ!」

「えー? こんなに愛しているのに?」


 え、無理……。


 ニコラは悪びれもせず、ルーカスに文句を言う。

 でも、なんだかんだ二人は仲が良さそうだ。年の離れた友人みたい。

 もっと女神との時間を堪能したいと言うニコラを無視して、もとの姿に戻る。誰かに見られたら大変だもの。


 ニコラの人間性はさて置き。

 一瞬で他人に自分の魔力を流し込み、私の魔力を解放させた力は凄い。やはり、特級魔術師というのは伊達ではないのだろう。本当に、味方で良かった。


 話してみれば、あの嫌な視線からもニコラが守ってくれていたらしい。確かにニコラと話した後には嫌な感じは無くなっていた。


「シャルル君が感じた視線と、教会についての報告があるから、近いうち研究室へ足を運ぶように」


 と、最後は教師らしく言って去っていった。


「なんだかドッと疲れた……」

「そうですね……」


 これが、一人で会いに行ってはいけない理由だった。

 後から聞いた話では、どうやらニコラは女神の写絵に心を奪われ、勝手に自分の一生を捧げる誓いをしたらしい。

 だからずっと独身……。


 迷惑なっ!




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