1.転生しました
ズキズキと脈打つような頭痛――。
重い目蓋を開ければ、ぼやけた視界はだんだんとクリアになり、見慣れない高い天井の模様に戸惑う。
えっと……。どこだろう、ここは?
――いたっ!!
頭を上げようとした瞬間、ズキンッと鋭い痛みがやってきた。起き上がることも出来ず、後頭部がまた枕に沈む。
ベッドに寝ていることは理解できた。諦めて横になったまま、直前までの出来事を思い出そうと思考を巡らす。
確か……。
娘が彼氏を紹介したいと、珍しくかしこまって言ってきて……みんなで食事をしたのよね。
紹介された彼は、とても優しそうで好青年といった印象。本当に娘を大切にしているのだろうと、話していて感じた。あんな幸せそうな顔しちゃって……こっちまで嬉しくなったわ。
で。
片付け中にいつもの頭痛……いや、違うわ。いつもと違う頭痛が起こって、意識を保っていられなくなったのよ。
私が倒れちゃって、きっとすごく心配かけたわよね。悪いことしちゃった。
それにしても、本当にここはどこなのだろう。
病院……ではないわよね?
見慣れない豪奢な天井に、キラッキラのシャンデリまでぶら下がっている。こんな病室見たことないし、もしも病院だったら個室料金が恐ろしい。
取り敢えず、脳梗塞とかでないといいけど。激しい頭痛って原因が怖いもの。
どきどきしながら手を上げて、指を動かしてみる。普通に動くし、痺れも無い。良かった。
……ん?
ホッとしたせいか、今になって気がついた。昨日チェンジしたばかりの、お気に入りデザインのジェルネイルが無くなっている。
MRIとかネイルはNGだから、看護師さんがオフしてくれたのかしら……。せっかく、サロンに導入予定の新製品の持ちを試していたところだったけれど、仕方ないわ。退院したら、またやり直さなくちゃ。
――って! 誰の手よ……これ!?
スラリとした手には短い爪。
しかも、透き通るような綺麗な肌は、酷使してきた私の手じゃない。細くてもしっかりした骨格は、明らかに男性の手!!
「うっそ……!」
――なっ、声まで!?
思わず口を手で覆う。あり得ない……発した筈の自分の声までが、男性のものだった。
呆然としている中、バタバタと慌てたような足音が聞こえてくる。
「「「殿下!」」」
「シャルル様!」
意味不明。
は……? なんなの、この人達……?
ベッドから首だけ動かし、入って来た人達を見れば、日本人には有り得ない顔立ちをしている。
外国の人? あら、でも言葉は理解できる。じゃあ、コスプレかしら。
服装はまるで中世のヨーロッパの貴族のようだけど、髪色は染めた感じではない。頭の中がはてなマークでいっぱいになってしまう。
「……シャルル様っ!」
わ、物凄く良い声。
そう思って視線を声の方へ向けると、心配そうな表情でこちらを窺う、薄茶色の髪を束ねた端正な顔立ちの男の子がいた。まだ若そう。
年齢は十七、八歳くらい?
――ズキンッ!!
「……っ」
またも激しい痛みに襲われ、目の前が暗くなった。
◇◇◇
次に意識が戻った時、私は全てを思い出した。
日本人だった私は、たぶん死んだのだ。そして、転生した……今流行りのあれだ。
だって、ここは私の知る日本ではない。
外国どころか、地球という根本から違う世界――そう、異世界で生まれ変わったのだと自覚した。この帝国の第三皇子シャルル・アストレイヤとして。
私は三人兄弟の末っ子。
長男である第一皇子アーサー・アストレイヤは、次期皇帝となる人。つまり、皇太子ね。
次男である第二皇子アンドレ・アストレイヤは、皇位継承権第二位。長男を支える、頼りになる存在。
そして、私、三男であるシャルルは……継承権はあるにはあるが、優秀な兄たちとは違う。
皇太子には程遠く、スペアにもならない第三皇子だ。周囲に期待されず、『所詮、第三皇子』と言われながら気ままに育ってきた。もちろん、直接言われた訳じゃない。相手も不敬罪は怖いのだろう。
適当に過ごしてきたとはいえ、シャルルだって皇族だ。最低限の勉強や剣技、武術、マナーや政治については完璧にこなせる。
ちょっと卑屈になる時期もあったような気もするが。今は綺麗サッパリ忘れておくことにするわ。だってね。
ふふ、ふふふ……。
そう、兄達に比べて私は自由。三男バンザイ!
しかも、魔法のある世界!
ついでに若い皇子様って最高じゃないっ。
ついついニヤけてしまう頬を引き締め、状況を整理してみた。
明後日から国家最高峰の学び舎である、オンディーヌ学園に入学する。
そこは、皇族だの貴族だのが入る学校。といっても、平民でも能力の高い者に限り入学を許される。
オンディーヌ学園は国の為になる人材育成の場でもある。教養や魔術、社会組織を学ぶのだ。
対象者は、十五歳になると入学しなければならない。日本で言えば、中学や高校……そんなところ。
その最終準備をしていた時に、私は頭痛に襲われて倒れたのだ。
前世をなんとなく思い出すと、社会人であり主婦でもあり、学生時代はオタク……。ファンタジー世界に突っ込みどころ満載ながらも、どうにか適応できそうだな、と考えをまとめた。
だだ、どうしても気になるのは――。
今までの恋愛対象は男性だったけれど、これからは女性になるってことでしょ?
う、うーん……。
皇族なら結婚しなきゃまずいわよね。ちゃんと結婚できるか、そこだけは不安だわ。
正直、どうせなら性別は前世と同じままが良かった。転生前の私は、アラフォーの立派なオバサンだもの。まあ、超バリバリの美容師だった職業柄、実年齢よりだいぶ若く見られていたけどね。
夫婦仲も良くて、不倫なんて面倒くさいことにも興味もなかった。出産育児も経験して、早くおばあちゃんになって孫を抱いてみたい――そんな、小さな望みくらいはあったけれど。
いつか出来るであろう孫の面倒は、夫が見てくれると信じて諦めるしかない。
彼は、子供好きだったものね……。
しんみりしても、現状は変わらない。うん、私は私で皇族三男坊として生きていこう。また学生に戻れちゃうなんて、ラッキーよね。
「……シャルル様。御気分はいかがですか?」
ふと見上げれば、心配そうな瞳で覗き込むイケボの青年。いけない、周りに人が居ることを忘れていた。
「ルーカス……」
幼なじみでもあり、親友で側近のルーカスは超イケメン。容姿端麗で頭脳明晰な彼から、不安そうな視線を向けられている。
「すまない、心配かけた。もう大丈夫だから」
「……そうですか」
私の言葉を聞くと、ようやくホッとしたのか強張っていた瞳に安堵の色がみえた。少し年上に見える彼も同じ十五歳で、これから一緒に学園へ入る。
「さあ、続きをしてしまおう」
「はい」と返事をしたルーカスは、サラッと薄茶色の髪を揺らすと、いつもの様に優しく微笑んだ。
自室を出ると、広い廊下の向こうから、数人の側近や近衛騎士を連れた人物がやって来る。少し癖のある金髪で、背が高く騎士にも負けないがっしりとした体躯。人の良さそうな朗らかな笑顔で、白い歯をニッと見せた。
「アンドレ兄上」
「シャルル。倒れたと聞いたが、大丈夫か?」
「ご心配をおかけし、申し訳ありません。もう大丈夫です」
笑顔を向けると、頭をグリグリ撫でられた。
「それならいいが。学園に入る前に、しっかり回復しておくようにな」
次男のアンドレは、いずれ皇帝になる長男のアーサー、騎士団総裁としてサポートしていくために、常日頃から鍛錬に余念がない。
そして弟に優しいお兄ちゃんだ。シャルルをいつも気にかけてくれる。皇族には珍しく、兄弟間は仲が良い。長男のアーサーは皇太子として外交等で忙しく、公式の場以外ではなかなか会えないが。
なぜ、こうも皆イケメンなのかしら?
見目麗しい兄弟や側近は……うん、目の保養だわ!