第八話
「以上です、ロッシュさん」
僕は全てを話し終えた。自分がこことは違う場所で死んでしまったこと、いつの間にか墓地に居て蟲に食われていたこと。自分のものでは無い身体になっていたこと。それに透明な壁を見つけたことや、暗くなる前に大きい道か人の居そうな場所を目指して歩いていたこと。
その全てを話し、ロッシュさんに託してみたのだ。
もしかしたらあらゆる疑問、謎の真実を語ってくれるかもしれないし。逆に話しはこれでおしまいで焚火を追い出されてしまうかもしれない。
不安は、有る。けれど不思議とこれで良かったのだとも思う。何故ならロッシュさんがずっと僕が話している間、ずっと真剣に耳を傾けてくれていたことが分かっていたからだ。
この人を信じて、話してみて良かった。良くも悪くも僕一人ではどうしようも無かったのだ。それならば自分が信じた道を往きたい。
しばらくロッシュさんは考えていたようだけれど、ぽつぽつと話しかけてきてくれた。
「すまんが話が予想外にでかくてな、整理しながら話させてくれ。ジャックは気付いたらここから少し離れた丘にある墓地に居て、身体中蟲に食われながら覚醒すると、口からでかい蟲を出したりしながらなんとか墓から這いずり出たと、ここまではいいか?」
自分で話しておいてなんだけれど、何だか凄い意味の分からない話だ。けれどその話は僕の身に起こった事実であるから「はい、間違いないです」としか言い返せなかった。
「ふむ、まずここまでの話だが。この近くにある丘の墓地というと一つしかない。そこは確かこのアルストラ王国でも特殊な墓地だって話だ。俺はこの国の者じゃないが噂話なんかはよく耳にする」
職業柄な、とロッシュさんが話し出してくれた。
その墓地はここアルストラ王国では普通に埋葬出来ないような理由で使われる、謂わば臭い物には蓋をする。みたいな使い方をされる墓地らしい。
政治的なことであったり色々するらしいけれど、冒険者の共通認識としてはとてもキナ臭くあまり関わり合いになりたくない部類らしい。
「しかし青くてデカいヒルみたいな蟲か。それに蟲に食い破られていた身体が綺麗に治っていたと」
墓地の話から僕の今の身体について話が変わったようだ。僕は「そうですね、とても大きくてビクビクしてました」と話を付け加えた。そうするとロッシュさんはまた考え込み始めてしまった。何か思い当たる事があるのだろうかと、話の続きを待っていると。
「仮説は立った。だがまだ信じられんこともある、ジャックすまないが少し指先を傷付けてもいいか?傷の治りをこの目で見たい」
嘘をつかれているとは思わないが、と付け加えると僕に「どうする?」と問うように目線で語りかけてきた。僕はそれで少しでもこの状況が進展するのならばとその提案を快諾した。
ロッシュさんはその返答を聞くと、腰に付いていたナイフをゆっくりと抜いてからこちらに近づいてきた。
僕は彼が持つ大振りなナイフに眼を奪われながらも、意を決して左腕を差し出した。
「少し痛いぞ」と言うとナイフの先で親指の腹を傷つけた。
「ッつ…」
じんわりとした痛みが襲う中、僕とロッシュさんは焚火の灯りでよく見えるその傷口を静かに観察した。最初は血が流れ出ていた傷口が、数秒足らずで塞がり出したのがよく見えた。ロッシュさんは傷口を自分の指で触れながら間違いなく傷が無くなっていることを確認すると、元の朽木の上へと腰を下ろした。
「どうやら仮説は間違いなさそうだ。ジャック、あんたのその身体は特別性だ。国が違えば呼ばれ方も違うが、まぁ意味合いとしては全部同じだ」
ロッシュさんはそう言うとナイフを自分のマントで拭きながらなんてことも無さそうに話し始めた。
「再生者、リジェネレーターともいわれるが。まぁ単純な話傷の治りの早い人間って所だな 。冒険者なんかやってると少なからずそういう手合いも居るから珍しくはないが。その治りの速さは尋常じゃ無いな。腹ん中に魔好虫なんてものを仕込むのも納得だ」
何だか段々と話に追いつけなくなってきている気がするが、多分まだ大丈夫だ。だけど再生者というのは何となく読んで字のごとく身体が再生してしまう僕の身体のような人の事だろう。しかし魔好虫とはなんだろう。ロッシュさんに問うと。
「魔好虫は特殊な蟲でな、食い物の代わりに人間や魔獣の魔力を食うのさ。そして再生者の肉体は自分の魔力を消費して身体を治す。ここまで言えば分かるな?」
「それはつまり僕の身体から…魔力?を吸い取り、身体が再生されないようにされていたと」
そう答えれば「そういうことだろうな」と呆れながら答えてくれた。
しかし何だろう、当然のごとく魔力だなんだと話が進んでしまったが。そもそも魔力とはなんだろう?あの灰色で透明な壁を見た時から多分ここは自分の知る世界とは違う場所なんだろうとは思っていた。
しかしだからといって僕は当然の如く街が有り、文明的な社会が有るものだと思っていたのだ。いざ最初に出会った人は鎧を着た外国人のような方で、飛び出す話はなんだか漫画の世界のよう。
そう混乱している僕に気付いたのかロッシュさんが話を戻してくれた。
「まぁ身体のことは追々な、その後の灰色の透明な壁やらその外の話しやらは話すと長くなる。まぁゆっくり聞いてくれ、時間はたっぷりあるんだ」
ロッシュさんはそういうと話し始めてくれた。
この世界のこと、そして今この国で起こっている話についてだ。
第八話 了