第六話
時間を掛けて壁の向こうとこちら側のことに思い悩んでみたけれど、答えは出せそうにもなかった。
「今に始まったことではないよね」
と、気持ちを切り替えるために頬を手で軽く叩くと次の目的地を考えた。
あの丘で思い悩んだ時にも結局は答えを出せずに歩き始めたのだ、今更思い悩んで立ち止まったとて何があるのか。
それならば現状を把握しようと違うことを考え始めた。
二度目にはなるけれどお腹を擦ってみる。特別トイレに行きたくなるわけでもなく、お腹がすくわけでもない。
そこそこの距離を歩いたと思うけれど、喉もさして乾いてはいないようだった。
そうなると川に行っても特にやることはないだろう、雨により増水しているのだ。水は汚れて飲めないだろうし、飲料水を確保できるような水筒もない。
水の確保は断念しよう、服を洗うにも足を踏み外そうものなら大変だ。
それに服を流されてしまえば僕には他に着るものが無い。あまり造りの良いとは思えない服だとしても、服は服なのだ。多分僕の今持っている大事な物ランキングでは堂々の一位の座は間違いない。
などと逸れ始める考えを修正させ、この後にとれる行動を考えてみるけれどあまりにも選択肢が少ない。
何処に向かって歩くかだ。
まず間違いなく川は渡れないだろう。濁流に呑み込まれるのは当然で、その選択肢はない。次に考えたのはこの壁ぞいに進み続けることだ、これは意外と良い選択肢に思えたが壁の向こうに視線を向ければまったく動かない景色。
多分気が滅入ってしまうだろう、その上森がどこまで続くかも分からないのだ。
これも無いあれも無いと来れば、後考えられるのは一つ。
あの丘の最初に降りた先に続く道だ、あれならばきっと森を抜けることが出来るだろう。コンクリートで舗装されているわけでもなく当然土が剥き出しのままの状態、しかし大きな石等は取り除かれた道だ。草が生い茂っているような獣道ではないのだから主要な道路にはきっと繋がっているはずだ。
「よしっ、そうと決まれば戻るだけさ」
意思表示としてこれからの行動を言葉にしたのち、僕は再び歩き始めた。
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特に道に迷うことも無くお墓のある丘まで戻ってくることが出来た。
しかし今度は当然といえば当然の出来事が僕にのしかかってきてしまったのだ。丘を出る時多分日中だろうという予想は間違ってはいなかったが、先ほどまで雨雲に遮られて薄暗かった天気とは一転して晴れた空。それに従って見えるようになった太陽が森の方へと着実に落ちて行っているのだ。
丘から出発してからあの透明な壁を経由してここまで戻ってくるのに多分二時間前後は掛かってしまっていた。
「陽が完全に落ちてしまうまでに何処かに行きたいな」
もしかしたら一度この丘で一度夜を迎えてから翌日に再出発、という考えが頭によぎったがそれは却下した。二時間、同じ道しか歩いてない訳だけれどこれ程歩いても危険を感じるような出来事にはなっていないのが一つ。そしてもう一つの却下させるに至った要因としては僕の気持ち的な問題だ。決して怖い訳では無いのだ、静かに眠っている方々の居場所を僕のような大きな身体を持った人間がウロウロしていては迷惑になると考えたからだ。
頷きながら「うん、間違いないよ」と独り言ちてから今度は気持ち早めに足を動かして土で踏み固められた、しかし所々水溜りになっている道を歩き始めた。
左右には相変わらず木々生い茂る鬱蒼とした森だけれど、今度はさっきまでとは違い導いてくれる道が僕の前にはある。その道を辿りながら進んでいけば大きな道に繋がることを信じつつ黙々と足を前に運んだ。
しばらく歩きながら道に出来た長細い水溜りに注視しながら歩いた。多分十cm程の凹みの後に水が流れ込んで長い長い水溜りを作っているのだろうけれど、これは一体なんだろうかと考え込んでしまった。都内に住んでいたとはいっても父が運転する車で何回か県外に旅行に行くことはあった。
冬の時期に行った都心に近い雪の降る地域では父の運転を助手席から見せてもらったこともある。
その時は妹のリナは後部座席でまだチャイルドシートでの移動をしており、隣には母が居た。少し話が逸れてしまったので戻そう。父の運転だ、確かその時に父は雪道を走るときは前の車が通った道、轍を通るのが良いと言っていた。確かあれは車のタイヤが雪をどけて作った道だったと思うが、父は雪道の場合は轍を通るのが良いけれど一般的な道に出来ている轍の後は通らない方が良いと言っていた。ハンドルを取られてしまうらしい事を聴きながら、道一つとっても運転する上では注意しなければならないことが多いのだと驚いたものだ。また少し話が逸れてしまったけれど、考え事が上手くいった。きっとこの細長い水溜りはきっとタイヤで出来た轍だろうと、頭をうんうんと上下に振っていると次の疑問が浮上してきた。
「十cmのタイヤって何だろう?」
また一つ考え事が浮上してしまった。
思わず少し開けた空に視線を移していたけれど、再び土で出来た道の左側に視線を戻す。轍だ、轍だと思う。轍ということはきっとタイヤが通ったのだろうけれどこれは少し小さすぎるのではないだろうか。自転車のタイヤほど轍は小さくはないし、きっと自転車ぐらいの重さではこんなに地面は凹まないと思う。バイクであっても同じだ、しかもわざわざ道の端ギリギリをずっと進み続ける理由は無いと思う。今度は道の右側に視線を移すと、同じような轍が出来ていた。人が四人か五人横に並んだ程度でいっぱいになってしまうような道だ、きっと車であれば狭いと感じるだろうけれど。謎は深まるばかりだ。
長い時間ああでもないこうでもないと思い悩んでいるうちに辺りがまた少し暗くなってきていることに気付いた。
今は思い悩んで歩くペースを落とすべきでは無いと頭を振ると、前を見据えてしっかりとした足取りで歩いて行った。
第六話 了