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青い瞳の再生者  作者: 河北
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第十四話

剣の訓練を朝から始めて時々休憩を挟みながら一昼夜を過ごし、再びロッシュの剣を振る音に起こされた。僕がむくりと起き上がると彼はすぐに気付いたようだった。


「おはよう、眠れたか?」


彼は何時もの調子でそう言うと抜身のままだった剣を鞘に納めた。


「おはようロッシュ、ごめんね僕ばかり寝てしまって」


今思うとロッシュがいつ寝ているのかがわからない。正直な所寝ているのだろうか?不安になって謝ると、


「眠りは浅いがしっかり休憩もしている、問題はないさ。それよりも今日から行動開始だが、行けそうか?」


なんて事も無い様に話しだした。

昨日の夜の内に決めていたことで、今から此処を発って東門からアルストラ王国に入るのだ。


正直、怖い。


争い事とは無縁の場所からこの世界に来てまだ一週間も経っていない、初めて出来た仲間の誘いとはいえ自分の意志で戦おうとしているのだ。

でも僕は幸運だったとも思っている。知らない世界に放り出されて、痛い目にも遭ったけれどこの身体が僕を守ってくれた。その後だって危険なことに会う前にロッシュと出会えた。自分の悩み・知らないこと・知りたかったこと、全てを僕に教えてくれたんだ。戦う術だってそうだ、敵か味方かも分からない大男に戦闘技術を教えてくれた。きっと打算もあっての事だと分かってもいる、けれど、それでも。


「ありがとう、ロッシュ。僕は大丈夫、行けるよ」


恩に報いたい。

元々僕はそんなに出来た人間でもなければ聖人君子でもないし、進んで何かに取り組むような人間でもない。でも自然と勇気が湧いて、前に進むことが出来るのはきっとこの身体のお蔭だと思う。人から受けた施しも恩も、何時もの僕なら感謝するばかりで返すことなんて出来なかったから。自分には無理だと勝手に決めつけて、気後れして、畏縮して、最後には諦める。

臆病なのは悪くないと思う。でも不安や恐怖に押しつぶされて、出来ることも出来ないで終るなんて絶対に嫌だ。

僕が正しい道を歩めるように、この身体がずっと支えてくれている。

だから大丈夫。


「そうか…、お前の覚悟と勇気に感謝する。改めて…これからよろしくな、ジャック」


ロッシュはそう言うと右手のガントレットを外して此方に差し出してきた。

この世界にも握手があるんだなと頭の片隅で考えながら、僕は自分の手でしっかりと彼の手を握った。


「僕には覚悟も勇気も無かったと思うよ。これは僕に第二の人生をくれたこの身体と、君のお蔭だよ。戦いの役に立てるかどうかは分からないけれど。よろしくね、ロッシュ」


素直な気持ちを相手に伝えるのは何だか照れ臭い気もしたけれど、この心に広がる温かさは心地が良かった。けれども謙虚な彼の事だ、出会ってからまだそんなに時間を共にした訳ではないけれど何て返答するのかは何となく分かる。


「はは、また気を遣わせたな。行こう、相棒」


予想と違わない謙虚な彼は笑いながら、僕の手を握り返してくれた。



----------



「さて、門の近くまではいつも通りに来られた訳だが。道中に話したことは覚えているな?」


彼は門の方に視線を向けながら後ろに居る僕に問いかけてきた。

あの後すぐに東門へ向けて出発した僕は、ロッシュに付いて行きながらまずこれから何をするべきかを聞いた。

冒険者ギルド周辺に居る亡者達を突破するにはロッシュのロングソード一本では不可能で、僕の武器もなくてはならない。ならばどうするか、丁度いい事に行きがかりに調達できる場所があるという。

それは二年前、ロッシュが遭遇した亡者同士で戦っていたという東門前の街道だ。未だに巡回をしている衛兵が居て無暗に近付くことはしなかったみたいだけれど、武器が回収されずにそのまま残っていることは確認済みらしい。


「うん、使えそうな武器を僕が回収。その間ロッシュが周りを警戒して、もし巡回の衛兵に見つかったらロッシュが相手をする…だよね?」


「よし、その後も大丈夫そうだな。あんまりゆっくりはさせてやれないが、まぁ多少選ぶ時間はあるだろう」


そういえば前回話を聞いたときに商隊の護衛と衛兵が戦っていたと言っていたから、多分それなりの数の武器が落ちているんだろうな。しかし僕に武器の良し悪しが果たして分かるだろうか?


「まぁ深く考えるな、冒険者ギルドの辺りでまた調達できるかもしれん。よし、行くぞ」


此方に振り返って僕を二回小突いてからロッシュが森から街道へと出て行った。

後ろに目が付いているのだろうか?僕の不安をすぐに察してくれたような…。


また呆けてしまっていた、僕も行かなくては。

ロッシュの後を追い街道へ出ると、まず最初に目に入ったのは映画で見たことが有るような馬車だった。そのすぐ近くには横倒しになった馬が二頭と。

血塗れになって倒れた人々だった。


「…酷い」


「この世界じゃ珍しい光景ではないが、何回見ても慣れることは無いな。だが今こいつらにしてやれることは無い。すまんがジャック、武器の回収を急いでくれ」


確かに今この惨状を嘆いた所で僕にしてあげられることは何もない。

僕は一番近くに倒れているこれぞ傭兵といった様子の人に近寄ると、両手を合わせてからその人の手に握られている剣を手に取った。

ロッシュが持っているロングソードと比べると大分短い、ショートソードという物だろうか。取り敢えずこれは確保しておこう。


もう一度倒れている傭兵に目を向ける。首元に赤黒い汚れが大量に付いている他にはこれといった外傷は無さそうだ。死んでしまう前には既に亡者になってしまっていたとしても、苦しまずにこの人は死ねたのだと何故か安心してしまった。

人が死んでいる。それなのに僕は何を安心しているのか…でも今は取り乱すことのない自分の冷静な部分に感謝だ。

それにしても死んでしまってから二年も経つというのに、血液が固まっている様には見えずつい最近まで生きていたかのような状態だ。詳しくはないけれど普通だったら腐敗というのが進んで色々…ぐずぐずになったり…蟲だって湧いてるんじゃないだろうか?僕だって最初は凄かったんだから。

と、いらない事まで思い出してしまい頭を振って考えていたことを霧散させた。


しかしこの小さな武器では心もとない、他に何かもっとこう大きい武器はないだろうか…。


その時だ。


「ジャック、すまんがお客さんだ」


門を警戒していたロッシュの方に振り返ると、丁度その内側から兵士の格好をした人物が一人出てくるところだった。

その姿をさっきも見たかと思えば、当然僕たちの近くに倒れている衛兵の一人と同じ格好だということに直ぐに気付くことが出来た。

深い緑色に塗装されたような鉄っぽい装備に、元から赤かったであろう布が前掛けのように腰辺りから垂れ下がっている。刺繍が施されていたであろう所には赤黒い血がべったりと付いていた。


ゆっくりと背筋を正して歩いて来るその人はとても正気を失った人間、亡者だとは思えなかった。


「俺が相手をしている間、頼んだぞ」


ロッシュはそう言うとロングソードを鞘から抜き放った。

その音に反応したのか門をくぐり跳ね橋を過ぎた辺りだった衛兵の亡者は辺りを見回すと、彼を視界に捉えた。確実にロッシュを敵と認識したのか、血濡れた剣の矛先を彼に向けた。


僕の役割はロッシュが敵と戦闘になった場合、新たな敵をロッシュに近づけないことだ。彼が言うには亡者同士でも争いが発生する為同じ場所には何体も居ないということだけれど、予想外の出来事にも対応出来るようにということらしい。


ギンッ


僕が少し考え込んでいる間に、既に戦闘は始まっていた。

衛兵は彼を敵と見るや素早い動きで接近し、持っていた剣で斬りかかったようだ。

兜を被っている為に表情は分からないけれど、慌てる様子も無くロッシュは抜き放っていたロングソードで相手の剣を弾いた。

弾かれた際に流れてしまった体勢を衛兵が戻す前に、今度はロッシュが斬り返すと。


ゴッ


重く硬質な音が響き衛兵の腰辺り、鉄の鎧が薄いのかロッシュの剣技が冴えているのかロングソードがめり込んでいた。

剣はそのままに衛兵を引き寄せると彼は右膝で衛兵を蹴り飛ばすと。

一足で蹴り飛ばした衛兵に近付き左足で相手の腕を踏みつけて無力化したのか、その後流れるようにロングソードを操るとその首を斬り飛ばした。


僕はその光景を息をするのも忘れて見入ってしまっていた。

正直周囲の警戒のことも頭から抜け落ちていた事を思い出すと、慌てて周りを見渡すも他に動く者は見当たらなかった。

そのことに安堵するとまた彼の方に目を向ける。倒したばかりの衛兵の剣を拾うもすぐに手放してまた門の方を警戒しだした。

彼が強いということは何となく分かっていたけれど、まさかこんなにも素早く相手を倒してしまうとは思ってもみなかった。


何故彼が敵と戦闘になった時、僕に周りの警戒をと言ったのかがなんとなくわかった気がした。勿論敵に囲まれないことが第一だとは思うけれど、僕がすぐに戦闘にならない様にという彼の配慮と、経験を積ませる為ではないかと思ったからだ。


「ジャック、大丈夫か?」


彼は少し気遣わし気な声で此方に向くことなく声を掛けてきた。

何処までも優しい彼の事だ、今の一幕でもやっぱり気遣ってくれていたようだ。


「ありがとうロッシュ、大丈夫だよ。剣を拾ったんだけれどこれはどうかな?僕が持つと凄く小さい気がするんだけれど」


感謝の気持ちと、少し場を紛らわすために先程拾った傭兵の剣を近付いて彼に見せた。


「ショートソードか、確かにお前が持つと心許なく見えるな。しかし剣自体に歪みも破損も見られない、さっきの傭兵の剣は駄目だったがこれなら問題ないだろう」


ほっとしたのも束の間「鞘はあったか?」と言われ確かに抜身のまま持ち歩くのもまずいと思い、持ち主である傭兵の元へと急いで戻った。

何となく腰の辺りにあると当りを付けて探して見ると、腰の左側にベルト付きで下げてあった。

僕はもう一度両手を合わせるとベルトの金具を外して鞘付きのベルトを手に入れた。

それを持ってその場で身に着けようとするもロッシュから待ったの声が掛かった。


「ああ、腰に付けることはない。ちょっと来てくれ」


せっかくベルトが付いているのに付けないのは何故だろうと疑問に思いながら此方に手を出す彼に剣と鞘を手渡した。

すると彼は剣を鞘に納めると、鞘にくくり付いていた紐を剣の左右に伸びる鍔に固定して抜けない様にした。

二、三回抜けないかどうかを確認した後、更にベルトを鞘から外すと鞘の先端から拳一個分の位置に巻いて固定したのだ。


「抜けなくなってしまったけれど、これでいいの?」


完全に抜けなくなってしまった剣を受け取ってロッシュに目を向けた。せっかく破損も歪みも無いと言ってくれたのにと疑問に持ちながら聞いてみると。


「ああ、問題ない。正直刃の部分は歪みが無く鞘に収まれば良かったんだ。少し教えたばかりで剣を振れば自分を傷付けることもあるが、鞘ならば問題ない。抜身の刃よりも刀身は伸びるし頑丈だ、ベルトも巻いたから先端を持って剣を受けても流れた刃で指を斬られることもない」


確かに包丁の使い方を覚えたばかりの子どもに、いきなり振り回させたら自分も傷付けて流血沙汰になるのも頷ける。それに鞘の先端付近に巻いたベルトも使用者の指を護る為だなんて、即席の盾にしては上等だと思った。

しかし。


「なるほど…でも僕は再生者なんだよね?そこまで心配することなのかな?」


僕はこの身体になってからは傷を受けてもすぐに回復することが出来る、それならば傷を負ったら命に係わるロッシュの為に進んで戦闘に参加した方が良いのではないか。

僕はそう考えていたけれど、彼は違った様だった。


「負傷しないことが第一だ、傷が治るからといって傷を受けていい事にはならない。対策を怠ると何時かその利点を失った時に後悔することになる。それになジャック」


彼は僕と目を合わせると当たり前のように言った。


「仲間が傷付いて平気な奴なんていないさ。お前は確かに強い再生能力を有した身体を得た、だからといってそれがお前の傷付いていい理由にはならない」


思わず、目を瞠った。

傷を受けても治る身体、元居た世界では無かっただろう特異な能力だ。この世界に来てすぐ蟲達に嬲られながらも再生し、肉体的な疲れもあまり感じることのない僕は、普通に考えれば化け物のようなものだ。痛くても恐怖を感じても、心の片隅には常に冷静な部分があって僕を助けてくれる。でもそれが時々僕を不安にさせる。まるで人間では無い、本当の化け物なのではないかと。人間は痛みを拒み、恐怖を感じる生き物だ。

今の僕はそうではない。

だから僕は恐れた、きっと僕は受け入れられないだろうと、心の何処かで感じていた。元居た世界では宗教が違うだけで、皮膚の色が違うだけで、考え方が違うだけで争ったり、いがみ合ったり、殺し合っていた。ニュースで、歴史の勉強で、僕自身の体験で分かっていた。

だから僕は、こんな僕を仲間に誘ってくれたロッシュの為に何が出来るかを考えた。彼を失わない様に、嫌われない様に、見捨てられない様にどうすればいいのかを。

でも彼は、ロッシュはそうではないと言う。


「お前は普通のやつよりも頑丈で、痛みに強いのかもしれない。だけど痛みを感じるのは生きている証拠だ、慣れる必要も…まぁ仕事柄必要になることもあるが、当然の様に受ける必要もない。無理するんじゃないぞ、その為の仲間だろ」


彼はそう言うと、また僕を二回小突いた。

少し笑いながら「しかも鞘は頑丈だ、そのまま鈍器として使ってもいいぞ」と場を紛らわす様に言うと、彼は再び門の方へと視線を向けた。


もしかすると僕が泣きそうな顔をしているのにも気づいたのかもしれない。僕はボロボロの服で目元を拭うと手元にある鞘付きの剣を振った。


ブゥンッ


「少し重さが増して、確かに鈍器みたいだね!頑丈みたいだし、ありがとうロッシュ!」


努めて明るい声になるように言うとロッシュに近付いた。


「言ったろ?剣なんて当たればいいんだ。お前ぐらい力が有れば今の一振りでその辺のやつらぐらいなら一発だ」


きっと彼も分かっていて、僕の話に乗ってくるように話してくれた。

この人に出会って、何度目かも分からない感謝の気持ちでいっぱいになった。

本当にこの世界で会った最初の人がロッシュで良かった。


「よし、それじゃあ新しい武器も手に入ったことだ。ここから入って右側、北東にある冒険者ギルドまで行こう」


彼は此方を見て一度頷くと、また先行して歩き始めた。

僕は近付き過ぎず、離れ過ぎず、距離を保ったまま付いて行った。

新しく手に入れた武器を、しっかりと握りしめて。



第十四話 了

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