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夢見月に惑う

作者: こーへ〜

夢見月に惑う


男、宿月弥生(やどつきやよい)

女、早花咲月(はやばなさつき)


弥生「叶わないと知りながら」

咲月「届かないと知りながら」


弥生「僕は何を願うのだろう」

咲月「私は何を想うのだろう」


咲月「弥生先生!」

弥生「ああ、咲月か…どうした?」

咲月「ここの問題がわからないんですけど…」

弥生「えっと…どれどれ……うん…咲月、嘘は良くない」

咲月「あはは、バレちゃいました?」

弥生「バレバレだ、お前がこんな初歩的なことがわからないわけがない」

咲月「流石です、それじゃ弥生先生、また明日」

弥生「明日は日曜だぞ」

咲月「あ、そうでした…休みでしたね、遊びにでも行きます?」

弥生「教師をからかうんじゃない、じゃあ、また月曜にな」

咲月「はぁい………馬鹿」


咲月「小さくなる背をいつまでも見ていた」

弥生「小さな声が聞こえ、いつまでも巡ってた」


弥生「ただいま…はぁ…アイツには困ったものだ…事あるごとに僕に何かと構ってくる…成績も優秀なくせに、わかってるくせにさもわからないかのように僕に話しかける、無邪気に…どこか妖艶に…何を考えてるんだか…いや知らない、気づいかないように…してるだけなんだろうな…きっと…僕は彼女…いや言葉に出したら終わってしまう…この膨れていく気持ちは僕を惑わす…咲月は生徒だ…心を乱すな…はぁ…もう寝よう」


咲月「ただいまぁ…はぁ…先生には困ったものだ…私があんなにアピールしてるというのに、さも気づいてないかのように私を跳ね除ける…何を考えてるんだか…私の事を分かってるくせに…無関心、儚い…私は弥生先生の事が…いや言葉に出したら駄目…この想いは胸を膨らませ私を苦しめる、きっと言葉にしたら破裂するのだろう…弥生先生は先生だ…先生、先生なんだ…私の…はぁ…もう寝よう」


咲月「…おはようございます…」

弥生「…あぁ…咲月か…おはよう…はは、くまが凄いぞ」

咲月「そういう先生も」

弥生「ああ…中々寝付けなかったからな」

咲月「私もです」

弥生「お互い今日は早く帰って寝よう…」

咲月「そうですね、あはっ!先生のくまホント凄い、パンダみたい」

弥生「パンダならどんなにいいか…」

咲月「なんでです?」

弥生「可愛いからね、それに比べ僕は特に目立ったところもない只の教師だからね」

咲月「弥生先生も可愛いですよ?たまに寝癖がピョコってなってるとことか」

弥生「……」

咲月「こりゃ失敬、気分を害したみたいです、先生、今のお詫びということで私と動物園行きませんか?奢りますよ?」

弥生「いいよ」

咲月「ホントですか!?」

弥生「違う、行かない、生徒とプライベートで関わる気は無いよ、生徒に奢られる気も…」

咲月「ちぇっ…行きたかったなぁー動物園」

弥生「ほら、もうすぐチャイムなるぞ、遅刻したいのか?無遅刻無欠席の優等生」

咲月「むぅ…イヤミだなぁ」

弥生「こりゃ失敬、まぁ…また後でな」

咲月「はぁい」


弥生「動物園…か…行けるなら行きたいもんだ、だけど教師が生徒のプライベートに関わるのは良くない、ちょっとしたことで噂が立つ…下手に不純異性交友などとなればこの職場に居られなくなる、仕事を失うなんて怖い事は大人の僕には無理だ……教師と生徒、そんなことしたらいけない、それをして居なくなった人を僕は見てきた、僕は知ってる…学校…か…まるで動物園の檻の中だな」


咲月「先生、お疲れ様です、また明日」

弥生「ん、お疲れ、さようなら、また明日」

咲月「あ、そうだ、先生!」

弥生「なんだ?」

咲月「卒業したら動物園一緒に行ってくれます?」

弥生「…考えとくよ」

咲月「忘れないでくださいよ」

弥生「わかったよ、気をつけて帰れよ」

咲月「絶対ですからね」

弥生「わかったわかった、じゃあな」

咲月「はい、また明日!」


咲月「私の日課、駅前の伝言板、そこに二文字の言葉を書き記す…その言葉は決してあの人が見る事は無い…あの人にこの想いが届く事はない…だってその想いが叶う事はあり得ないのだから、禁断…わかってる事だ…もうすぐ卒業してしまう…お別れ…離れてしまう…私の春は…片っぽだけで咲いた想いの桜は三年で隣に咲く花を見ずに散るんだろう…私は願う、三月が来ない事を」


弥生「…おめでとう、よかったな、第一志望受かって、大学でのキャンパスライフ楽しみだな……ん、また明日」

咲月「弥生先生」

弥生「なんだ咲月か」

咲月「なんだとはなんだ、なんだとは」

弥生「悪い悪い、そういえばお前は大学の合否どうなったんだ?まぁお前のことだから心配はしてないんだが」

咲月「明日見に行きます、前期で受かればいいんですけどね」

弥生「問題ないだろ、あそこの学力ならお前は余裕だよ」

咲月「ですよね」

弥生「調子に乗るな」

咲月「へへ」

弥生「でも良いのか?こんな田舎の大学だぞ?お前ならもっといいとこに、東大だって目指せたかもしれないんだぞ?」

咲月「いいんです、私この街好きですもん」

弥生「そうか?お前がいいならいいが、なんにせよ卒業式前に受かって安心したいな」

咲月「そうですね、ホント不安で胃がキリキリしますよ」

弥生「それは嘘だ」

咲月「あ、バレました」

弥生「当たり前だ、何にせよ明日報告待ってるよ」


弥生「卒業…別れ…きっと僕はこの溢れた…咲き乱れた心の花を三月に散らす事ができるだろう…」


咲月「先生ただいま!」

弥生「おかえり、どうだった?」

咲月「勿論受かりましたよ」

弥生「だろうな、安心したよ、あとは卒業するだけだな」

咲月「……ですね」

弥生「どうした?」

咲月「なんでもないです」

弥生「そうか、なんにせよ卒業式前に受かって良かったよ」

咲月「ええ、そうですね、それじゃまた明日」

弥生「??どうしたんだアイツ…」


咲月「私は足早に去っていく…暫くするといつもの駅に辿り着く…掲示板にあの二文字を書こうとする、溢れ出る感情は私の瞳から零れて止まらなくなった…日課だったあの二文字の言葉、ついに書けなかった…だって私はこの街を離れなければならないのだから…時は止まってはくれず、卒業式の日を迎える」


咲月「弥生先生」

弥生「ああ咲月、卒業おめでとう」

咲月「先生、第二ボタンくれません?」

弥生「僕のか?なんで」

咲月「欲しいからです」

弥生「…そういうのは友達同士とか好きな相手から貰うもんだろ…まぁお前は貰われる方だろうけどな」

咲月「第二ボタンはまだあげてませんよ」

弥生「へー」

咲月「そうだ先生」

弥生「あ、おい」

咲月「はい、コレ」

弥生「ん?」

咲月「私のと交換です、あと先生、これもあげます、明日、日が沈むまで読まないでくださいね」

弥生「なんでだ?帰ってからじゃ」

咲月「ダメです」

弥生「………」

咲月「ダメですからね!」

弥生「はいはい、わかりました」

咲月「それじゃ、先生、三年間お世話になりました、ありがとうございました」

弥生「ああ、ありがとう、おめでとう…卒業してもこの街にある大学だろ?たまには近況報告にでも来いよ」

咲月「はい…じゃあまた」

弥生「ん、また」


咲月「また…私はそれを信じてもいいのか…」

弥生「また…僕はそれを信じてはいけないのだ…」


弥生「はぁ…ただいま…いい心持ちだな…みんな良い顔で旅立っていった…でも、咲月はどこか寂しげだったな…そりゃそうか、学校好きだったもんな…手紙…か…明日の暮れまで開けるな…か…気になるな……ダメだ気にしてしまうな…うん、寝てしまおう」


咲月「はぁ…寝ちゃおう…私は制服のまま眠りについた」


弥生「朝を迎えた…」


弥生「手紙…読んでみるか…咲月には悪いけど…何か嫌な予感もするからな……拝啓、宿月弥生様……僕は駆け出した」


咲月「拝啓、宿月弥生様…先生がこれを読んでる頃、私はこの街、青森には居ないです、地元の大学に行く…あれは嘘…東京の大学に行くんだ…親の仕事の関係で引っ越し、だから東京の大学受けてたんだ…私一人でもこの街に残りたかったんだけどね、無理だったよ…親にはなんとか、ちょっとだけ、一人遅れて向かうことは許されたんだけどね、今頃家族は東京で私を待ってる…先生、今日の12時、私は青森から東京へ旅立ちます。今までありがとうございました…」


弥生「…はぁっ…はぁ…咲月!」

咲月「先生…はは…やっぱ読んじゃったんだ…」

弥生「咲月」

咲月「電車来ちゃった」

弥生「僕は…」

咲月「……」

弥生「僕は君の事」

咲月「言わないで!」

弥生「え?」

咲月「言われたら行けなくなるから」

弥生「………わかった」

咲月「…ありがとう…弥生先生…先生…」

弥生「……」

咲月「…伝言板…」


咲月「扉が閉まると同時に私は崩れ座り込む、閉まった扉に縋りながら」


弥生「伝言板…そう聞こえた…僕は伝言板を見に行った…二文字書き消しその下に四文字書いて消した、その跡があった、その下には『考えといてくださいね』その一言が書き記されていた…」


弥生「あれから10年が経った…僕は未だに三月に夢を見てしまう、あの時に彼女と違う道を生きてたらと…そう考えながら早めに咲いた桜を見ていた…ふと後ろから懐かしい声がした」


咲月「宿月弥生さん」

弥生「え?」

咲月「久しぶり、弥生先生」

弥生「あ、え、その…咲月…か?」

咲月「そうです、忘れました」

弥生「いや、そんな事ないよ、ただ」

咲月「ただ?」

弥生「大分大人っぽくなったなって」

咲月「あら、嬉しい、先生はおじさんになりましたね」

弥生「うるさいよ」

咲月「でも素敵ですよ」

弥生「あ、ありがとう」

咲月「先生、駅前の伝言板覚えてます?」

弥生「ああ、今では殆ど廃止されちゃったけどな」

咲月「そうですね、イタズラが多かったのと携帯の普及もありましたしね」

弥生「そうだな」

咲月「私が書いたの覚えてます?」

弥生「ああ覚えてるよ…好き…そう書いて消して…その下に」

咲月「さよなら」

弥生「それも消してその下に考えといてくださいね」

咲月「考えといてくれました?」

弥生「ああ、早花咲月さん、僕と動物園行ってくれますか?」

咲月「はい、喜んで…ふふ」

弥生「はは…ねぇ何が見たい?」

咲月「パンダ」

弥生「やっぱり…そうだと思った」


弥生「僕を惑わせた夢見月は今更ながら青い春を迎え入れたみたいだ」


弥生「これは語るまでも無い話」


咲月「パンダどこ?」

弥生「居ないよ」

咲月「え?」

弥生「青森にパンダは居ないよ」

咲月「え?この動物園に」

弥生「居ないよ、知らなかった?」

咲月「う、うん…てっきり居るもんだと…」

弥生「ははっ…じゃあパンダを見に行こうか」

咲月「どこに?」

弥生「上野に」


弥生「青森発の夜行列車、月夜を走る…僕の隣一輪…瞳を閉じて夢を見て」


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