9 当日
そして、当日。体育館にて。
「ついに、今日ですね。文夜さん」
「あぁ、音無。好きなようにやれ、校内に千枚以上張ったんだ。ほぼ全員来るだろう」
「なにやってんですかーーーーーーーー!」
幕の下がったステージの上。
俺達は最後の調整をしていた。
この幕の奥には、溢れんばかりの人に埋め尽くされている。
たくさんの人の熱気と、音に気圧されそうだ。
「うぅ……やっぱり、緊張してきますね」
かなは、心臓に手を添えている。
その手は震えている。望も同様に、というか全身が震えていた。
全く、俺がいないとこいつらは全くダメだな!
そんなメンバーを見て、元気づける為に言葉をかけた。
「きぃ、きっ、ききききき緊張すんなよぉ? おっ、お前らぁ?」
「先輩も緊張してますね」
「あああああぁぁぁあ! 俺を見るなぁああああああ!」
俺の声は誰よりも震えていた。
よくよく考えたら、全く人と話していない人間だ。
こんなところに立っていること事態が奇跡のようなもの。
あああああ! 今までノリで考えないようにしていたが……帰りてぇえ!
「あ、でもなんか先輩見てると落ち着いてきますよ!」
「え? そう? そうかな。へへ」
人の役に立てたのか。ちょっと、嬉しくて頬を掻く。
「はい。自分より下を見てると安心します!」
「全然役に立ててないよねっ! 余計恥ずかしいんだがっ!」
ただただ、馬鹿にされていた。
そんなところに、
「……文夜は、大丈夫」
「そうかな、望」
「うん」
望は励ましてくれた。ちょこっとだけ、うれしいや、ふふ。
「……文夜さん。いくらロックだからって薬に手を出すのはちょっと」
音無には薬物乱用者に見えたようだった。
「望ぃいぃい! 俺はダメだぁああああ!」
演奏を行う前だというのに、汗が止まらない。いや涙か……?
「……ん?」
「なんですか、文夜さん」
音無は、さわやかな笑顔でこちらを見つめる。
騒いでいる俺が馬鹿のようだった。
「音無、結構落ち着いてるな」
「……そう、ですかね?」
彼女は、なんでもないように首を傾げた。
「やっぱり、この場に立てたのが嬉しいんだと思います」
そして、満面の笑み。
子供らしく笑う顔に、俺も同調する。
「あぁ、俺もそんな音無が見れてうれしいよ」
なっ……文夜先輩っ! と音無は頬をたこの様に赤く染める。
いや? 俺は変なこと言ってないと思うが……。
というか、背後にいる二人からの威圧が凄いっ! もはや殺気じゃないか。
「これだから……天然たらしは……」
かなさんが、またぼそぼそと何か言ってらっしゃる!
たまに何か俺に聞こえないように言うから怖いんだよなぁ……。
ビィーっと、ライブ開始の合図が鳴り響いた。
全員意識が、正面に向く。
あれから、毎日練習を重ねた。最初よりは聞こえるようになったと、思う。
ただそれは、俺達の耳がやられてしまい、マシに聞こえただけかもしれない。
結果だけを言おう。
おそらく俺達のこれから奏でる演奏は、最悪だと思う。
演奏の終盤。
残った人は両手で数えるほどもいなかった。
ステージの上は、観客の表情が結構見やすい。
故に、飽きや、落胆、そういった表情も目に入る。それ以外もだが。
「ありがとう……ございましたっ!」
音無の最後の言葉で、残った人間もため息を吐いて去っていった。
ボーカルのあいさつがある予定だったのだが、音無は一言も声を出せず崩れ落ちる。
心が折られたのだろう。
俯いた彼女から、泣き声が漏れていた。
「うっ、うぅ……やっぱり……ダメだったみたい、です」
彼女の涙が、ステージの上に落ちる。
「でも、ライブ楽しかっただろ?」
「……た」
消え入るように呟いた声は、俺の耳に入らなかった。
「なんだって?」
「……楽しかったですっ! でもっ、もう、二度とできませんっ!」
そして、堪えることなく大泣きをする音無。
置いてかれて一人ぼっちになった小学生のように泣きじゃくる。
周りのことなんか気にする余裕はないんだろう。
「安心しろ。その心意気があれば、やっていける」
「どっ、どうゆうごどでずが!」
泣きまくったせいか、声に濁点がついてしまっている。
その姿を見て、少し微笑みかけ、彼女の頭に手を添える。
「顔を上げてみろ」
そう言うと、彼女は静かに顔を上げた。
そこに立っているのは片手なら、一杯になりそうな人数。
音無の手からマイクを取る。ここからが、俺の仕事だ。
「最後まで残ったお前らなら分かるかもしれないが、音無は最悪に下手糞だが、誰よりも音楽が好きだ!」
残った観客は微かに微笑む。
それは、罵倒や嘲笑ではなく朗らかに。暖かな目で、俺達を見ている。
「だから、バンドとかその前に友達になってやってくれないか。きっと、音無とバンドを組みたくなるはず……ですから!」
そして、深々と頭を下げた。
危ねぇ、勢い余って敬語使うの忘れかけた。
「わ、私からもお願いします!」
かなも、隣にきて深々と下げる。本当にいい後輩だ。
「私も」
俺以外は見えていないだろうが、望も頭を下げる。妄想だということが勿体無いくらい、心がやさしい子だ。
しばしの沈黙の後、ちらほらと聞こえた拍手が大きくなる。
「あ、あの! 私、ピアノできます! このバンドに、入れてください!」
顔を上げると、女子生徒が手を上げていた。目はキラキラと輝いており、興味津々といった表情。まるでもう一人の音無だ。
俺は、音無をみる。まるで夢でも見ているように、寝惚けた表情。
「おい、音無」
「へ? あ、はい」
あどけない笑顔。本当に夢だと思ってそうだな。
「新入部員だぞ。どうすんだ?」
「あ、は、はいっ!」
崩れた服装を整え、真っ直ぐに立つ。
「ぜひ、私とバンドしましょう!」
家に帰ってパソコンを開いた。
今日は不思議と筆が進む気がした。
少しだけ開けた窓から、夜風が入る。生暖かい。
今日のライブの音が、遠くから聞こえた気がした。
「バンド、楽しかったー」
ベットで寝ている望が、寝言を言ながら指を動かす。エアピアノだ。
あの後、二人が追加で入ったらしい。
計四人。最初に音無が言っていたバンドができる人数は揃った。
「好きだから、ねぇ」
ステージの上で泣きじゃくる音無を思い出す。
正直打算はあった。
下手糞だと言ったあの日。放課後、一人でギターを弾いている姿を思い出す。
あの時直感で思った。
あの背中に、誰かは付いてくる、と。
もしアレだけ、好きなものに対して感情を表せるようになれば……俺も。
「好きなもの……ね」
俺はプロット用フォルダのタイトルを変更する。
「「好きなものの話」」
なんだそりゃ。
自分がやったことに苦笑いをしながら、パソコンの電源を落とした。




