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8 成功と練習

そうと決まればやることは、明確だった。


 次の日の放課後、いつもの部室にメンバーを集める。



「それで、これなんですか」



 かなは、呆れた表情で俺を睨む。


 ベースを抱えながら。



「いいぞ、かな! クールな感じがでてかっこいいと思うぞ!」


「かっ……私は可愛いほうがいいんですけどね!」



 なんだかんだまんざらではなさそうな表情だ。


 やっぱりベースを持つと気分が上がるのだろう。くぅー、根っからのバンド気質だな、関心関心。



「まぁ、先輩はドラム、ですか? 似合ってると思いますけどね」



 うん、うん。と首を振り肯定。両手に握ったスッティックをクロスにする。


 いや、クロスにする意味も必要もないんだけど。 そもそもやり方知らないし。



「これ、少しならできる」



 声のほうを見ると、一本一本丁寧に電子ピアノに触れる望の姿。


 俺らだけが演奏しているのに、望は見ているだけというのは少しかわいそうだからな。



 少しの音でもあったほうが言いと思い、用意させてもらった。


 かなは、ピアノが勝手に鳴る姿を見て



「ポルターガイスト……!」



 と、驚愕する姿は見ていて面白い。



「で、先輩。急に楽器集めてどうするんですか?」



 周りを見渡すと、エレキベース、ドラム、電子ピアノ。


 あと、一つあればその場でバンドができそうな形になっていた。



「もしかして、これで音無さんの要望を満たすつもりですか?」 



 彼女の目的はバンド組みたい。


 俺達が演奏してやればその条件は満たせる、というわけだろう。



 だが。



「違う、音無は本当の友達と組むべきだ」


「……ふむ」 



 かなは、神妙な面持ちになる。


 一体何人殺すつもりなんですかね? と懐疑的な目を向けてくる。



 いや、俺も死なないように願ってはいるんだけどね。


 ぶつぶつと、文句を言うかなを尻目に我々は準備を行う。



 そこに遠くからドタドタと近付く音があった。



「お、きたか」


「なにやってるんですかー! 文夜さん!」



 音無は、両手に溢れるくらいのポスターを持っていた。


 それはすごくカラフルで、目がチカチカするほど明るい。



「ふ、ふふふふ文夜さんですって! 私ですら先輩呼びなのに!」


「ななななな、なんで、私がリーダーでバンドすることになってるんですか!」



 かなの言葉はまるで耳に入っていない。


 同時に同じ音を出している姿は、まるで海外のよくわからない人形のようだ。



 蛍光塗料で固められたかのような派手なポスターに目を移す。


 それは、まごうことなく俺と望が徹夜で作り上げたものだった。



「あぁ、来週の金曜日だな。頑張れ、リーダー!」


「いや、リーダーじゃないですよっ! 間に合うわけないじゃないですか!」


「まだ水曜日だぜ?」


「もう水曜です!」 



 プンプンと怒る、音無。


 彼女の目を見据えながら、静かに諭す。



「でも、ライブしたいだろ?」



 その言葉で音無の表情が揺れる。


 意外と表情が分かりやすい。不安と心配の感情が、半数を占めている。



 だが問いかけたときの一瞬、嬉しさを堪えるような表情になった。


 心の底ではやってみたいんだろう。  



「そりゃ……そうです。でも、普通に考えて素人の寄せ集めじゃ無理ですよ!」


「そうか? いいじゃないか、音楽に基準なんかないだろ? やりたいようにやればいい」


「……私、下手ですもん。人前になんか、見せられませんよ」



 昨日のことは、心に深く残っているのだろう。 


 当然だ、今まで上手いと思っていたんだ。それを否定されるのは、全てがダメだと言われているのと同じなのだろう。



「大丈夫だ、下手でも」


「でもっ……」


「いいんだ。難しいことは考えなくて、楽しいことだけ考えてろ」



 俺達がフォローしてやるからな! と親指をたてる。


 俺達を見て、無言になる音無。



 確かに不安になるのもわかるが……俺も若干不安だが、ここは信じてくれ。



「わかりました。……文夜さんを、かなを、信じます!」



 初めて見た、音無の満面の笑顔。


 ずっと暗い表情しか見たこと無かったから、分からなかったけど意外と可愛い。



 泣いているときも思ったが、意外と子供っぽい。



「そ……そうか。なら、ぶちかまそうぜ!」



 そうして練習が始まった。


 が、演奏は酷いものだった。



 単純に考えて、音無以下の人間が三人増えただけ。


 うん、地獄だ。



 もしこのまま本番になれば、考えただけでぞっとする。


 だが……それでいい。



「む、難しい」



 望は頭を抱える。


 正直俺も、頭がパンクしそうだ。



「だらしないですよ、先輩」


「あ、あぁ……」



 エイリアンのような声を出し、近くに置いてあるタオルで汗を拭く。


 体全体を使うドラムは、体力の消費が激しい。



 俺の横でかなは涼しそうな顔で、ベースを操る。


 む、上手い。やはりコイツはなんでもそつなくこなすな。



「この演奏を成功させて、文夜って呼べるようになってやりますっ……!」



 何を言ってるか聞こえなかったが、目標があるんだろう。関心関心。


 音無の方を見ると幸せそうな顔でギターを弾いていた。



「……」



 そして、その日の練習は終わった。


 俺はいつもの調子でかなと帰宅する。



 学校から家までは、徒歩で十分もかからない。


 だから、かなを家まで送ってやり、その後自分の家に帰る。



 それが日課だ。


 今日の話や、雑談をしていると、かなはふと声のトーンを変え



「先輩は、ライブ成功すると思いますか?」



 と、言った。



「……」



 どう答えればいいのだろう。うーん。


 いや、結果は分かっている。きっと、成功はしない。



「先輩が……もし音無さんの願いだけを叶えて、それで依頼を終わりにする。そうだったら酷いなって思いました」


「……」



 その選択もありだったろうな。



「でも……先輩は絶対にそんな事はしないだろうとも思いました」



 かなは、やさしげな瞳で俺を見つめる。


 そして俺の手をとり、ぎゅっと握り締める。



「ライブ、絶対に成功させましょう!」


「……お、おう!」



 かなの勢いに押され、返事をする。



「……」



 同時にかなの頬は、夕焼けよりも赤くなる。


 そして、震えた声で言葉を続ける。



「て……」


「手?」


「ななななな、何、手を、触ってるんですか! セクハラですよ! 変態です!」


「何故、俺が罪に問われる!」



 彼女はかなり興奮したのだろう。変態と呼ぶ人間の手を触ってしまうほど。



「もう、ここまででいいです。ここからは自分で帰れます!」



 颯爽と走り去るかな。


 その後ろ姿を見届け、



「成功させましょう……か」



 と、もう一度思い出すように呟く。


 それほどまでにライブを成功させたい。その気持ちが痛いほど伝わってきた。


 音無のせいだろう。



 彼女の真剣に打ち込む姿に心を揺られたのだ。 


 俺だってそうだ。 



 成功させてやりたい。けど……それは神さまでも、無理だと思う。

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