7 事実と涙
「そもそも、お前の能力はどんなもんなんだ」
次の日の放課後。
毎日いつもの部室を使うわけにいかないので、音無のクラスに集まる。
望はあんな事があったにもかかわらず、平気な顔をしてついてきていた。
「へー。ここはしりとりでプロフィールをつくってるんですね」
かなはこのクラスに来るのは始めてらしく、そわそわして落ち着きが無い。
同じ学年でもクラス違うだけでも雰囲気違うよな、分かる。
いや、よく考えたら同年代の別クラスに入ったこと無かったわ。
「私ですか。そこまで、上手くないと思いますが」
「わあ。是非聞かせてくださいよ!」
俺達以外に人はいない。絶好の演奏場所、時間であろう。
「では……少しだけ」
そういって、机の横にあるギターケースから取り出す。
太陽の様なオレンジを主体としたギター。
何かのステッカーが張ってあり、なんかかっこいい。
エレキと名の付くものは本来アンプという音を大きくする専用の機械が要る。
だが、ベースはともかくギターは、そのままでも上手いか下手かの判断はしやすい。
「じゃあ……やるよ」
ピックをもち、手を添える。
そこまでの動作は洗礼されており、気迫で凄味が出ている気がする。
そこから、始まった音は……。
控えめに言おう、最悪だった。
歌い声と楽器の音があっていない、こっちが不安になりそうなギターの音。
そもそも音がずれているので何がなんだか、理解できない。
というか、音痴……なのだろう。声自体、別の歌と化している。
一応知っている曲をリクエストしたのだが。
あ、同じ名前で別の曲があるのかもしれない。
「あの、もう一回何歌ったか教えてもらってもいいかな?」
「え? ドリアンの小さな声の歌ですけど」
あ、間違ってなかったみたい。
となると、本当に演奏が酷かったということになる。その事実を受け止めるのは正直辛い。
うーん……。我々になにを求めている音無。その伏し目がちな目をやめろ。
言いにくいだろ、意見がッ。
かなの方を見つめると。瞳孔が開いていた。
あ、ジャイ○ンリサイタルの被害者はこんな風になるんだな、となぜか納得。
「ど、どうですかね」
俺。
「……」
何も言えず。
かな
もはや気絶。
望。
「……ひどい」
耳を抑え、震えている。
お前、本人に聞こえないからって好き勝手言いやがって。羨ましいぞ。
「正直に、言ってもいいか?」
「はい。好きなようにお願いします!」
と、真剣な表情。
これはいけない。少しも自分の技量が低いなどと思っていない。
俺も昔あったが、どんな意見でもプラスにしてやると思っている状態だ。
こんな時、心を折らないつもりであれば、優しい言葉をかけるべきなのだが。
「……下手だ」
本当の優しさは心を折るべきだと、俺は知っている。
過去の俺がそうしろと、訴えている。
「……そんなに、ですか」
「うん。そんなに」
みるみる音無の表情が、暗雲としていく。
俺も負けないくらい、心が暗くなっていく。正直心が痛い。
本気じゃない人間は、心を折られれば他に逃げる。
それでいいと、俺は思っている。
「昔のバンドで、なにか言われなかった?」
「いや……特に。サブギターってのもあるんですかね」
そんなことあるはずがない。サブでもメインを食らい尽くすくらいの力はあるはず。
それだけの可能性を俺は見させてもらった。
そのバンドメンバーが異世界から来て、音楽が分からないならばともかく、地球人ならば耳が耐えられないはずだ。
むしろ宇宙人なら、攻撃かと思って迎撃体制に入るだろう。
「でも、音無ちゃんのギターは少し芸術点が高すぎるとか、ギター触らないほうがいい、とかは言われたことありますね」
本人だけが気づいていない。遠まわしに下手と言われている事を。
意外と鈍いのか? 目は鋭くて、キビキビ動きそうな感じなのに。
「そっか……」
俺の返事を皮切りにどちらも無言になる。
何かを言おうと、思い浮かぶのだが彼女の顔を見ていると結局有耶無耶になり、声が出ない。
「とりあえず、かなを保健室に連れて行くから」
居心地が悪くなり、適当な言い訳をしてその場から去る。
特に音無は俺達を止めようとする様子は見せず、ただただ机を見つめていた。
事実上もうお開きだと思っていた。
俺達のあの反応で察したろうし、彼女自身の心も折れたのだと。
だが、違ったみたいだった。
かなを保健室に連れて行き、帰るために下駄箱に向かう途中。
二階から微かに、聞きなれた不協和音が耳に入る。
その音を辿ってみると、さっきの教室。
まだやってたのか……よっぽど鈍感なんだな。
片目だけで中を覗くと、音無が難しそうな表情でギターと睨めっこしていた。
「なんでここが出来ない……もっと、練習しないと」
微かに声が聞こえる。
反省と改善の呟き……?
意外。あの手のは改善も反省も無く、ただやりたいようにやっているのだと思っていた。
だが、今俺の目の前にある風景はそんな今までの考えを、遥か彼方まで吹き飛ばした。
本当に自分が下手であることは分かっていないのだろう。だけど、今日の俺達の反応で気づいたんだ、自分が人に見せれるレベルでないことに。
「下手か……そっかぁ」
音無は誰もいない教室で噛み締めるように呟く。
そしてその呟きは、徐々に大きくなりすすり泣きに変わる。
「でも、好きなものは好きだもん!」
最後には子供のように大口を開けて泣いていた。
ホロリ、俺の瞳に雫が溢れた。
不意に、過去の自分と重なってしまった。
「だ、誰?」
俺の声が漏れてしまったのだろう。
音無は、ぐしゃぐしゃになった顔を袖でぐいっと拭いこっちを睨む。
その顔は、まだ赤く見れたものではない。
なんでもないような表情をつくりこちらを見る。
「……悪い。隠れるつもりは無かったんだんだけど」
「先輩ですよね。な、何の用ですか?」
だが、俺は顔を隠さなかった。
一切顔を隠さず、号泣。それはもう、音無が引くくらいに。
「文夜でいい」
「へ?」
俺達は先輩後輩の前に、一人のロックンローラー。人類皆、人間だ。
「音無だったよな!」
「は、はいっ」
「君を一流のバンドマンにしてやる!」
え? え? なんですか? と困惑気味の音無だったが、意味を理解したのか少し頭を下げ、
「あ、あの、お願いします」
と、呟いた。その表情は、見間違いかもしれないが、小さく笑っていた。




