6 上出来
「で、用件というのは?」
音無の前に座り、仕切り直す。
これでも作家としてはプロになった男だ。
一度でも極めた人間の言葉というのは、深みが出るはずだ。
高校一年そこいらの相談くらい簡単に捌いてみせる。
「えーっと。私、昔ギターやってたんです」
「そうなんですね」
ちなみに、基本的な応対は、かながやってくれている。
いや、俺も話すよ? あー、帰りたい。
そう言いながら、彼女は椅子の横に置いてあるギターケースを見つめる。
「でも、私転校してきたばっかで。あんまり、楽器知ってる人いなくて」
「なるほど」
視線を変えず徐々に、諦めたような表情に変貌する。
「でも、もう一回バンドしてみたいなーとか思ってて」
「ふむふむ」
そして、思い出に浸ったような表情。
「声とか、かけれたらとか思ってるんですけど」
「えぇ」
「でも、知らない人からしたら迷惑なのか……」
ここで、俺の中で何かが切れた音がした。
「ごちゃごちゃうるさいな。結局友達がいないんだろ?」
「あ、先輩っ……」
完全に空気が凍りついた。
外でカァカァと、能天気に叫ぶカラスの声だけがよく聞こえる。
かなは、やっぱりこの人空気読めないッ……と戦慄しているのがわかったが、もうどうしようもない。
言いたいことを言ってしまう、俺の悪い癖だ。
望も空気を察して、俺達のわたわたと慌てているが目の保養にしかならない。
「……そうですね。ハッキリ言ってもらってすっきりしました」
音無は、俺の目を真っ直ぐに見つめ
「私と一緒にバンドをやってくれる友達が欲しいです」
と、言った。
「上出来だ……」
今世紀最大のキメ顔で返事をする。
「いや、先輩も友達いないじゃないですか」
後輩のフルカウンターに繊細な心は打ち砕かれた。
し、死にたい。
望も半笑いじゃないか、生涯この時を思い出したら恥ずかしさにもだえるだろう。
「ま、まぁとにかくだ。君の事を知らないと俺達も話が出来ない」
話を必死に戻す。そして、二度とあの話に触れないで欲しい。
「そうですね。では、また明日の放課後に来てもらってもいいですか?」
かなは、いつもの表情で音無にそう告げる。
「分かった。じゃあ、また明日お願いします」
その一声で、お開きとなった。
廊下で音無の背中を見送る。
そして、姿が見えなくなった途端
「「上出来だ……」」
かなと、望がハモった。
「やめろおおおおおおおおおおおお!」
なんなんだよ、お前ら! 本当に姿見えてないのかよ!
シンクロ率百パーセントの行動に、もはや驚愕した。
家に帰ると、すぐに自分の机にある椅子に座りパソコンの電源を点ける。
そして、執筆ツールを開いた。
「……うーん」
新作を書けなければ退部。それを告げられた日から毎日こうして頭を捻っている。
三時間ほど考えて、一文。
そして、すぐに消す。その繰り返し。
うるしさんの言っていた期限まで、あと二ヶ月。
丁度、夏休み明けと重なる。
その時期までに、うるしさんの納得のいくプロットを書き上げて無ければならない。
プロットとは、小説を書くうえの設計図のようなもの。それが編集に認められないと本文を書き始めることすらできない。
まれに、天才は本文だけを書いて編集に見せるみたいだけど。
「そんな才能、俺にはないんだよなぁ……」
「そうなの?」
おっと、心の声が漏れたみたいだ。
俺のベットでぐるぐるしていた望が心配そうにこちらを見つめた。
そうか。俺は女の子と同じ部屋にいるのか……いや、傍からみたら一人なんだけど。
「うん。昔はいい物を書いてたって言ってくれる人はいるんだけどな」
脳裏に、かなやうるしさんがよぎる。
「でも、親父が再婚して、姉が出来て、自分が書いてるものが恥ずかしくなったのかもな」
そもそも書くことに意味はあるのか。そう考えると沼のように意識が深く落ちていく。
文芸部を立て直したい、その気持ちに嘘偽りはない。あの空間が好きで、それを消されるのはなんか違う。
だけど、俺が新しい話を書けるかといえば、違う。
「文夜の作品は、夢がいっぱいある。私も知ってる。好きが、沢山詰まってた」
「……好きが?」
妄想の女の子だ。俺の小説を読んだこともあるのかもしれない。
でも、そんな意見は初めてだった。
「そうか……」
もう一度、パソコンに向き直る。
その意見で劇的に書けるようになるなんて事はない。
だが、何かをしていないと気がすまなかった。
「だから、文夜の好きをつくりたい」
布が落ちる音がした。そんな軽い音ではないもっと沢山ある。
例えるなら、服?
いや、俺は脱いでないぞ? いきなり露出する趣味はない。
「文夜は、女の子に興味……ある?」
望の方向を肩越しにゆっくりとみる。ま……まさかね、いくら妄想とはいえ。
「なんで、脱いでんの!」
「興味を持って欲しいから」
一子纏わぬ姿で立っている望が、こちらを見つめていた。
嘲笑や、冗談などの一切無い真剣な表情。
過去最高速の動きで、自分の目を覆う。
「な、何に興味を?」
「わた……違う、女の子に」
いや、興味はありますよ、望さん! ただ大抵の男性諸君は、それを悟られまいと生きているんです!
急に同年代の、玉のように綺麗な肌を見せられれば困るわけで……
「の、望さん! 服を、着ましょう!」
「やだ。こっちを見る」
なぜか、こんな時に強情な望。何時に無く敬語を多用してしまう俺。
望はぐいっと、俺の手を鷲掴む。
そして、徐々に力が入っていくのを感じた。ふ、普通逆だよな!
「え、触れられるの。ちょ、強い強い!」
「集中すれば触れる」
「そんな、馬鹿な! うごごごごごごおおぉ!」
い、意外と力がある。
「文夜のため。ちゃんと、見て」
俺のプロテクトは、時間と共に崩れ去ろうとしていく。
腕もだんだん麻痺していて感覚がなくなってきた。
そして、ついに感覚は無くなり腕が開放された時。
「……文夜、寝た?」
気絶していた。
据え膳食わぬは男の恥、という言葉が脳裏を過ぎる。
どうやら俺は、恥晒しのようだ。
だが、姉にしたことを思えばこんなことなんでもなかった。