3 招待と小悪魔後輩と
「え、どうしたの? 急に」
「ん、心配することはない。好きなようにしてくれていい」
「できないよ! クールで可愛いキャラが、急に不思議ちゃんになったんだぞ!」
「……わ、違っ、私はっ、かわいくなど無い。関係ない」
手を胸の前に置き、もじもじしだす望。明らかに動揺しており、顔も心なしか赤い。
まるで告白されて困っている態度のようでいじらしい。
「大体、秋月 望は俺が書いた小説のキャラクターのはずで……」
そう、その名前は聞き覚えがある。
だってそれは、俺が昔書いた小説のヒロインだ。
ついに、妄想していた彼女が現実に……?
そんな素っ頓狂な発想が俺の中を巡る。
でも、他の人には見えない、俺だけが見える。それを裏付ける証拠がないのだ。
「先輩!」
スパーンっと、部室のドアが開く。
そこには、怒り心頭といわんばかりのかなの姿。
「気になって戻ってきてみましたが、さっきから何を言ってるんですか! 本当におかしくなっちゃったんですか!」
かなはかなり焦った様な表情をしており、本当に心配をして戻ってきてくれたのだろう。こんな後輩を持った俺は、幸せ者だ。
だが、そんな彼女でも今の状態を説明しても信じないだろう。
正直俺もテンパっている。とりあえず、誰でもいいからこの話を聞いて欲しい。
ならば真剣に、「本気」であることを伝えよう。
「かな、俺の話を聞いてくれ」
ずいずいと俺は、かなとの距離を詰める。
「先輩……どうしたんですか。雰囲気がいつもと違いますよ」
ふむ、効果はあったみたいだ。いつも余裕の表情の彼女がたじろいでいる。
かなの視線はぐるぐると回り、かなり泳いでいた。
「ちょっと、怖いです。……まぁ、そんな先輩も」
何か言っているか聞こえにくかったが、真剣な表情は崩さずに壁際まで寄せる。
そして、俺は右手をかなの後ろに持っていく。これが巷に言う、壁ドン。
「……せ、先輩」
かなは何か覚悟したような表情をし、頬を染める。いつもよりしおらしい態度に、少し驚く。
こんなにも真面目に聞いてくれるとは。
「かな、聞いてくれ」
彼女は腕の中でびくり、と肩を震わしこちらを見つめる。
その姿を見つめ、俺は静かに。そして、ちゃんと伝わるようにこういった。
「俺、妄想の彼女が見えるみたいなんだ」
「……は?」
彼女の目が、どんどんと冷めていくのがなぜか分かった。
まるで熱々の鉄に、氷のふんだんに詰まった水をぶっかけたかのように。
「それだけ。ですか?」
「あぁ、それだけだ」
こくり、と頷くとかなは視線を落とし肩を震わせた。
先ほどのような、静かな感じではなく。怒り? 憤怒? 激情?
何故か彼女の背景に炎が浮かんで見えた。
「期待……させないでくださいよ! 先輩の大馬鹿!」
プロボクサー顔負けのアッパーが俺の顎を貫いた。
その後、約一時間の記憶が遠く彼方に吹き飛んだのはいうまでもない。
「……むぅ。事情は分かりました。先輩の態度も過去に無いほど真剣でしたもんね」
目が覚めたのは一時間後。
外は暗くなっていたが、野球部などが居残りでやっていたようで学校自体はまだ開放されており、かなの膝の上で目を覚ました。
その後、しっかりと説明をするため椅子に座り話をして今に至った。
かなは終始、不安そうな顔をしていたが長い時間かけることで信じてもらうことには成功した。
「ならば。そこに望さんがいる、ということですね」
「あぁ、座っている」
俺の前では、かなの横に望が腕を組んで座っていた。
「あまり、信じられませんが……。今、望さんは何をやっているんですか?」
「腕を組んで、怒ってる?」
「なんでですか?」
聞いてみてくださいよ、とかなに催促されたので質問をしてみる。
むぅ、自分で聞けよ。
「なんでだ?」
「……く」
く、から始まる言葉なんてあったか? クソ野朗かな。
あ、心が痛い。
どうやらく、が頭文字では無かったようで、ごにょごにょと呟いている。
耳を良く澄ませ、望の言葉を聞く。本当に小さな声だったが、無事聞き取ることに成功した。
「二人とも、私を無視したこと。ムカつく」
どうやら拗ねていたようだった。心なしか頬も少し膨らんでいるように見えた。
「無視したことをすねているみたいだ」
「先輩のせいですかね?」
「え、違うんじゃないか。え、そうなのか望?」
「……改めて見るとやっぱり、先輩がヤバくみえますね」
俺も思う。なんか怖いよな、これ。
知っている人間がこうなったら俺も止めるだろうし。
「まぁ、それは置いといて。望さんは何が目的なんですか?」
「……私は、文夜のためになる。それが目的」
「俺のためになりたいらしい」
言ってて火を噴きそうだった。だが、これが通訳士の役目、恥は忍ぶべきだ。
「えっとですね。それは私が何とかします。ですので、望さんは他の場所に行ってみてはどうでしょう?」
かなの言いたいことはこうだろう。
このまま特に問題がないのであれば、どこかに行け。
ということだ。まぁ、正直こちらも問題を抱えている。そこまで手が回らない。
だが、それを聞いた望は
「嫌だ! 絶対いや! ……だが断るって言う!」
確固たる意思で、反論。一つだけ意味が違うし、タイミングも違うと思ったので端折る。
俺の言葉を聞き、かなはむっとした表情になる。
「どうしてですか! いるかいないか分からない存在より、私のほうが頼りになるはずです」
「違う。あなたでは文夜のいんすぴれーしょんを湧かせられない。私には出来る。天使だから」
また説明。今度は詳しめに説明をしておいた。
天使という言葉が出るたび、かなが嫌そうな顔をしているが気にしない。
まぁ、真顔で天使とか言ってたら怖いよね。
「そうですか……インスピレーション。目の付け所はいいと思います」
ほう。初めて意見が一致したようだ。確かに、俺が新しい作品を書き上げられない限りは、この部室に未来はない。
そんな安堵もつかの間、とんでもない提案が言い渡される。
「なら、どちらが先輩のインスピレーションを刺激できるか勝負です!」
「望むところ!」
速答の望。何故か俺を挟んでいないというのに、通じあったような表情を浮かべている二人。
「いや、俺は静かに書かせて欲しいんだが」
「「そんなこと許しません(さない)!」」
二人の怒声が部室一杯に響いた。
すみません、昨日の更新してませんでした。
今日の6時頃にまた更新します