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屋上

屋上は、誰も居ない。


 当然だ。今にも降りだしそうな空。



 外に出る人間も少ないだろう。


 鞄から原稿用紙を取り出す。それなりの厚さ。授業も休み時間も、自由な時間も。



 全てを注いできた。 


 でも、よくよく考えたら来夏の気を引くための道具で、決して俺が書きたいものでは無かったのかもしれない。



 屋上の淵に立って、振りかぶる。



「どうでもいいんだよッ! こんなもん!」



 分解されるように空中で弾けた。


 全く心は、晴れなかった。



 小さな粒が俺を叩く。段々と強く、なっていき大雨となった。


 俺の顔を雨が濡らした、瞳も熱かった気もするがどうでもいい。



「ほんと、どうでもいい」



 あと一歩で、落ちてしまう。いや、落ちれる。



「何やってるんですか」



 振り向くと、髪が目元まである暗そうな女の子が立っていた。



「そこ、危ないですよ」



 見たことが無い。下級生だろうか。



「……誰だよ、あと何しに来た」


「これです。下に落ちてました」



 手には、濡れた原稿用紙。 


 だが、この大雨の中の割には濡れておらず、おそらくこの子が腹に隠して持ってきたのだろう。



「いらない」


「なんでです。これ、面白いじゃないですか」


「……関係ないだろ」


「関係なくないですよ、そんな所に立ってる人を放っておけません」



 外見とは違い、意外と我が強いようだ。


 別に本当に死ぬ気もなかったので、女子生徒の隣を通りすぎる。



「これ、どうするんですか?」 



 原稿用紙を突き出してきた。



「いらない」


「これ、「ドキ共」の8巻の内容ですよね」



 ドキ共、俺の書いている小説の略語だ。



「……だから?」


「文夜先輩の噂は昔から聞いてました。中二的な奇行や、小説に熱中していたこと」



 思い出すだけで頭が痛くなってくる。



「皆、馬鹿にしてましたけど、私は好きでした」



 そのまま女子生徒の顔を見続ける。


 だから、なんだ。と



「先輩の自分の「好き」に、正直な姿に憧れました。なのに、これは捨てるんですか?」


「……その作品は、気を引くために書いただけだ。その程度だ」


「違いますよね」



 即答。今日は何度も否定される日だ。


 だが、この一日の中で、最も不快じゃなかった。



「なんでだよ」


「本当にどうでもいいなら、そんな表情はしません」



 目の下が、ジンジンと痛かった。


 雨が、目元に染みる。



「どうでもいい作品に涙は流せません」



 目元から流れる涙は、雨と共に流れていった。



「だけど、俺はもう書けない」



 女子生徒は俺の前に立った。



「なら、ちゃんと終わらせてください」



 真っ直ぐな瞳で俺を見据えた。



「今は、それだけでいいと思います」



 その瞳は、力強く。目を逸らせない力があった。



「いつか、また新しく書けばいいと思います。その時は、力になります」 



 太陽が雲の間から、顔を覗かせた。 


 解決したわけじゃない、全て収まったわけでもない。



 だけど、俺の心がスッキリした気がした。


 それ以来彼女とは会っていない、だけどあの時の記憶は今でも残っている。






「そんな事もあったな」



 過去の記憶から戻ってくる。


 そういえば、あの子は何だったのだろう。二年も前のことだ、あまり憶えていない。 



 アルバムが目に付く。


 あの子に繋がる手がかりが、あるかもしれない。



 ぱらぱらとページをめくる。


 そこには、色んな思い出の写真があった。



 ふと、手が止まる。


 俺のアルバムの下にもう一冊同じような大きさの本があった。



 これは、なんだ。表紙も似ている。


 違う部分をあげるとすれば、俺のアルバムに記載されている年度より、少し若いということぐらいだろう。



 これは、お姉ちゃんのもの?


 ゆっくりと、手に取る。



 見てもいいのか……いけないのか。純粋な興味が俺を責め立てる。


 十数分の思考の末、俺は覗くことにした。



 少し見るだけだ。


 特に変哲の無い、卒業アルバム。



 卒業生のページを過ぎ、文化祭や体育祭、修学旅行の写真が並ぶ。


「は?」



 だが、ぴたりと手が止まる。


 自分でも驚くほど変な声が出た。世界から置き去りにされたような気分だった。



「なんであいつが居るんだよ」



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