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辞めること

それから一週間と、三日後。



「あいつ、どこほっつき歩いてんだ!」



 もう夏休みも一週間をきった。なのに、全く浮かばない。


 プロットを考えようとするも、どうしても望のことが頭から離れない。



 んぬぅ……。と唸りでも、ため息でもない声が漏れる。



「まじで、なんなんだよ」



 普段いるやつがいないだけで、こうも頭を悩まされるとは思っていなかった。


 そうこう悩んでいると、扉が急に開けられた



「おい、のぞ……」



 途中で気がつき、口を閉じた。


 お姉ちゃんが立っていた。



「ご、ごめん。入っていい?」


「……先に言えよ」



 予想と違ったことのもやもやと、今までの苛立ちが表に出てしまう。



「ご、ごめんね。掃除してたら、文君の中学のアルバムがあって……」


「……その辺に置いといて」



 ぶっきらぼうに、返事をしてパソコンに戻る。



「ん、ごめんね」



 カタカタと、タイピングの音だけが響く。


 背後に気配が残っていた。



 無言の空気に耐えれず、振り向く。



「なに?」



 お姉ちゃんは、うじうじと隅で動いていた。



「別にね。お姉ちゃん過去のことは忘れるから、また一緒に……」


「……うるせぇよ」



 俺の一言でシーンとなった。


 タイピングの音すらない、本当の無音。



 空気が時間と共に、重くなっていくような気がした。 



「ご、ごめん」



 そう言って、お姉ちゃんは気まずそうな顔をする。



「じゃ、じゃあね」



 パタンとドアが閉まる。


 ため息が一つ漏れた。



 扉の近くに置いてあった、アルバムを見つめる。


 過去の記憶が脳の奥から溢れてきた。








 時は過去に戻る。


 来夏が家に来て以来、中二活動は辞めた。



 あんな事をやっては当然好かれるわけがない、と思ったからだ。


 その代わり、ファッションや、運動、勉強に目を向けた。



 少しでも来夏に近付くため、色んなものに興味を持ち努力を行った。 



「最近の文夜は何かが、違う」



 と、周りが俺を噂するほど熱中していたと思う。 


 まだ未熟な精神ながらに、恋とは怖いものだと知った。



 執筆活動は、また来夏が教えてくれた。


 そのせいで、秘めていた心は膨れ上がっていく。



 俺は遂に、その心を留められず小説にしてしまった。


 ふいに、それを友人に見せた時



「これ、面白いぞ! いいレベルいくんじゃないか?」



 と、笑っていたので流されるように投稿。


 すると……受賞してしまった。



 処女作の


「あれ、お姉ちゃん! ドキドキワクワク共同生活?」


 は、大盛況でかなりの額を稼いだ。担当のうるしさんも絶賛だった。



 気がつけばあっという間に、自分の望んでいた土俵に立っていた。


 それは俺の自信へと繋がっていく。



 周りから煽てられ、天狗になっていく俺。


 そういった行動が、加速度的に俺の思考を鈍らせていく。



 自信に満ち溢れ、全てが上手くいくと思った俺は、来夏を教室に呼び出した。


 クラスの皆の前で、だ。



「来夏さん。初めて会った時から好きでした。付き合ってください!」


「……」



 今でもあの瞬間を思い出す。


 好奇の目の真ん中で、俺は来夏に頭を下げた。



「ごめんなさい」



 ハンマーで頭を殴られたような気分だった。


 頭の中が真っ白に、血の流れが全て止まった気がした。



「...え?」


「だめ……だから」



 今にも消え去りそうな掠れた声は、来夏の追撃で潰れる。



「あぁ……嘘だろ、なぁなんだよ。まじで、くそ……」



 現実を受け入れられなかった。


 断られた事の失望、皆から見られている羞恥。



 思春期真っ只中、繊細な心はパキリ、と鳴った。



「……帰る」



 絶望の中、俺は家に向かった。


 常識的に考えれば、姉と弟が付き合おうとするのは異常なのだ。



 おそらく学校側はそう判断し、連絡をした。


 そして偶然いた親父に、情報が渡ってしまった。



 考えうる最悪のパターンだった。



「ライトノベル、書くのをやめろ」



 玄関で待っていた親父に、開口一番そう言われた。


 小説に没頭し、全てを忘れようとした時に言われた一言。



「お前が問題なく、書いているのであれば特に何も言うつもりはなかったが」



 その一日で全てを奪い取られた気がした。


 いや、奪い取られた。



「あんな妄想小説に感化され、行動に起こすとは……失望した」



 親父は、俺じゃなく義理の娘の来夏を取った。



「ふざけんなよ……っ!」



 感情が抑えきれず、壁に拳を叩きつける。


 手に衝撃が走ったが、痛みなど感じないほど麻痺をしてしまった。



「文……君?」



 困惑したような声が、後ろから聞こえた。


 振り向くと、怯えた表情をした来夏の姿。



 その憶えるような瞳を俺は、直視できなかった。



「私の、せい。かな」


「……関係ない」



 そう言って逃げ去るように、二階に向かう。


 部屋の中に入り、一度冷静になろうとする。俺が悪い、そんな事は分かってる。



 だから、それをラノベのせいにされるのは違うと思った。



「出てこい、文夜」



 扉の奥には、親父の声。



「なんだよ」


「逃げるな。出てこい」


「……くそが」



 小さく悪態をつき、外に出る。


 そこには、表情一つ変えない親父の姿があった。



 母さんが離婚したときからなにも、変わっていない。



「なに?」


「別に俺だって、お前が嫌いで言っているわけじゃない。ただ、本を書くなと言ったんだ」



 冷静になろうとしていた自分が馬鹿らしくなった。


 親父は昔からそうだった。人の話を聞かない。自分だけが正しいと思っている。



「あ? なんで辞めなきゃいけないんだよ」


「小説や、漫画、ゲームあぁいうのは時間の無駄な上に、人間性を狂わせる」



 これを真面目な表情で言うのだから、笑える。



「ラノベは、俺の作った話は、無駄じゃねーよ!」


「無駄だ。やめろ、そう思ってるのはお前だけだ」



 正面からの否定。確固たる意思を持っての事だろう。


 俺の心は、深く取り返しのつかないほど傷がついた。



「あぁ、そうかよ」



 その時、全てがどうでもよくなった。


 否定しかされない俺の人生は、どうでもいいと心のそこから思った。 



「わかったよ。すぐにでも畳んでやる。それでいいだろ」


「……あぁ」



 親父の横を通りすぎる。



「どこに向かう」


「どこでもいいだろ」



 返事はなかった。


 鞄を持って、外にでた。



 空は、墨でも吸ったように黒かった。


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