予想
俺はその後、相談に乗ってもらい、執筆活動を手伝って貰えることになった。
あの時は……正直に言おう。天国にでも上ったような気分だった。
「とりあえず、大手じゃなくってさ。もっと小規模なところから頑張ろ?」
「……はい」
風街の教え方は国語教師も、舌を巻くほどの上手さだった。
毎日一時間、俺の小説を推敲や改稿し、万人に受けつつ味のある作品が完成。
え、天才かよ、と思った。
「よしっ……これで、私が教えることは無いかな」
少し残念そうな顔をする風街。そういう雰囲気がずるい。
全て教えてもらった頃には、小さな芽は育ちきり花になった。
その芽は、恋心という奴だろう。
「そう。ですね」
「……ふふん、寂しそうだね?」
「そ、そんなわけないです! 最高の作品にしてくださってありがとうございました!」
だが、伝えきる勇気などあるわけも無く、お礼を言って分かれることになった。
その帰り道、悔やみまくったのは言うまでもないだろう。
半年後。
「お前、受賞したんだって? すげーじゃん!」
無事に入賞した。
まぁ最も、小さい賞だったので書籍化まで行かなかったが。
その歯がゆさと、初恋が叶わなかった事の悔しさが俺を責め立て、
「話しかけるなっ! 「地に落ちし、裏切りの民共」!(アンダーセレクタース)」
「うわぁ。めっちゃ長い、キレてるなぁ……」
俺は、中二病になっていた。
「フハッ! フフフフフハッ!」
公私問わず、黒のジャケットにメタルチェーン。
ジャラジャラと音がうるさくて、もはや世紀末の人間みたいだったが、誰も突っ込まない。
一般人がぐれた場合、ヤンキーや暴走族に属したりするのが普通だ。
だが、陰キャの俺の場合。
罵倒してきた友人に暴言を言ったり、人とは違うという承認欲求に溢れた。
その結果が、中二ファッションという救えないものだった。
確か、この時期だ。俺が桜と出会ったのは。
授業を抜け、詠唱訓練。黒と白の代理戦争。
中二病で済まないくらいの悪行ではあるが、まぁ問題ない。
受賞して以来、特に小説を書けていなかった。
やる気が、湧かないのだ。
「ただいま」
普段どおりに帰宅。
いつもと変わらない、日常。
だが、それは気がつけば脆く、突然に変わるものだと思った。
「ひさしぶりだね。ふみ君」
家にあの時の先輩が居た。
あまりにミスマッチな気がして、脳が理解を示さなかった。
「文夜、紹介する。再婚相手の風街 冬香さん。あと、娘さんの来夏だ」
親父はとうの昔に離婚していたし、その内再婚すると聞いていた。
だが、娘が居るということは聞いてない。
ましてや、あの時の女性だったなんて予想すらしていなかった。
「えっと、街風さ……じゃなくて来夏さん」
「それじゃ他人行儀すぎる……よ?」
暖かな笑顔。その笑顔を、正面から見つめられない。
「じゃ、じゃあなんて呼べば……」
来夏は少し、んーと考え、
「お姉ちゃん。かな」
太陽を一杯に浴びたひまわりのような、明るい笑顔を見せてくれた。
その笑顔にまた、俺の心が揺れ動いてしまう。
今なら思う、本当に馬鹿だと。
蝉が俺の記憶から、意識を呼び戻した。
過去の記憶から意識を戻す。
もう家は近い。望の機嫌もそろそろ良くなっただろう。
「……はぁ」
ため息を一つ吐いて、家の中に入る。
中には誰もいない。
二階に行き、扉を開けた。
ちょっと扉が重い気がした。
「な、なにやってんだお前……」
俺の部屋が大荒れだった。
タンスも入れていたものが外に。
本棚は全て放り出され、ぐしゃぐしゃになっている。
まるで空き巣に入られたよう。
だが真ん中に望が座り込んでいたので、そうではないことが分かった。
「なにやってんだよ、望!」
「文夜の、ため」
俺のため? この現状が?
ただ散らかしたようにしか見えない。
「いや、邪魔してるだろ!」
「してない」
「してんだよ! 俺を放りだした挙句こんな事して!」
「してないもんッ!」
望の口から出たのは、怒声だった。
俺の中で何かがプツンと、鳴った。
ふざけるなよ。こんな大変な時期に!
「じゃあ、出てけよ!」
「……ッ」
望の体が、ビクリと震えた。
表情は元から分からない。
いつも通りに見える、何を考えているかわからない。
「わか、た」
彼女は、震えた声でそう答え。
俺の横を通り過ぎて、望はどこかにいった。
「なんだよ、あいつ」
まぁ、その内帰って来るだろ。
俺の予想は、大きく外れ帰ってくることはなかった。




