2 見えない人
「……すみません、先輩。この部活。廃部になっちゃったみたいです」
「……え?」
えええええええぇ! 困る! 本当に困る!
ただでさえ小説が書けそうにないのに、部活まで無くなったら完全に芽が摘まれる。
なんてそんなこと、表情になんか出せやしない。
「本当にすいません、先輩」
俺の横でかなは、今にも泣き出しそうな表情で堪えていた。
小さな手は、スカートを強く握り、まるで怒られるのに怯える小学生のような姿だった。
そんな姿を見て、文句なんて言えるはずも無い。
「私の、力不足でした」
堪えられなかったのだろう、その場で体を丸め、せきを切ったかのように涙が溢れ始めた。
「……」
その姿を見て、俺は寄り添うでもなく。声をかけることも出来ず、ただ立ち尽くす。
俺は、無力だと悟った。
だがここで、かなから逃げるように帰るのは違うと思った。
一歩踏み出し、彼女の前に立った時。
なにか、白いものが目の前を通った。
「なんだ……これ」
視界の隅をチラチラ走る。それらが、魚のように一箇所に集まりだす。
色は、白? 部室の真ん中でそれらは形をつくる。
そして、徐々に形を作り始め次第に色を創る。
足、手、体、そして顔。
集められたそれは、まるで人のようで。
そして、新たに足される白い光がなくなった時。
一瞬、閃光の如く煌き。
「女の子……?」
息をすることを忘れるほど美しい美少女が、そこに立っていた。
彼女は、目を閉じ立っている。
見たことないけど、起動する前のAIみたいだった。
本物の銀のような白髪が揺れる。この異常な現象にかなはまだ気がついていない。
「あ……へ、なにこれ」
ぼーっと立ち尽くす俺。素っ頓狂な声を上げてしまう。
仕方ないだろ。こんな妄想したことないし。
「何を言ってるんですか? 先輩」
くるりと振り向き、かなの視線は白銀の美少女に集まった。
はずだった。
「なにも無いですが」
「へ?」
「いや、いるじゃん。そこに!」
「……ふざけてるんですか」
「いや、ふざけてないけど!」
「……もういいですっ」
赤く滲んだ瞳を隠しながらかなは、部室の外に飛び出していった。
当然の態度だ。
泣いている後輩の前で、いきなり「女の子がいるって! 本当だって!」などと言えば怒るのは当然。
とはいえ、いるものはいるのだ。
薄っすらと白い光で包まれてはいるが、服は着ている。
構築される際、服も一緒につくられたらしい。
「もしもーし。誰ですかぁ……」
新しいものに触れる猫のように、じりじりと近付いていく。
腰が引けている。皿の上にぶちまけられたゼリーのようにぷるっぷるだ。
人は未知に触れる時、恐怖を覚えるらしい。
これは、ためになった。でも、理解したところでこの状況は変わらない。
それでも興味はある。まさに、恐怖と興味の二律背反……。
現実逃避をしながら近寄っていくと。ぱちり、と勢いよく彼女の瞼が上がった。
目が合う。
「……?」
ハーフなのだろうか、エメラルドのように綺麗な瞳。
影を跳ね返すような白く綺麗な素肌。
目が合うだけで、心臓をぎゅっと締め付けられたみたいだった。
美しい……そんな言葉でしか表現できない自分が恨めしい。
これでも作家の端くれだというのに、自分の語彙力の無さに飽きれる。
「あっと……わ、わかる?」
考えに考えた末。かさかさの喉から紡がれた言葉は、まるで聞けるようなものじゃなかった。
今日日、ネットのオタクのほうがよく話すだろう。
そんな、何の意味も無い思考を巡らせていると。
「うん」
はっきりとした声が、この微妙な空気を切り裂いた。
表情もえらく澄んでおり、一言で印象を表すとすればクールだろうか。
「ここ、文芸部?」
「……あぁ」
「君が、文夜?」
「……え」
何で分かったんだ、この子。怖いっ。
それでも答えないと、先には進めないだろうと判断。息を一つ、飲み込み。
「そうだ」
と、返事。今度ははっきり。
その後、彼女は寝惚けたように俺の顔をじっと見つめ。
「そっか。君が、文夜」
と、喜び? 安心? 安堵? の声と共に笑顔が溢れた。
その笑顔はえらく子供っぽくて、でもかわいらしくって。魅力的であった。
「今度はこっちが聞いていいか? お前は、人なのか?」
「……ん」
はっきりとした声と、元気一杯の肯定。
その姿はまるで嘘一つ無い、といわんばかりの表情だった。
「いきなり白いのに包まれて、出てきた。あれは?」
「……白?」
その問いで、彼女は自身に置かれた環境を思い出したのか頭に手を置いて思考する。
そして、小さな声で「……あ」と呟き。
少し、おどおどした後こちらを見つめる。
「私は、君のために現れた……天使だと思ってくれればいい!」
「いや、思えない!」
唐突の性格の変化に困惑する俺。
さっきまでの人のくだりは、どこに行ってしまった。