12 周りの印象と決意
こうして桜の黒歴史ノートの完成と俺の小説の完成作戦が決行した。
「同じ文系の、依頼なんです。先輩のインスピレーションにはなります!」
かなは、うきうきとした表情で学校の中庭を歩いていた。
その後ろを俺は着いていく。
桜は生徒会の仕事だとかで、どこかに行ってしまった。
桜が学校を回ってノートを完成させろと、唆したというのに勝手な奴だ。
「先輩と学校デートですか……悪くないですね」
かなもぶつぶつと何かを呟いていて怖い。
たまーにかなも、悪い顔する時あるんだよなぁ。
「今回は、かなだけに良い所見せない。私もできる。天使だもん」
望も今回ばかりは私がやるといわんばかりに、張り切っている。
そういえば、望がなんで俺の小説を完成させたいのか、聞いたことなかったな。
「なぁ、望。ふと思ったんだが。なんで、俺の作品にこだわるんだ?」
? と彼女は首を傾げる。
海の底のような綺麗な瞳が俺を見つめ返している。
どういうこと? と言わんとしている表情。
「だからな。俺の作品以外に面白いものは沢山あるんだ。何で俺の作品なんだ?」
「……きだから」
いつも小声の望が、さらに小声になった。
まるで、羽が床に落ちたような音で無、といってもいいレベルだった。
「いや、よく聞こえな……」
「先輩。そこらへんで、話やめてもらってもいいですかね」
詳しく聞こうとしたところで、かなに話を止められる。
むぅ……めちゃくちゃ気になるところだったんだが……。
「どうした、かな。もしかして、嫉妬か?」
「せ、先輩に嫉妬なんてしませんよっ」
少しだけ頭にきたので、おちょくってやる。
「本当かぁー? わざわざ望との会話を中断……アレレー、おかしいなー」
首元に赤色の蝶ネクタイと、黒眼鏡をかけた振りをして大げさに騒ぐ。
かなは声にならない、奇声をあげ。
「そっ、そんなわけ、ないですっ!」
違いますよっ! と顔を真っ赤にして怒る。まさか、照れている?
なんだ、意外と可愛いところもあるじゃないか。普段の悪魔っぷりが嘘のようだ。
「……そ。それ以上言うと。怒ります」
「ほほぅ……怒ってみればいいじゃないか」
かなは、目元に涙を溜めながらうじうじと文句を言う。
完全に調子に乗った俺は、挑発。
「……き」
き? きとは何だ。
「キモいこと言わないでくださいッ!」
キモイ。
結構きつい言葉だ。
昔言われすぎて、三日寝込んだことがあったが、今となってはいい思い出だ。
「ごめん、かな。俺……消えるわ」
「あー、先輩! 冗談です! 居てもらわないと困ります!」
止めてくれる後輩がいて、俺はうれしい。
全て社交辞令だとしても、生きる勇気は湧いたよ。
「あと、望さんと先輩が話すのを止めたわけじゃないです。周りを見てください」
削れた精神をかなに補給してもらい、遠のいた意識が戻して回りを見る。
周りの生徒がヒソヒソと、俺達を見て話している。
「かなが、騒いだせいだな!」
「私のせいですか! 違いますよ。先輩が大きな声で独り言を言うから、周りが見てるんです」
かなの話を聞き、周りの生徒の声を聞く。
(あれが、噂の独り言の帝王か)
(たまに望、とか言ってるんだよね)
(気持ち悪っ。頭おかしいな)
「……」
「分かりましたか。これが今の先輩の評価なんです。だから」
「別にいい」
その言葉でかなの瞳孔が開く。
信じられないのだろう。彼女は、歯がゆそうに唇を噛んだ。
「私は、嫌です。普段の先輩の姿も知らずに、周りの人間が適当に言うことが……」
「いい。その代わり、人が認めるくらい最高の物をつくってやる」
かなの手から、桜のノートを手に取り歩き出す。
「それって、小説を書く気になったんですか!」
彼女は、うれしそうに俺の後を着いてくる。
その姿を見て静かに頷く。
「いいものを作ればあいつらも認めるだろ」
「よかったです!」
ふと気づき振り返る。違和感があったからだ。
「なんですか。先輩」
俺は、かなの奥にいた望の姿を見つめていた。
俺達についてこず、中庭に残ったまま。
酷くしょぼくれた表情でなにか、呟いている。
「お前もくるだろ? 望っ!」
中庭に中央に立っている彼女に声を大きくして、声をかけた。
おそらくその場にいた全員の耳に届いただろう。
(うわー、まじで言ってる)
(薬じゃね? 幻覚だよ、幻覚!)
ガヤの声が大きくなるたび、望はビクリッと震える。
その姿を見て腹がたつ。
望ではなく、周りの人間に。
「来ないのか?」
「……文夜の迷惑になる。だから、ここにいる」
望は、スカートをぎゅっと握り締める。
どんな思いで、そこに立っているのかはわからない。
だけど俺は、気持ちを伝えないといけないと思った。
「望! 俺は、お前のことを小説にする!」
「ちょっと、先輩!」
「お前はいい奴だ。 ライブの時も手伝ってくれたし、俺が夜遅くまで書いてたら見ててくれた」
他の人間から見たら俺はヤバイ人間だろう。否定はしない。
だけど、俺の前にいる少女は、そこにいる。
「周りなんて関係ない! ……俺と一緒に書こう」
望は、こちらをちらりと見た後。
よちよちと歩いて俺の前まできた。
「本当に、大丈夫?」
上目遣いで俺を見つめる。
びくびく怯えるような姿。もう、こんな風に怯えさせたくない。そう思った。
「大丈夫だ。きっとな」
まだ、何も考えてないけど。……けど。
「……きっと」
望は、小さく呟く。そしてぷはっと笑って。
「なんか、文夜っぽい」
と、大きな口で笑った、
俺も笑った。
夏休みの二週間前、学校内では文夜が妄想の彼女と笑っていたと、噂が広まった。
プロットの期限まで、あと一ヶ月半。
俺はそれまでに仕上げなければいけない。