11 予想通りの最悪な展開
待ち望んでいない次の日の放課後。
ムスッとした表情の桜が、いつもの部室でコーヒーを飲んでいた。
こここここ、こえー……。
部室で待っていたら、急に入ってきたのだ。
かなが、気を利かせてコーヒーを入れてくれたけど、表情は優れない。
「本題にいくわ。あなた、黒の総統師なのね?」
「はい」
「ふん……なら、久しぶり。っていうのが正しいのかしら」
そういって、桜はもう一度コーヒーを飲む。
「先輩っ、桜先輩どうしちゃったんですか!」
かなが、隣に座り耳元で囁く。話に集中しにくいから、もうちょい離れて。
「どう……したんだろうねぇ」
適当な返事を返す。
かなにとっての、桜のイメージは品行方正、質実剛健、文武両道。
後輩からは慕われ、先輩達からは尊敬の目で見られ、生徒会に入っている。
そんな普段のイメージからほど遠い、今の態度。
かなには、信じがたいだろう。
「あなた、確か……文夜よね。名前」
クラスメイトに名前を覚えられていない。
まぁ、陰キャあるあるだな。うん。
「え、先輩クラスメイトから覚えられてないんですか……?」
やめろよ、こっちがあるあるで納得しようとしてるんだからっ!
「あぁ、ごめんね。中学時代は本名聞いたこと無かったし」
「ま、まぁ……」
実際中学時代は、放課後に場所を決めて集まるという形だったので、互いの本名やクラスは分かなかった。例えば……上位主の謁見の場(校長室)みたいな。
それに真実の姿コスプレだったから、本当の顔を見たことがなかった。
なんなら、学年が違うと思ってたしな……。
「それで、何の用事でこちらへ……?」
口止めであれば、あの場で殺意を向けるか殺してしまえば済む筈だ。
だが、あえて場所を指定したということは、何か言いたいことがあるのだろう。
「単刀直入に言わせて貰うわ。あなた達にはこの事を黙っていて欲しい」
これは、想定内。
ちらりと、かなを見る。
かなは、空気を読んで首をブンブンと振った。
「話が早くてよかった。折角、頑張って高校デビューしたのに、意味がなくなっちゃうもの」
人間変われるものなんだな。眼帯して、金色に染めていた桜が懐かしい。
「先輩は高校デビューしなかったんですね」
かなは外を見ながらボソリと呟く。
……まぁ、お前に脅されたり。家で色々あって忙しかったからな。
「あと、もう一つ」
「もう一つ?」
俺が聞くと、桜は小さく頷き鞄からノートを取り出す。
き、昨日のノートだ。
「あなた達には、これを完成させて欲しい」
「「完成?」」
望と同時に声を上げる。
望はノートが出た時点で、ビクリと震えていた。
正直、俺も同時に震えた。だって怖ぇし、正直トラウマ。
「こ、これをか」
「えぇ」
「どうしてだ?」
じろりと、睨まれる。桜って実は、副業でアサシンとかやってるんじゃないか?
いやはやそれは、それでかっこいい。
「言わないといけない?」
「いけないわけではないけど……従うからには理由は知りたいかな」
「……凄く勝手な理由なんだけど。なんていうか、気持ち悪い?」
「?」
気持ちが悪いなら尚のこと処分すべきだと思うのだが。
「いや、あなたの思う通りよ。本当は処分したい。でも、ノートが少しでも余っているのに捨てるのが嫌なの」
は? ……なんと自分勝手な。それに付き合わせられる俺達は理不尽だと思わないのか。
かなが、小動物のように小さく手を上げる。
「桜先輩に質問です。消しゴムは、最後の最後までキチンと使い切るタイプですか?」
「そうね」
「部屋の掃除などは……」
「少し気になったら、寝るまでやってるわね」
「……」
「体育祭でクラスの団長を務めた時は……」
「一人一人の意見を聞いて勝利に導いたわ!」
そんな問答が終わり、かなは顎に手を当て考える。
「もしかして、桜先輩って……かなり完璧にやってしまう人ですか?」
潔癖症ならず、完璧症候群だとでも言うのか。
「……そう、かもね」
少し恥ずかしいのか、余所見をする。
そうか……だが、非常に面倒なので断りたい!
かなは少し、んーと考え、
「まぁ、受けてみるのもありなんじゃないですかね」
と、言った。そして、
「文夜先輩のスランプも抜け出せるかも知れないじゃないですか」
と、付け足した。
その発言は余計じゃないか、後輩よ!
「文夜、スランプ? 何の話」
桜は、かなの言葉に興味を持つ。
くっ……俺が小説を書いている話、千春とかな以外知らないのだが。というか、千春以外友達がいないわけだが!
「あれ? 桜先輩は知らないんですか? 文夜先輩が小説を書いていること」
「中学の頃、書いてたのは知ってたわよ。……まだ書いてたんだ」
俺を馬鹿にする桜……と思っていたのだが、思い出すような目で空を見る。
「なら、もう一つ依頼を追加していいかな」
「いいですよ! 桜先輩!」
かなは、まるで何を言うか知っているかのような笑顔。
「私、完璧じゃないの嫌なんだよねー」
桜が意地の悪そうな目で、俺を見つめる。
第六感が逃げろと言った。まるで触れられたくない事に、触れられるような。
例えるなら、夏休み終盤に宿題をやったか、と聞かれるような。
「文夜の、作品完成で!」
「わかりました! 桜先輩!」
くそおおおおおおおおおおおおおお!
予想していた通りの最悪の展開だった。