1 元ラノベ作家、最初の危機
「次が面白くなければクビです」
「……えっと」
田舎の中ではわりと都会寄りの駅の近くにある、喫茶店で俺たちはコーヒーを飲んでいた。
相手は女性、宮島 うるしさん。俺より一回り上の「大人」の女性である。
しかし、外見は上どころか軽く二周りほど下に見られそうな容姿であり、運転免許証なしではお酒すらも買えないらしい。
そんな女性にクビだといわれた、ただならぬ関係なのは察して欲しい。
「えっと、9尾とか聞こえたのですがもう一度お聞きしても?」
「クビです。日常会話すらおもしろくないとかラノベ作家を辞めたほうがいいのでは?」
グサリ、現代において最も実用的で暴力的である言葉がナイフのように俺を貫いた。
次から心臓を刺された描写は上手く書けるな。まぁ、滅多に使わないけどさ。
「心が痛い……です」
「私は頭が痛いです。出来の悪い担当を抱えて」
「……ですよねー」
彼女から言われるその言葉は幼い容姿がマイナスに働いて、俺の心をえぐり倒す。
泣きそう。
「とにかく、次が最後です。次までにいいものを書いてきてください」
俺の命を削って創った原稿用紙を、彼女は無慈悲に机に放り投げる。
俺はそれを見つめながら、手でろくろを回しながら説明する。
「勘弁してくださいよ。なんていうか、フロンティア精神が足りてないっていうか、僕にとってのマイルストーンが無いというか……」
「フロンチィア精神は、開拓者精神。マイルストーンは、中間目標。回りくどい言い方をしていますが要するに……モチベーションが足りてないんですね」
「すんませんでした!」
こんな姿でも編集者。流石、頭がいい。学生レベルのなんちゃってビジネス用語じゃ歯が立たない。
「……初投稿の作品は、びっくりしたんですけどね」
その言葉で昔を思い出した。興味に真っ直ぐ突き進み、貪欲に進んでいく姿勢。
好奇心旺盛にやれていたことだ。今は出来ない。
いや、したくない……のかも。
「なんといえば良いですかね。まるで、宝箱を覗き込んでるみたいでドキドキわくわくしました」
そう言いながらうるしさんは遠くを見つめた。
「ですからもっと色んな人と話せば、あなたは必ずいいものを仕上げてくれると思っています」
と、屈託のない笑顔を浮かべた。
その笑顔は俺にはそうとう辛い。だから俺は目を逸らしながら、
「……まぁがんばります」
と、遠くに囁くように呟いた。
時間は変わり、次の日の放課後。
夕日が差し込む文芸部部室にて俺 文豪 文夜は机に突っ伏し涙を流した。
ここには、様々な書籍や美術部の失敗作がおいてあり、もはや部屋自体がゴミ箱と化している。
「ふふ。それで、相馬先輩はここに逃げ出してきたんですね」
「……逃げてない。これは……時期を見てるんだ!」
「戦略的撤退、ですか?」
「そう。それだ!」
「それって、結局逃げてますよね?」
「……」
しばし、間を置いて俺は鼻をすすった。ぐすん。
「でも、安心してください。私が先輩を守りますから」
そういいながら、長机の正面に座った彼女は歯を見せてにっ、と笑う。
彼女は、この部の部長であり一年の 桜祭 かな。俺の後輩。
髪は黒色のショートカット。成績優秀、眉目秀麗、というイメージを通している。
実際外見は……かわいい。
だがしかし、その愛らしい容姿で俺に近付き、黒歴史を暴露すると脅迫し、部室に強制的に誘ったのは彼女。小悪魔だ彼女は。
だけど、内心感謝していたりする。
今は、6月。誘われ参加したのは四月でたった二ヶ月の間だが、かなり居心地のいい場所をくれた。
俺がスランプなのを知ってか、ボードゲームや、リレー小説、カードゲームをしたり、ゲームセンターに行ったりしてインスピレーションが湧くように仕向けた。
思い返すと、ただただ遊んでいただけだが。その心使いがありがたく、心地よかった。
ここが第二の家だといってもいい。
「まぁ先輩は、友達が少ないですもんね!」
この一言がなければな。
「な、何言ってんだ! 俺はな、小数精鋭タイプなの、秘密組織並なの!」
「それが少ないと言ってるんですよ……」
中学の頃もいなかったですもんねぇ、と、かなは呟くように続けた。
「確かに……中学時代はなぁ。大変だった」
中学時代は俺の全盛期であり、人生が最も輝いた時期であった。
ゆえに、きつかった。
「そうですよ。親が再婚して念願のお姉さんが出来たとか、それを文章にしちゃって友達に出版社に送られちゃったとか」
「あぁ……あったあった」
「小説のモチーフになってくれとか言って、色んな人に近寄ったりしてましたよね」
「うんうん」
「……正直あの時は、羨ましすぎましたけど」
「うん? 何がだ」
「何でもないですよ」
かなはぷいっと反対側を向いて、口を尖らせる。
なんで文句言いたげなんですかね……
「ところで、どこで俺の話聞いたんだ?」
かなとは、中学時代に面識は無い。高校のとき脅迫されてからが事の始まりのはずだ。
「へ?」
かなは頬を夕焼けのように真っ赤にし、硬直する。
「い、いや、先輩の奇行はこっちでも有名でしたよ! わ、私は、興味無かったですけどね!」
手をぶんぶん振るい、千手観音の如く残像が残る。
心なしか目も泳ぎ、あわてている様子だった。
興味が無いことをそこまで主張しなくても良いじゃないか。心が痛い。
「だよな……そんなストーカーみたいなことあるわけないよな!」
「スっ……そうですよ。そんなわけ無いじゃないですか」
そう呟きながら、かなは髪の先をくるくるいじりながら外を見つめた。
そして、わざとらしくあっ、と呟き。
「も、もうこんな時間ですよ。帰りましょうよ!」
帰り支度を進める。
そんなに俺の話に興味ないのか……。
俺の最弱メンタルがやられながら、
「そうだな」
と、了承し鞄を手に取り帰り準備を終える。
二人の支度が終わり、部室のドアを開けようとした瞬間。
扉にコンコンと、静かなノックが響いた。
「あ、はーい。大丈夫ですよ」
と、かなが愛想のいい返事をした。
女の子ってこういうとき、一オクターブ上げて返事するよな。
と思っている間に扉が開き、そこには綺麗な薄紅色に染まった髪の女子生徒が立っていた。
「あ、まだいたのね。良かったー」
彼女は、春麗 桜。俺の同級生だ。
キリッとした瞳と、腰まで伸びた髪が、きっちりとした印象を与える。
実際、生徒会や委員会などに顔が広く、先生からの印象もいい。
誰からも信頼の厚い、生徒会長というイメージだ。
「そうそう、伝え忘れてたことがあったのよ」
「なんですか? さくら先輩。もしかして、やっと申請が通りましたか?」
権力をもった桜に対して、ニコニコのかな。
部活動の権限や、管理等はかなに任せている。そのため、俺にはわからないので聞きに回る。
この口ぶりからすると、かなは何かを申請したみたいだ。
だが、そのワクワクとした表情とは対比の桜は、心苦しそうに告げる。
「その件なんだけど、ダメだったの」
「え」
かなは、小さく呟いた。まるで、零れ落ちるかのように。
「そ、そんなバカな事ないですよ。……私の脅迫は万全のはずです」
かなが、何かを呟いたように見えたが、俺には何も聞き取れなかった。
「これでも、結構掛け合ってみたのよ。だけど、二人しかいないこと。将来性の無いということでどうしても許可がおりなかったの」
「そんな……」
「力になれなくて、申し訳ないわ。でも、また別の機会で頼って欲しいの」
その後も桜は、謝罪の言葉を続けたがかなの耳には上手く入っていないようだった。
そして、最後にさくらは謝罪し教室から去っていった。
残された俺は、喉に何かが詰まったように声が出せなかった。
「……やられました」
かな以外は。
「どういうことだ? 申請が何とかって……」
「……」
神妙な面持ちで、かなは立ち尽くす。
そして、数分の間。無言の時間が過ぎ、紡いだ言葉は。
「……すみません、先輩。この部活。廃部になっちゃったみたいです」
「……え?」