ヘンゼルとグレーテル~ Hänsel und Gretel~
長く続いた飢饉で困った親が口減らしのために子捨てをする話。中世ヨーロッパの大飢饉(1315年から1317年の大飢饉)の記憶を伝える話という見方がある。こうした飢饉の時代は16世紀末のジャガイモの耕作の始まりまで続いていた。
今は昔、大きな森のすぐ近くに、木こりが、おかみさんと子供たちと一緒に住んでいた。男の子はヘンゼルで、女の子はグレーテルという名前だった。木こりにはほとんど食べるものがなく、その土地に大飢饉が見舞ったとき、もう毎日食べるパンさえ得られなかった。木こりは、夜ベッドに寝てこれを考え、心配で寝返りをうちながら、呻って、
「おれたちはどうなるのかな?自分たちの分ももう何もないのにどうやって可哀そうな子供たちに食べさそうか?」
と言った。
「あんた、こうしたらどう?」
とおかみさんは答えた。
「明日の朝早く子供たちを森の木の一番茂っているところへ連れていくの。そこで子供たちに火をたいてあげて、一人ずつもう一つパンをあげるでしょ。それから私たちは仕事に行って子供たちをおいておくの。あの子たちは家へ帰る道がわからないだろうから、縁を切れるわよ」
「まさか、おまえ、そんなことしないよ。子供たちを森においてくるなんて我慢ならない。けものがすぐ来て子供たちを引き裂いてしまうだろうよ」
「まあ、ばかなことね。それじゃあ私たち4人とも飢えて死んでしまうよ。あんたは私たちの棺桶の板にかんなをかけた方がいいよ」
それでおかみさんはしつこく言い続け、木こりはとうとう承知してしまった。
「だけど、やはり子供たちがかわいそうだなあ」
と男は言った。
二人の子供たちもお腹がすいて眠れないでいた。そして、継母が父親に言ったことを聞いてしまった。グレーテルは悲しそうに泣いて、ヘンゼルに
「もう私たち、おしまいね」
と言った。
「静かに、グレーテル、心配しないで、すぐになんとかする方法を見つけるよ」
とヘンゼルは言った。それで親たちが眠ってしまうと、ヘンゼルは起きあがり、小さな上着を着て、下に下りて玄関の戸を開け、こっそりと外へ出かけた。月が明るく輝き、家の前にある白い小石が本当の銀貨のようにキラキラ輝いた。
「これ、持って帰ろう」
ヘンゼルはかがんで入れられるだけ多くの小石を上着のポケットに詰めた。それから戻ってグレーテルに、
「心配しないで、安心してお休みよ。神様は僕たちを見捨てないよ」
と言い、ベッドに寝た。
夜が明けて太陽が昇ってしまう前に、女はやってきて、
「この怠け者、起きるんだよ。たきぎを集めにみんなで森へ行くんだから」
と言って、二人の子供たちを起こした。それぞれに小さなパンを渡し、
「夕食にも何かあるけど、その前に食べてしまうんじゃないよ。他に何ももらえないんだからね。」
と言った。ヘンゼルはポケットに小石を入れていたので、グレーテルがエプロンの下にパンを入れた。
「さあ、出かけよう」
それから、みんなで森へ行く道を出発した。少し歩いた時、ヘンゼルは立ち止まって家を振り返り、それを何度も繰り返した。父親が、
「ヘンゼル、お前は何を見て遅れているんだ?気をつけてちゃんと歩くんだぞ」
と言った。
「ああ、お父さん、家の小さい三毛猫を見ているのです。屋根の上に座って僕にさよならを言いたいんだ」
とヘンゼルは言った。おかみさんは
「馬鹿ね、あれはお前の小猫ではないよ、あれは煙突に光っている朝のお日様さ。」
と言った。しかし、ヘンゼルは振り向いて猫を見ていたのではなく、ポケットから道に白い小石の一つをずっと捨てていたのだった。
森の真ん中へ着くと父親は、
「さあ、子供たち、たき木を積み上げなさい。そうしたらお前たちが寒くないように火をつけてあげるからね」
と言った。ヘンゼルとグレーテルは一緒に柴を集め、小さな山にしました。柴に火がつけられ、炎がとても高く燃えていたとき、女は
「さあ、子供たち、火のそばに寝て休みなさい。私たちは森へ入って木を切るんだよ。あとで戻ってきてお前たちを連れていくからね」
と言った。ヘンゼルとグレーテルは火のそばに座り、昼が来るとそれぞれ小さなパンを食べ、斧を打ちこむ音が聞こえていたので父親が近くにいると信じていた。しかし、それは斧ではなく、父親が枯れ木に結わえた枝が風で前後に揺れてぶつかる音だった。二人はとても長い時間座っていたので、疲れて目が閉じ、ぐっすり眠り込んだ。
とうとう目が覚めると、もう暗い夜になっていた。グレーテルは泣きだして、
「これからどうやって森を出るの?」
と言った。しかし、ヘンゼルは妹を慰め、
「ちょっとお月さまが出るまで待って。そうしたらじきに道がわかるよ」
と言った。満月が昇ってしまうとヘンゼルは妹の手をとり、作られたばかりの銀貨のように輝き、道標になった小石をたどって行った。
二人は一晩中歩き、夜が明けるまでにもう一度父親の家についた。戸をたたき、女が開いてヘンゼルとグレーテルを見ると、
「いけない子たちだね、森でどうしてそんなに長く眠っていたの?お前たちは二度と帰って来ないものだと思ったよ。」
と言った。しかし、父親は喜んだ、というのは子供たちだけを置き去りにしたことでとても心を痛めていたからだ。
それから10日がたったある日のこと、またしても国じゅうに大きな飢饉が発生した。子供たちは夜に母親が父親に言っているのが聞こえた。
「また全部食べちゃって、あとパンが半分のかたまりしか残ってないよ、それでおしまいだ。子供たちは行ってもらわなくちゃ。森のもっと遠くへ連れてくるのだよ、二度と帰れないようにね。他に助かる道がないじゃないか」
男の心は重く、
(最後の食べ物を一口ずつ分けあって食べたほうがいいのだが)
と考えていた。しかし、女は男の言おうとすることを何も聞く耳をもたず、ガミガミ言って男を責めるだけだった。次に言うことは前に言ったことに合わなければならない。同じように、男は初めに従ったので、2回目もおかみさんに従うしかなかった。
しかし、子供たちはまだ目覚めていて、その話を聞いてしまった。親たちが眠ったときヘンゼルはまた起きて、外へ出、前にやったように小石を拾おうとしたが、女が戸に鍵をかけてしまったので出られなかった。それでも妹を慰め、
「泣くなよ、グレーテル、静かに眠れ。神様が助けてくれるよ。」
と言った。
朝早く女は来て、子供たちをベッドから連れ出した。二人のパンが渡されたが、前の時よりもっと小さいものだった。森へ行く途中でヘンゼルはポケットの中で自分のパンを砕き、時々立ち止まって地面にひと欠片落とした。
「ヘンゼル、どうしてお前は立ち止まって周りを見ているんだ?行くんだ」
と父親は言った。
「屋根にとまって、ぼくにさよならを言いたがっている僕の鳩を見ているんだよ」
とヘンゼルは答えた。
「馬鹿ね、あれはお前の鳩ではなくて、煙突に当たっている朝日じゃないか」
と女は言いました。しかし、ヘンゼルは少しずつ道にパン屑を全部落としてしまった。おんなは子供たちを更に森深く、前に一度も来たことのないところへ連れて行った。それからまた大きな焚火をし、母親は
「そこに座っているんだよ、子供たち、疲れたら少し眠っていいよ。私たちは森へ薪を切りに行って、夕方に終わったら、戻ってきてお前たちを連れていくからね」
と言った。昼になるとグレーテルはヘンゼルとパンを分けて食べた。説明しよう。ヘンゼルは途中で自分のパンをまいてしまったから、ヘンゼルのパンはなくなっていからだ。それから二人は眠って夕方が過ぎても、誰も可哀そうな子供たちのところに来なかった。
二人が目覚めたときは暗い夜になっていた。ヘンゼルは妹を慰め、
「グレーテル、お月さまが出るまで待つのだ。そうしたら僕がまいておいたパン屑がみえるからね。それをたどったらまた家へ帰れるよ」
と言った。月が出たとき、二人は出発したが、パン屑は見つからなかった。というのは森や野原で飛び回っている何千もの小鳥たちがみんなついばんでしまったからだ。ヘンゼルはグレーテルに、
「すぐ道が見つかるさ」
と言ったが、見つからなかった。二人は一晩じゅう歩き、次の日も朝から晩まで歩いたが、森から出られず、とてもお腹が空いた。というのは、二人は土に這えていた2,3個のイチゴしか食べていなかったからだ。そしてとても疲れ果ててもう歩けなくなり、木の下に横になり眠った。
父親の家を出てからもう3回目の朝になった。二人はまた歩き始めたが、いつも森のもっと深くに行ってしまい、助けがすぐにもこないと空腹と疲労で死ぬことに違いない。昼ごろ、二人に美しい雪のように白い鳥が太い枝にとまっているのが見えた。
「ちゅ、ちゅ、ちゅるるぴー」
その鳥はとても楽しそうにさえずったので二人は立ち止まってそれを聴いた。歌が終わると鳥は羽を広げ、二人の前を飛び去った。二人がその鳥のあとについていくと小さな家に着いた。鳥はその家の屋根に降りた。
「あれは…」
「お菓子の家だ!」
二人がその小さな家に近づくと、それはスポンジケーキでできており、クッキーで覆われていて、窓はビスケットでできていた。
「さあおいしい食事にしよう。僕は屋根を少し食べる。グレーテル、お前は窓を食べてごらん、甘いよ」
とヘンゼルは言った。ヘンゼルは上に手を伸ばして、味わってみるためにマカロンとホイップクリームでできた屋根を少し破りとりとった。グレーテルは窓にかがんでガラスをかじった。すると優しい声が居間から聞こえてきた。
「ガリ、ガリ、ボリ、私の小さい家をかじっているのは誰かな?」
子供たちは答えた。
「風、風、天の風」
そして構わずに食べ続けた。ヘンゼルは、屋根の味が気に入ったので、大きな塊を破り取って、グレーテルは窓枠一つ分を押し出し座って楽しく食べた。すると、突然戸が開き、山と同じくらい年とったおばあさんが、松葉づえをついてゆっくり出てきた。ヘンゼルとグレーテルはあまりにビックリしたので、手に持っていた物を落としてしまった。しかし、おばあさんは頭をこっくりさせて、
「まあ、子供たち、どうしてここに来たのだい?さあさ、お入り、私のところにおいで。こわいことは何もないよ」
と言って、二人の手をとり、小さな家に案内した。それからおいしい食べ物、メープルシロップと粉砂糖をかけたパンケーキ、いちごやブルーベリー、が前に置かれた。そのあとで二つのかわいい小さなベッドが綺麗な白いシーツで覆われ、ヘンゼルとグレーテルはそこに寝て、天国にいる気分だった。
おばあさんはただとても親切なふりをしていただけだった。本当は性悪な魔女で、子供たちを待ち構えていて、そこに誘うためにお菓子の小さな家を建てただけなのだ。子供が魔女の手に落ちると殺し、煮て食べていた。
「私は子供を捕まえたいのさ」
それが魔女のご馳走の日だった。魔女というのは赤い目をしており、遠くが見えないが、獣のように匂いを鋭くかぎ、人間が近づくとわかる。ヘンゼルとグレーテルが近くにきたとき、魔女は意地悪く笑い、嘲って、
「あいつらはわしのもんだぞ、二度と逃さないぞ」
と言った。朝早く子供たちが目覚める前に魔女はもう起きていて、二人が眠ってふっくらした薔薇色の頬をしてとてもかわいらしいのを見て、
「あれはごちそうじゃわい」
とつぶやいた。
それから魔女はヘンゼルをしなびた手でつかみ、小さな家畜小屋に運び、鉄格子の戸の後ろに閉じ込めた。悲鳴をあげようがなんだろうが、役に立たなかった。それからグレーテルのところへ行き、ゆり起し、
「起きろ、怠け者め、水を汲んで来い、それでお前の兄に何かうまいものを作るんだ。外の家畜小屋にいて、太らすのだからね。太ったら、食べるんだ。」
と叫んだ。グレーテルは激しく泣き始めたが、全く無駄だった。というのは性悪な魔女が命じることをするしかなかったからだ。それで一番いい食べ物が可哀そうなヘンゼルのために作られたが、グレーテルは海老の殻しかもらえなかった。毎朝、魔女は小さな家畜小屋に這い歩いて、
「ヘンゼル、早く太ったか見るから指を伸ばしてよこせ」
と叫んだ。しかし、ヘンゼルは魔女に小さな骨を差し出し、かすんだ目をしたばあさんは見えないので、それがヘンゼルの指だと思い込んで、ヘンゼルを太らせる方法がないと驚いた。
「まだ太っているままなのか?」
それから2週間が過ぎてもヘンゼルがまだ細いままだったので、魔女は短気をおこし、もう待つ気がしなくなった。
「さあ、じゃあ、グレーテル」
と魔女は叫んだ。
「ぐずぐずしないで水を汲んで来い。ヘンゼルが太ってようがやせてようが、明日は殺して煮るのだから」
ああ、可哀そうな妹は水を汲まなければならないときに本当に嘆き悲しみ、涙が頬を流れ落ちたことだろう。
「神様、私たちをお助けください」
と女の子は叫んだ。
「もし森のけものが私たちを食べても、私たちはとにかく一緒に死ぬことになったでしょう」
「うるさいね。泣いたってどうにもなりゃしないよ」
とばあさんは言った。
朝早くグレーテルは外に出て、大釜に水を入れて吊るし、火をたかなければなりませんでした。
「先にパンを焼くよ」
とばあさんは言った。
「もう焼き釜を熱くしてあるし、粉を練ってある。」
魔女はかわいそうなグレーテルを焼き釜に押し付けた。焼き釜からはもう炎が燃え上がっていた。
「中に這って、パンが入れられるように丁度よく熱くなっているか見てごらん」
と魔女は言った。グレーテルが中に入ったら、焼き釜を閉め、その中で焼いて、食べようとしていたのだ。しかしグレーテルは魔女が心で何を考えているか分かって、
「どうやったらいいかわからないわ。どうやって入るの?」
と言った。
「間抜けだね」
とばあさんは言った。
「戸がたっぷり大きいじゃないか。見てごらん。私が自分で入れるから」
そして近づき、頭を釜の中に入れた。それでグレーテルは魔女をおして釜の奥に入れ、鉄の戸をしめ、かんぬきをかけた。それで魔女はとても恐ろしい叫び声をあげ始めたが、グレーテルは走っていってしまった。それでばちあたりの魔女は惨めに焼け死んだ。これで、魔女の手に落ちていた子供たちは解放された。
しかし、グレーテルはひたすらにヘンゼルのところへ走って行き、小さな家畜小屋を開け、
「ヘンゼル、私たち助かったわ。年とった魔女は死んだの」
と叫んだ。それでヘンゼルは戸が開けられたときかごから出た鳥のように飛び上がった。二人はどんなに喜び、抱き合い、踊ってキスし合ったことだろう。
「お兄ちゃん!」
「グレーテル!」
そしてもう魔女を恐れなくてもよくなったので、魔女の家の中へ入り、どの隅にも真珠やダイヤモンドでいっぱいの箱があった。
「これは小石よりずっといいね」
とヘンゼルは言って、何でも入るものをポケットに押し込んだ。グレーテルは、
「私も何か家に持って帰るわ」
と言って、エプロンにいっぱいに入れた。
「だけどもう帰らなくちゃ。僕たちが魔女の森を抜けられるように」
とヘンゼルは言った。
一時間歩いた後、二人は大きな川に差し掛かった。
「僕たちは渡れないよ」
とヘンゼルは言った。
「渡し板も橋も見当たらないよ」
「渡し船もないわね」
とグレーテルは答えた。
「だけど、白鳥がそこで泳いでいるわ。頼めば私たちが渡るのを手伝ってくれるわ」
それで、グレーテルは
「白鳥さん、白鳥さん、見える?ヘンゼルとグレーテルがあなたを待っているわ。渡し板も橋も見えないの。あなたのとても白い背にのせて私たちを渡してください」
と叫んだ。白鳥が二人のところにきて、ヘンゼルがその背に座り、妹に自分のそばに座るよう言った。
「だめよ。白鳥さんには重すぎるわ。一人ずつ渡してもらうわ」
とグレーテルは答えた。
「分かったよ」
親切な白鳥はそうした。そして二人が無事に川を渡ってから少し歩くと、森はだんだん見覚えがあるようになり、とうとう遠くから父親の家が見えた。
「ここが、僕たちの家だよ」
それで二人は走りだし、居間に飛び込んで、父親の首に抱きついた。
「ただいま!」
「おかえり」
父親は子供たちを森に置き去りにしてから一時間も幸せな時がなかった。ところが、継母はもう病で死んでいた。
「これ、お土産よ」
「ありがとう」
グレーテルはエプロンを空けて、真珠やダイヤモンドが部屋に転がり、ヘンゼルはそれに加えてポケットから次々と手で握って宝石を出した。それで、心配事はすべて解決したことで、みんなで一緒に楽しく暮らしたのであった。