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短編集

彼女予報

作者: _






 彼女は帰り際にこう言った。


『明日は雨が降る』


 実際にその日は降って。


 あの時、自信満々に予言した彼女の顔が頭から離れなかった。


 驚きを伝えようとベッドの上でスマホを手に取り、耳にあてる。


 少し経って彼女の声が聴こえた。


「本当に降ったよ!」


 僕が食い気味にそう言うと。



『まあね』


 素っ気ないけど笑みを含んだ誇らしげな返事だった。



「今日は水族館に行こう」


 久々の連休で昨日は遊園地に行った。


 今日もどこかに行きたい僕は彼女を誘う。


「それは今度いきたいな」


「じゃあイチゴ狩りに行こう!」


「イチゴは昨日食べたからナシだよ」


 彼女の発言に耳をスマホから離してしまい、急いであてがう。


「……え?」


 嘘だ。


 彼女は遊園地のファミレスでイチゴアイスを頼んだ時に『もぎたてのイチゴも食べてみたい』と言っていた。


「……今日はやめとこっか」


 連日デートだと飽きるのかな。


 不意に、赤い受話器のマークに手を伸ばす。


「やっぱりイチゴ食べたい」


 その一言に僕の指が止まった。


「本当に?」


「うん」


「今から行こう、駅で待ってる」



「……」


 彼女は少し遅れて「うん」と答えた。



 通話を切ってタンスの中から服を漁る。


 折れ目の付いたジーパンを掴み、折れ目を伸ばして足を通す。


 ワイシャツに薄い上着を着込んで最寄りの駅に向かった。






 駅は、はっきり言って異常な空気が蔓延していた。


 この空気の正体を突き止める為に、僕は掲示板に目を通す。


 案の定、黄色い文字が左から右に流れていく。


 人身事故の影響で――


 そこから先は目を逸らした。


 いつもの待ち合わせ場所で時間を潰す事にした。




 喫煙ルームでタバコを咥えて火をつける。


 舌をピリピリと刺激する煙を、肺に取り込んでは鼻から追い出す。


 胸から湧く幸福感がたまらない。



 数十分いつもの場所で待ったが、彼女は来なかった。


 いつもならもう来るはずなのに。



 僕が喫煙ルームから出ると。


『おまたせ』



 さっきまでそこに居たように彼女が現れた。


 本来の待ち合わせ場所はコンビニの近くなんだけど。


「よくここだって分かったね」


「いつもの場所に居なかったから」


 ハイヒールの彼女に無駄足をさせてしまった。


「ごめん」


「いいよ、行こう」


 急かすように僕の手を握ってずんずん歩き始める。



「事故で電車が――」


 そんな言葉を聞き入れない彼女に成されるがままついて行くと。


 さっきまで包まれていた異質な雰囲気が無くなり、掲示板も元通りだった。



「……なんで」


「ん?」


 彼女はわかってないような顔でコテりと首を傾げる。


「いや、いいよ」


 改札口に財布を当てて僕達は二番乗り場に向かうと。


 ちょうどイチゴ狩りまで行ける車両が止まっていて。


 歩み寄ると彼女が僕の手を引いた。


「これはやめとこ……?」


「どうして?」


 よほど離したくないのか、二の腕までその手は絡みつく。


「次の車両、アニメのキャラが塗装されてるんだよ」


「そうしようか」


 どんなアニメかは知らないけど、急かす必要も無い。


「うん……」




 割と早く来た次の車両は、本当にアニメイラストがプリントされていた。


「乗ろうか」


 頷く彼女をエスコートして乗り込む。


 座れる場所はないけど、人がぎゅうぎゅうに詰まっている訳でもない。





 電車が動き出し、速度も乗った頃。



 ――パァンッ!



 不意に鳴った音が車内から発せられたのは微かに分かった。


 一瞬遅れて乗客達がざわめき、奥から女性の悲鳴が響く。



『騒いだら殺す! 停車もするな!』



 僕は音に背を向けて彼女を守るように抱きしめた。



 この時、彼女が言った一言が印象的だった。


 それだけ言うと撫でるように僕の腰に手を回す。




『またダメだった……』








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