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6.面談

 冷気が肌に触れるのを感じローランは別世界から戻ってきた。何者かが動く気配を感じる。音を立てないよう配慮してゆっくりと部屋のドアが閉じられる。その気遣いに満足していると、『ぎゃあぁ』と情けない声が階下へ転げ落ちていった。


(神の創りし喜劇。ドワーフの股下がもう少し長ければ…)


 そう思い再び眠りにつく。大通はまだ薄暗く朝靄がかかっていた。


 


 部屋をノックする控えめな音で起き上がると宿舎を後にし、中央広場へやってきた。正午にはまだ早い露店街は各々の準備に忙しい。もう営業している店の前で、ローランは黙って突っ立っている。どれを選ぼうか迷っているのではない。気配り上手な同行者が、すでに注文を告げているからだ。


「南部の気候が安定していたおかげで、今年の柑橘類の出来はすごくいいよ。そいつを直搾りした果汁飲料は甘さ控えめで後味がスッキリなんだ。いくらでも飲めるよ」

「ふふ、じゃあ中サイズでもらえるかしら。あと、パニーノは野菜を多めでね」

「あいよ、朝市の新鮮とれたて野菜ね!」


 キツネ目の店員と親しげに談笑を交わす様は、昨夜と変わらずそつがない。二人分の料金を払い、商品を受け取ると、後ろで束ねた黒髪をなびかせた。水牛亭で見せたのと同じ柔らかな表情で。




「パーヴェルより頼まれた件だが、いくつか質問に答えてもらいたい」

 

 広場のテーブルに腰掛け胃袋に軽めの運動させた後、前置きなしに用件を切り出した。今日は立て込んでいる。アカデミアの先約と明日からの準備もあるのだ。


「奴とはどういった関係だ。ただの常連客ではないのだろう?」

「…私は物心ついた時からベリンで暮らしています。母はマダムと親交があり、そのご縁であのお店に勤めていました。母が亡くなった後、マダムは幼かった私に仕事を教え、そして与えてくださいました。まだ駆け出しだった親方は水牛亭に来ては遅くまで、お仕事のことをマダムに相談していました」


 東西の往来に関わる既得権としがらみはどうにもならないほどがんじがらめで、出世を望む者を並ばせれば反対の門までたどり着くほど。当然順番を飛び越える為、後ろ暗いやり取りが少なからず行われた。


「閉塞感に苛まれていた親方に、マダムはアカデミアで学ぶことを提案しました。もちろん一年の専門課程です。深く広い知識を身に着けることで、より良い仕事を為すことができるのよと仰って」


 杯を傾けほんの一口喉を潤すと、それを待って彼女は話を続ける。


「親方は渋りました。腕っ節には自信があるけど、頭を使うのはからっきし。それに街職人と違って学びながらキャラバンに参加するのは難しい。けれど最後はマダムの押しに負けてアカデミアに通い始めました」

「それで?」

「初めのひと月は、毎日不慣れな環境に戸惑い愚痴をこぼしていました。だけど、みつき経つ頃その回数が減り、半年後にはお店でいろんな知識を披露してくれました。特に熱心だったのが南方地域特有の文化や生活様式で、マダムはいつもニコニコしながら、ただ相槌を打っていました。十ヶ月目、マダムは親方に先代白鯆の棟梁を紹介しました。仕事量が減り西門での評判が落ちていた親方は、すぐに南門への移籍を決めました」


 感慨深げに語られた思い出は、マダムの慈愛で溢れていた。生まれたての赤子に注がれるような。


「親方は生前のマダムから、私の力になるよう託されたそうです。水牛亭があんな風になって人が入れ替わり、私への扱いづらさを隠さなくなった時から、店を出るよう説得されました。…男爵や甘藷はご存知ですよね?」


 もちろんだと言わんばかりに頷く。穀倉地帯に乏しかった東側の切り札として帝国拡張路線を支え、二大国時代を成立させた黒幕。


「荒れた土地で水を与えようとも、陽光が無ければそれらは実を結ばない。私の心が枯れる前に何とかしたいと言葉に詰まりながらも、一生懸命身振り手振りで。大きな体から伝わってくる親方の想いを、見ないふりは出来ませんでした」

「おぬしらの関係性は分かった。一度街を離れてみるのも悪くなかろう。しかし、なぜ祝祭へ向かう?」

「同じ事聞くのですね。親方と」


 クスっと笑いながらも、少し困り顔を浮かべた。


「エニベルで人を探したいのです。マダムのご子息にあたる当代は一年前、現状を訴える為、有力な貴族の元へ旅立ったまま戻ってきておりません。もう一つ、祖先について調べたいのです。私は自分の半分が如何な種族かを知りません。死んだ母もそうでした。祝祭には遠方から旅人が集まると聞きました。そこに行けば手掛りに出会えるかもしれない…」


 杯をつかんで一気に飲み干す。数種類ブレンドしたであろう濃縮された甘みと程よい酸味が通過し、清涼感を与えてくれた。なるほど、店員が言うだけのことはある。


「―儂はパーヴェルの様に騙されてはやれん。優しくはないのだ」


 大きな緑色の瞳を真っ直ぐに射抜く。しばらく視線を交わした後、彼女は目を伏せ、唇をかんだ。


「…私、弱虫だから。故郷を捨て、違う土地で暮らす決意はまだできない……」


 心情は察せられるが共感はできなかった。自分は嬉々としてあの森を出てきたのだ。


「親方の勧める南方や、メイド長を追って北へ行ってしまったら二度と戻れない気がして…」

「メイド長は東へ向かったのではないのか?」


 顔を上げ首が横に振られると、緑眼に僅かな赤みがさしていた。


「三年前、湖の都に小さな支店を出しました。コック長とそちらを頼ったはずです」


 なみなみ注がれていた杯も空いている。ここらが頃合いだろう。


「そちらの事情はおおよそ分かった。同行するのは構わんよ。知っての通り元々一人旅ではないからな。ただ、一つ注文だ。…そう取り繕うな。旅に出れば儂はもう客ではない」


 不思議そうな彼女の視線から逃れる様に横を向く。決して気恥ずかしいからではない。


「…経験からくる持論だ。同行者とは対等な関係でいること。それが良き旅にしてくれる」


 向かいの席の緊張が少し解けた。視界がアカデミアを捉える。もう動かねば約束に間に合わない。


「儂の名はローラン。無駄に長生きな、旅のエルフだ」


 味気ない名乗りに、彼女は年相応のいたずらっぽい表情で応じた。


「私はセニヤと申します。旅慣れぬ素性不明の『デミ』ですが、これからよろしくお願いしますね、ローランさん」


 明朝、西大門での再会を約束し席を立つ。セニヤほどの可愛げは期待できぬ、次の要件を片づけるために。


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