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5.一等星

 宵のうちを過ぎた通りを、大店からあふれ出た明かりが照らしていた。不均等な二つの影は、その光の中をゆらゆらと動いていく。足取りが重くなるほど食した若輩者とは異なり、ローランが速度を落としているのは少し頭を整理するためだった。


「親方が話の分かる男で助かったなぁ」


 わずかでも路銀が欲しいドワーフの日雇い仕事の求めは、二つ返事で引き受けられた。早朝、南大門で開かれる朝市の集荷作業に顔を出すことを許可されている。加えてパーヴェルが契約している商隊宿に、今宵泊めてもらう約束まで取り付けて見せた。


 図々しくも生活力のある子羊を、経験豊かな牧師様が導いたわけではない。様変わりを知りながら、二人をわざわざ水牛亭に案内したのだから。食後の一杯を待っていると、ようやく善良な聖人の本当の顔が姿を現してきた。



「――実をところ、後をつけていた。広場からじゃない、東大門からずっとだ。部下にあんた達みたいな旅人を探させていた。間に合ってよかったよ。…明後日出立するキャラバンの、安全と帰還を願ってくれないか。俺の商隊には南部出身者が多い。精霊信仰が根付いた土地柄、迷信みたいなまじないでも気休めにはなるのさ」


 “己が最初に従事した場所で、複数の異なる種族に旅の無事を祈ってもらう”


 元々は西大門の下っ端だったと思い出話を披露して、懐から羊皮紙を差し出した。折りたたまれたその中に文言が記してあるそうだ。頃合いを見計らった様に気立ての良い下級給仕が、香り豊かなカップを届けてくれた。




「今晩の払いもしてくれるなんて、親方様様だ。おいら、いい夢が見れそうな気分」

「儂は手を貸さんからな。眠りこけて遅れるなよ」


 広場からひと際明るい南へと向きを変える。こちらはまだまだこれから。気持ちよさそうに酔っぱらった客の声が通りを行き交う。楽し気に騒がしく。

 

「どこもかしこも、いい塩梅だな」

「初めて歩くのに知っている感じ。何だか露店街に似ているなぁ…」

「南区画が新参だからだろうさ」


 昔の東西街道の拡張工事に関わった者たちは、南の郊外を拠点とした。ベリンの成長に伴い労働力が追加されると、そこに一つの共同体が形成されていった。職人たちの宿舎や食堂に酒場。日用品店や雑貨商の露店が立ち並び、その評判がさらに多様な種族を呼び込み、土地を肥やした。


「街道の整備と大門の完成をもって南の郊外はベリンの一部分となった。建物は東西と変わらんが街としての歴史は浅い。パーヴェルがこちらへ移れたのもそれが理由だろう」


 歩みを進めるにつれ、人でない姿ともすれ違っていく。気を張ることなく、異なるもの同士が肩を並べ上機嫌で語り合っている。


「親方はどうして場所を変えたのかな?」


 憚ることなく疑問を口にするのは、その若さゆえだろう。


「推察は出来る。しかし不必要な詮索は、良好な関係構築の妨げとなる。長年生きてきた儂の持論だ。お主も旅する以上は心得ておけ」

「なるほど、歴史ってやつだね。わかったよ!」

「茶化すな、まったく。…おお、あそこが先ほど話にあった最上の鶏を出す店だ」


 南大通で最も煌く一等星を視界にとらえ、ローランの中に無念さが生まれた。水牛亭と秤にかけた決断は、見事に裏目を引きあてた。もしこちらを選んでいたならどれほどの幸福感で眠りにつけただろうか。無反応な連れは、目を細めぼんやり外観を眺めている。


「どうした、黙りこくって」

「…うーん、なんかあの店、見たことあるような気がしてさぁ」


 大口を開け欠伸をしながら瞼をこすっている。どうやら限界が近いらしい。紹介されたねぐらは、この先の角を曲がってすぐだ。倒れこむのはもう少し待ってもらおう。 



 辿り着いた部屋の窓辺に腰掛け受け取った羊皮紙を開く。月明りを頼りに文字を追っていくが、そこにまじないは書かれていなかった。 


 “水牛亭の女給仕が祝祭へ向かう。同行出来ない自分に代わり、不慣れな旅の手助けをしてほしい。引き受けてくれるのなら、相応の礼をさせてもらう”


 明後日、大規模キャラバンが三大門から同時に出立する。ローラン達、祝祭へ向かう者は西門を出てエニベルへ。一方、パーヴェルは南門から南海交易都市に下る。そこからさらに西部の都市を通過し、北へ進路を取り迂回する形でエニベルを目指す。祭りが行われている頃ローラン達に追いつき、ベリンへと戻ってくる…。


「どうしたものかな」


 赤茶毛はとっくにベッドと同化して意識はない。きちんとした寝床は四日ぶりだ。体を預けると簡単に力が抜け、凝り固まった思考も溶かされていく。今更一人分面倒が増えてもそう変わらんだろうと思いながら、ローランは別世界へと旅立った………。








 異国情緒溢れる露店の饅頭を一口ほおばると、中の餡が勢いよく飛び出し袖口を汚した。食べなれていない老エルフのそんな姿を見て、東の群島育ちの店員は、古里の童を懐かしむ。おたおたしながら拭くものを探していると、辺りが光に包まれた。急いで振り返ると、遠くで巨大な円球が二つ、まさにぶつかり合う寸前だった。刹那、光を切り裂く一閃が円球の方へと進んでいく。食い意地の張ったエルフは真っ白な景色の中で、ただ立ちすくむだけだった――。


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