第11話
翌日俺は教授と約束した時間通りに教授が滞在しているホテルへと来ていた。
今日の付き添いは爺さんではなく、父さんだ。
もし、本当に、ボロゾフ教授が俺の事業のアドバイザーを務めてくれるのであれば、保護者たる父親が面識がないというのは不味いという判断かららしい。
教授が滞在しているホテルはこの惑星でも上位に属するであろう高級ホテルであり、ホテルのフロントは豪奢でありながら嫌らしくなく、優雅にまとめられた、正に5つ星にふさわしい内装をしている。
そんなホテルの最上級ではないものの、一般よりは高いグレードの部屋に教授は泊まっていた。
「お父様、やはり、大学の教授ともなれば、こう言った部屋に泊まるのが普通なのでしょうか」
「いや、これはあくまで王立大学の教授だからだろうね。王立大学の教授レベルの権威を招待するとなったら、こう言うグレードの部屋を招待した側が用意するのは当然だろうからね」
成程、決して自分でこの部屋を借りているわけではないのか、いいなあ、こんな部屋を他人のお金で泊まれるなんて。
おっと、前世の庶民的な感情が全面に出てしまった。
もう俺は、男爵家の一員なんだからこういった場所にも慣れていかなければ。
そして、教授の部屋をノックする。
「本日、お邪魔させて頂くこととなっているアルバート・クーパーですが」
暫く待つと、中から教授が出てきた。
「ああ、ようこそアルバート君待っていました。あら、そちらはアルバート君のお父様でしょうか」
「はじめてお目にかかります、アルバートの父親のアンドリュー・クーパーです。そうやら昨日は家のアルがお世話になったようで」
「いえ、こちらこそ未来の古代学者との会話は楽しいものでした。立ち話も何ですから、どうぞ部屋の中へ」
そう言って教授は部屋の中へ俺たちを招き入れる。
中はやはりグレードの高い部屋だけあってとてもラグジュアリーな雰囲気であり、とても落ち着ける内装となっていた。
「では、こちらのソファにどうぞ」
「では、失礼して」
そしてソファに座り、俺は切り出した。
「今日は教授に謝らなければならない事があるのです」
「謝らなければならない事……ですか?」
「はい、昨日、私は黙っていたことがあるのです」
俺は一息つくとそのまま続き話した。
「実は私には前世の記憶があります。その前世と言うのは西暦で2000年頃で、その時代の知識が私にはあります」
「………」
「信じられない気持ちも分かります。しかし、私には記憶が存在しているのです」
そして、ボロゾフ教授が口を開いた。
「正直、俄には信じられません。しかし、アルバート君の目は本当の事を言っている様に思います。そして、アルバート君の年齢に合わない賢さにも説明がつく……」
教授はそれから暫く目をつむり考えていた。
そして、目を開けると私に話し掛けてきた。
「先程アルバート君は2000年頃の記憶があると言いましたね。では、幾つかの質問をしてもよろしいでしょうか。」
「成程、ある程度の歴史でしたら答えられると思います。」
「あぁ。そんなに構えなくても大丈夫てす。この時代ではそこまで詳しい歴史が残っている訳ではないので大まかな歴史しか私にも判りませんよ」
そう言ってボロゾフ教授は笑った。
そして、その質問を私に問いかけてきた。
「1900年代には何度か大きな戦争があったと言います。その戦争について貴方が知っている限り詳しく教えてください」
なる程、確かに世界大戦についてなら、この時代でも詳細は残っているのだろう。
「まず、20世紀は戦争の年代とも言える程戦争が多く起こりました。それは、19世紀に入り各国の国民に民族感情というものが明確に現れたことが原因とされています。そしてそのその戦争の中でも世界レベルでの戦争が2つあります。それは、第一次世界大戦と第二次世界大戦です。」
そこで、一度切り教授の方を見る。
すると、教授は目を瞑り腕を組んで聞いているようだった。
まだ、止めないという事は、更に詳しく話せという事だろう。
そう考え、俺は更に続けた。
「まず、第一次世界大戦はオーストリアと言う国の皇太子がサラエヴォと言う国で暗殺された事が直接的な原因で起きます。そして、同盟と同盟が戦争になり、かつて無い規模の戦争が起こってしまったのです。この戦争で諸国は国と言う存在が生まれてから初めての全ての国が全力を戦争につぎ込む国家総力戦というモノを経験することとなったのです。結果、アメリカ・イギリス・フランス・日本・イタリアと言う国が勝者となり、ドイツ・オーストリアという国が敗者となりました。そして、その後『もういいです』」
俺が続けようとすると教授が止めに入った。
「もう大丈夫です。アルバート君。私は、あなたの言うことを全面的に信じます。」
「えーと、まだ、全然内容等は話せていないんですけども」
「これだけ話してまだ話せると言うのが貴方がその時代の記憶を持っているという証なんですよ」
どういう事だろう。
「昨日、地球の文化歴史は失われたと言いましたね。その時にこの時代の出来事などの詳細も既に失われてしまっているのですよ。残っているのは精々世界レベルでの戦争が2度起こり、その戦争の名前は『第一次世界大戦』と『第二次世界大戦』である位のレベルで、つまり、それ以上の詳しい詳細をスラスラ話せるアルバート君は少なくともこの時代以外の記憶を持っていることは確定なんですよ」
なんと、そこまで昔の事というのは失われてしまっているのだろうか。
「成程、理解しました。しかし、僕が詳細をでっち上げているという可能性もありますが」
そう言うと教授は笑って
「ははは、だとしたらアルバート君は凶悪な詐欺師か、最上の作家になれますね」
と笑い飛ばした。
そいて、興奮した様子で続けた。
「しかし、これは凄い事ですよ!!一部とは言え『ロストピリオド』の生き証人がここにいるなんて!!」
ロストピリオドとは何だろう。あまり聞きなれない言葉だが
「教授、ロストピリオドって何ですか?」
「ああ、興奮してしまってすいません。『ロストピリオド』とは古代学の専門用語で、銀河共通語ではなく、今では使う人もいない言語『英語』での西暦の期間の事なんですよ。」
ん?英語?
ああ!!『ロストピリオド』って『Lost Period』って事か!!
失われた時代か、本当に何も残ってないんだな……
ん?でも文化は失われたんだよな?
「あれ?文化は失われたのに、言語は残っているのですか?」
「ああ、そういうことですか。言語に限って言えば、ほぼ全ての言語が残っていますよ。まあ、書き言葉ではなく喋り言葉がメインですけれど。君が生まれた時、言語を脳にインストールしませんでしたか?あの機械の原型は西暦時代に作られたらしくてですね、アップグレードこそされていますが、元となるデータは当時の物らしいんですよ」
ああ、あの機械か。
そう言えばあれに入った時、古代言語日本語の存在を確認とか言ってた気もする。
「確かに、あの機械は僕の言葉のことも知っているようでした」
「ん!?あの機械が何かを認識したのですか!?」
どういうことだ?
「あの機械は人類が言葉に困らないように、新たな言語を脳にインストールするために生まれました。だから、成長と共に得た第一言語が存在すると第二言語として共通語をインストールするよう設計されているんですよ。しかし、もう共通語以外が廃れて久しい。生まれた赤子に直接言語をインストールしている位ですから、もうこの銀河の100%が共通語しか知らないんですよ」
成程、あの機械の第二言語にインストールする機能は俺だから使われた機能だったのか。
しかも下手すれば数千年以来使われてなかった機能かもしれない。
失敗していたらと考えるとゾッとするね。
「因みに、アル君の第一言語は何だったのですか?」
「えーと日本語ですけど」
「日本語!!成程、君は前世は日本人だったのか!」
良かった。日本という国名位は残ってくれていたようだ。
「そうか!そうか!素晴らしい!古代学的にはとんでもない価値があるぞ!君の脳は!!」
教授は興奮冷めやらぬ様子でしゃべり続けた。
そして、口調が丁寧に喋っていた時と打って変わって、どこか男性的な物になっていた。
暫くして、漸く少し落ち着いたのか、
「すみません、年甲斐もなくはしゃいでしまったようです。」
と謝ってきた。
その時にはもう先程までの丁寧な口調に戻っていた。
もしかしたら、教授の素の口調はさっきの方なのかもしれない。
「いえ、良いんですよ。ところで今日来た目的を話させて頂いても宜しいでしょうか」
そして、漸く今日の本題に入った。
「そうでしたね。君の記憶の話で盛り上がってしまいましたが、今日は君の疑問に答える約束でしたね。しかし、古代の記憶を持っている君なら私よりは当時の事が詳しそうですが」
「いえ、実は僕は古代学を調べている訳ではなく違う目的を持っているのです。」
「違う目的?」
若干訝し気な顔をして、教授はこちらを見てきた。
「はい、僕の最終目的は料理文化の復興です。」
「……そうですか料理文化の復興、ですか」
「はい、そのために教授のご助力が必要なのです。そのために、今日は僕の記憶の話を先にさせて頂きました」
「成程そういうことだったのですね」
教授はまた腕を組んで考え始めた。
そして、しばらくすると語りだした。
「私としては協力するのは吝かではありません。しかし、それはかなり難しいと理解していますか?」
やはり、難しいのか。
しかし、俺には記憶もある。
拙いが料理法の記憶だってある程度あるしなんとかなるだろう。
「私の記憶を使えば何とかなるのではないですか?」
「やはり、理解していないですか……」
え?そんな反応?
「いいですか、確かに君には料理に関する食材や調理法等の記憶はあるのかもしれません。しかし、問題はそんな事ではないんです」
そこが最大の難問ではないのか?
「昨日から独立戦争で地球から文化や歴史が消え去ったという話はしていますね。それはどういうレベルだと君は理解していますか?」
どういうレベル?
「それは、広大な平野が一面焼け野原や荒野になっていたりとか、そんなイメージですが……」
「やはり……独立戦争時、地球は完全に壊滅したんですよ。それこそ、地上の生き物はほぼ全て息絶える程に、です」
な!?
地球壊滅!?生き物が絶滅!?
まさか、独立戦争がそんな悲惨な物だったなんて。
「当時の独立戦争は人類始まって以来の星間戦争でした。故に何のルールもなく人類はとことんやりあってしまった。結果、地球には核分裂弾や小惑星天体などが無数に落とされ、壊滅状態となってしまったんですよ。現在ある地球は銀河連合になってからテラフォームされて環境が復元された地球で、かつての植物や動物が生息していた地球ではないんです。」
それは衝撃的な事実だった。
まさか、俺の知っている自然は既になく、あるのは地球という惑星だけであるということが、俺の心に深い絶望を与えた。
食文化復興に暗雲が立ち込めた瞬間だった。




