最近、裏山がおかしいんだけど。 その5。
「あれ、どしたのフルールさん。なんか、物憂げだけど?」
一口食べた勢いで千切った半分を食べ終えて、
更にそのまま食べ続けようとするブクリエの腕を左腕で押さえつけ、
視線を正面に戻したぼく。
そしたら右前のフルールさんが、テーブルに頬杖ついてた。軽く足まで組んで。
だから、急にどうしたのかなと思って聞いてみたんだ。
「さきほどルカさんの言った、高さがあると距離を感じると言う言葉。
その通りだな、と思いまして。ですので考えていたんですの。
皆さんと距離を縮めるにはどうしたらいいのか、と。
これまでこんなこと、考えたことなかったのですけれどね」
フフって穏やかに笑うと、フルールさんは頬杖と足を組むのをやめた。
「どうするの?」
「こうするんですわ、シュバリちゃん」
答えながらフルールさんは、おべんと箱を持って椅子から立ち上がった。
どうするんだろうって見てると、椅子におべんと箱を置いて
テーブルを片付け始めた。
テーブルを片付けると、ティーセットとおべんと箱を置いた椅子を
そのまま持って、ぼくの正面の ジュルナルちゃんとの間に、
真っ直ぐ横線が書ける位置まで来てから、
「少し不格好ですが」
って言いながら椅子を置いた。
そうして、膝立ちでぼくと向かい合う状態になった。
そのフルールさんの姿は、服装のテーマの通り一本の木みたいに見える。
「まだ少しシュバリちゃんたちより高い位置ですけれどね」
そう言って笑みを見せるフルールさん。
「で、シュバちゃん。いつまであたちを抑えて置くつもりかな?」
じとーっと見て来る左の幼馴染にぼくは、
「みんなで食べられる状態になるまでだよ」
そう当然のことを答えた。
「このままだと具がはみだしちゃうんだけど?」
「だって、その手の一個食べたらそのまま食べ続けるでしょブクリエ」
「我慢するって」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
「……」
じっとブクリエの目を見る。思いっきり見開いててちょっと怖い。
「わかった、その一個だけだよ」
そう言って、ぼくは腕をブクリエから離した。
ほんと言うとね。
にらめっこしてたらぼく、根負けしてたと思うから、
早めに答えを出したんだ。
「あんがとシュバちゃんっ」
嬉しそうに言うと、大口開けてそのまま残った
半分の食べ賭けサンドウィッチを、なんと一口で
全部口の中に放り込んでしまった。
こんなに口おっきかったかなぁブクリエ?
「よく入ったね、あんなに」
「んぐふほりふぁはむえあふぃふぁ(実は折りたたんでました)」
「うん。なに言ってるかわかんないから、食べ終えてから言ってね」
諭すように言うと、ブクリエは一つ頷く。
ぼくたちのそんな様子を見てだろう、三人が笑ってます。
「ふぅ」
食べ終えたみたいで、そう一つ満足そうに息を一つ吐くと、
ブクリエは語った。
「あたちは半分になったサンドウィッチを口の中に放り込む瞬間っ、
更に半分に折ったのだ。
だからこそ、あたちのかわいらしいお口にも一口で入ったのだっ!」
そう、どうでもいいことを、そうものすごいことみたいに語ったのだ。
「なんですか? そのまるで戦闘技術を語るみたいな口ぶりは」
笑いを噛み殺しきれない様子で、ジュルナルちゃんがそう突っ込んだ。
「自分でかわいらしいって言う場合、大概は言ったとおりじゃない。常套だな、うん」
「あの大口見た後だしね」
ルカの、すごく納得した頷きを最後に居れた言葉に、
ぼくも今さっきのジュルナルちゃんみたいに、
笑いを噛み殺しきれずに頷いて同意した。
「ルカちんまじめだなぁ。ほんの冗句じゃないかー」
「いつもそんな調子で喋ってるから、冗句なのか冗句じゃないのか
分かりにくいんだ」
ブクリエ、ルカに真っ直ぐ、でもちょっとむっとしたような言い方で返されて、
にゃははーってごまかし笑いした。
「さて、みんな準備できたようだし。せーので食べよう」
このままだと、いつ食べ出せるかわからないから、ぼくがそうやって仕切った。
「そうだな。じゃあ、せーの」
「って、ルカが振るの? それぼくが言うのが自然な流れじゃない?」
「いただきます」
そっと両手を合わせてそう言ったルカは、ぼくの言葉をまったく聞いてない。
「聞いてよ。って、いただきます……?」
「あ、そうですね。いただきます」
「ジュルナルちゃんまでそれするの?」
「あ、そうですよね。皆さんにはなじみがないですよね。
これは東の国の習慣で、ご飯を食べる時にはいただきます、
食べ終えたら、ごちそうさまとか、ごちそうさまでしたって言うんです。
食べ物になった命に感謝を込める意味で」
「そうなんだ。面白いね、その考え方」
ジュルナルちゃんの解説に、ぼくはそう感心した。
ブクリエは、口いっぱいにまたサンドウィッチを頬張りながら、
うんうん何度も頷いてる。ぼくと同じってことだね。
「じゃ、ぼくもまねして。いただきます」
そうして、ぼくはやっとおべんと箱の中身、
パン半分の大きさのサンドウィッチを取り出した。
「やっと食べられるー。食べるまでやたらに時間がかかった気がするよ~」
言葉の後で、手に取ったサンドウィッチを口に入れる。
って言っても、ぼくはブクリエと違って、一口が
半分パンの半分もないんだけどね。
「ん~。なんだか、食堂で食べるご飯よりおいしく感じるな~」
「えてして特別な場所での食事はそういうものだ」
そう言ってルカはおにぎりにかじりつく。
「ねえルカ、どんな感じなの? そのおにぎりって。ただのお米でしょ?」
聞いてみた。
一口分を食べ終えたルカは、こっちに食べかけのおにぎりを
差し出して来た。
「食べてみるか?」
「うん、もらっていいんだったら」
ぼくの言葉に頷いたルカ。
だからぼくは差し出されっぱなしの、
黒いのの巻かれたおにぎりを受け取った。
「ん? なんか、赤いんだけど……大丈夫なの、これ?」
おにぎりの忠臣部分に、謎の赤みが見える。なんだろうこれ?
「ああ、大丈夫だ。問題ない」
「ニヤニヤしてるのが気になるんだけど……。ま、いいか。じゃ、いただきます」
ぱくっと一口、中心部分にかじりつく。
ーーそしたら。
「ん゛?!」
すっぱい! すっぱいんだけど、なにこれ?!
思わず目をキューってつぶっちゃったじゃないかっ!
「アッハッハッハ。そうなるよなぁ、やっぱり。
食べ慣れてるわたしでも、食べたらそんな顔になるんだから、
初めてのシュバリじゃなぁ」
「うぅぅ。大笑いしてないでよ、なにこれ?」
「それか? うめぼしって言う、梅の実を干した食べ物だ。そのすっぱさが特徴でな」
「先に言ってよそういうの。食べるけどさ」
思いもよらないすっぱい攻撃を喰らって、ちょっと食欲減退中。
「って、こらブクリエ! ぼくのサンドウィッチとるな!」
「いいじゃん、新しい食べ物食べて楽しそうなんだしー」
「ならブクリエが食べてよ、このすっぱいの」
じとめで見据えておにぎりを突き出す。
「やった! シュバちゃんの食べかけだなんて、
最高じゃないですかっ! 食べますとも!
たとえ火を噴くような辛さであろうが、
口ん中唾で洪水になるようなすっぱさだろうが、
喜んで食べますともっ!」
そう言って、シュバっとぼくの手元からおにぎりを抜き取った。
なんで他三人が、羨ましそうな顔してるんだろう?
あのすっぱさ、羨ましがる物じゃないと思うんだけど……。
「やめてくれない? そういう具体的なすっぱさの表現……」
「んうー!!!」
ほら。ブクリエ、いっきに食べたせいで、
口とんがらかして目キュっと閉じて、
左手で敷物をバッシバシ叩き始めた。
「すごいでしょ、これ」
ざまぁみろ、って含みニヤリで言ってやる。
「ん゛ー! おのれシュバちゃん、よくもこんな兵器をっ!」
目をパチクリさせながら、左腕を上下にブンブンしながら、
ブクリエ怒りと苦みの混じった猛抗議。
「喜んで食べたんだから、ぼくが怒られる筋合いはないよね」
ブクリエが食べかけてた、元はぼくの、サンドウィッチを
サっと奪い返して食べる。
「ふぅ、すっぱいのがなくなってきた。ようやく、だよ」
「シュバリさん」
「え、なにジュルナルちゃん突然?」
「口、開けてください」
「なんで?」
「いいからいいから」
「ん? わかったよ」
言われた通り、口を開けたら。
なんかがすごい速度で、ぼくの口めがけて飛んできた。
「はぐっ?」
思わず咥えたそれは、ジュルナルちゃんのサンドウィッチだった。
「なっ、なんて正確無比な投擲技術。やはり忍かジュルナルちゃん」
「どんな感心の仕方してるんだよルカ?
それに、なにをそんなに悔しがってるの?」
飲み込み終えてから、ぼくはそう突っ込む。
「フッフッフ。遠距離からですが、『あーん』一番乗りです」
「な、しまったっ! すっぱいのやっつけてて忘れてたっ!」
「なにを勝ち誇ったり悔しがったりしてるの?」
ぼくには、三人がなにをこんなに悲喜こもごもしてるのかわかりません。
「はいシュバちゃんっ」
「ふぐっ!」
いきなり口にサンドウィッチ突っ込まれて、目が白黒しちゃったっ!
「げふっ げふっ」
むせちゃったよ、なんとか飲み込んだけど。
「こらブクリエ!」
「食べさせ完了っ」
「いけませんわねぇブクリエさん、そんな自己満足なやり方では」
呆れたように溜息をついたフルールさん。
おもむろに、ぼくたちのよりも生地の柔らかそうなパンの
サンドウィッチを手に取った。
「はい、シュバリちゃん。御口直しになるかはわかりませんけれど」
……差し出されてしまったわけなんだけど……食べないと、駄目かな?
「そんなじーっと見つめられたら、食べるしかないじゃないか……」
「駄目ですわ、受け取るなら口でなくては」
手を出したぼくを、そう言ってやんわりと制止する。
「もうなんなんだよみんなして……わかりました」
やけっぱちに言うと、ぼくは身を乗り出して、
餌をつっつく魚みたいにサンドウィッチを食べた。
「ん~」
おいしい。
ぼくたちのサンドウィッチよりパンが柔らかくて、
でも野菜の水分でほどよくしっとりしてて。
一口入れただけで、いい素材使ってるんだろうなって言うのが、
その辺に詳しくないぼくでもわかるくらいだもん。
「その顔。お口に合ったようですわね。よかった」
にっこり笑顔でそう言われてしまっては、
変な風に食べる羽目になったことに文句が言えない。
ーーはぁ。へんな食事になっちゃったなぁ。
おいしいんだけどさ。