最近、裏山がおかしいんだけど。 その1。
「ねえルカ。なんか最近、裏山 おかしくない?」
アリサーナ学園。
女性だけが魔法を使えるこの世界で、魔法魔力の扱いを主として
武芸にも長けた人材を育成するための女子校。それが今、ぼくたちがいる場所。
今は放課後。ほんの短い間ある二人の時間に、
ぼくのガードみたいにしていっしょにいる東の国から来た女の子、
ルカ・イーハにそう切り出した。
「裏山が、おかしい?」
不思議そうにルカは、愛用の刀を左腰に刺した。
「うん、おかしいじゃない。山が燃えるような色になってるんだよ。
しかも魔力はまったくかかわらないで」
「ああ」
ぼくがなんのことを言ってるのかわかったみたい、
納得したような息を漏らした。
「みんな怖がって近づかないって言ってて、理由がわかんないんだよね。
ルカ、知らない?」
「紅葉。見たことはないのか、皆は?」
窓の外に視線を向けて、不思議そうに 呟くみたいに逆に聞き返されて、
「え? あ、うん。あの状態のことをコウヨウって言うの? ぼく、そういうコウヨウの使い方聞いたことないよ」
ぼくは面喰っちゃって不思議交じりに返した。
ちかごろ話題の裏山の異変についてのことだからか、
クラスメイトたちからの視線をいくつか感じる。
「そうか。わたしの故郷特有の呼び方なのかもしれないな。
紅葉とは魔力のかかわらない自然の営みの一つ。
今のこの学園の裏山のように、秋を迎えると木の葉が赤や黄色に色づくんだ。
それをわたしの国では紅葉と呼んでいる」
「へぇ。コウヨウって言うと、気分が高揚する ぐらいの時しか使わないなぁ」
「かもしれないな、わたしの国特有の文字の並びと、
その読み方の組み合わせによるところが大きいからな。紅の葉をコウヨウやモミジと呼ぶのは」
「そうなんだ? よくはわからないけど、ルカの故郷には、
ぼくの知らない文字があるみたいだね」
そうだな、そう相変わらず静かに答えて頷いた。
「よし、こちらに来て初めての秋。これほどの素晴らしい紅葉だし。
二人で紅葉狩りと言うのも、悪くない。か」
「ルカ。なんで、うっすら顔赤くなってるの?」
モミジガリって言うのがなにかわかんないけど、
それよりももっとルカが顔を赤くしてる理由がわかんない。
「知っていますわよ紅葉狩り」
「うわっ?」
「エスクリムズ嬢? いつのまに……」
別のクラスの綺麗系且つ色っぽさのあるお嬢様、
フルール・エスクリムズさん。不意打ちで登場されちゃ
びっくりするよね、うん。
ルカもちょっと目を見開いてるし。
「それで。確認するが」
いつ見てもフルールさんの、その制服着ててもはっきり大きさのわかる胸は重たそうで、
ちょっとだけ気の毒。
でも……やっぱり、憧れるよね おっきなのって。ぼく、ぺったんこなんだもん。
そのせいで制服だって、唯一男物のズボンタイプの制服なんだから。
理由が、ゆくゆくは武器を扱うことをメインにした剣術科を作って、
男女共学にしたいらしくって。その男子制服の作り勝手を
仕立て屋たちの手になじませる第一歩、だって言うんだから困っちゃうよね。
男物の制服着たくなかったぼくを説得するために
こんなこと言って来たんだよね。
千載一遇のチャンスだからって、
頭どころか体を地面にこすりつけるようにして頼み込まれてさ。
頷くしかないでしょ、そんなのされたら。
……絶対折れないっての、わかったしね。正直、必死すぎて引いてました。
「なんですの?」
なんてことを、ぼくが思い出してることなんて
知りもしない二人、話を進めてる。
軽く首を右にかしげるフルールさん、腰までの長くて綺麗な金髪がサラリと流れた。
そんな様子に、クラスメイトたちから黄色い声が吹きあがった。
うぅ、ちょっとうるさい。
でも、ぼくもこのフルールさんの長くて綺麗な金髪は、素敵だなーって思う。
ぼく、顎のとこまでの黒髪なんだもん。こんなんだから
男の子扱いされるんだろうけど。
「エスクリムズ嬢は、紅葉狩りがいったいどんなことか。
本当に知っているのか気になったんだ」
「あら、そんなことですの」
意外そうに、碧の眼をぱちくりと数回まばたきさせてから、
「勿論、知っていますわよ」
打って変わって自信たっぷり頷いた、流石フルールさん。
クラス中がざわついてるのは、変容してる山のことだからか、
それとも単にフルールさんがなにか発現するからなのか。
「紅葉狩り。赤くなった山の葉を狩り尽すんですわよね」
「……」
「え? なに、この。ルカの目と口が開きっぱなしの顔……?」
「わ。わかった。なら、三人だ。三人で紅葉狩りに行こう」
苦虫をかみつぶしたような顔で言ったルカ。
こ……この感じは、ひょっとして……?
そーっとルカの方を見たら、口だけを動かして
ゆっくり、ぼくにもわかるようにだと思うんだけど答えてくれた。
あ。と。で。い。う。って。
「ほほう、山の赤い葉っぱをバッサバッサ狩るんだ。
面白いことするんだねぇ、ルカちんとこの国は」
あたりまえのように話に入って来たぼくの幼馴染のブクリエに、
ルカは振り返りざますごい鋭い目で睨んだ。
「……ん?」
不思議そうな声が。どうもルカ、この場で答えを言うことを避けてるみたい。
「出るぞ」
それだけを言うと、ルカはスタスタと教室から出てしまった。
だからぼくたちも慌てて追いかける。
「ちょっと、急にどうしたの?」
「いろいろと。な」
「さきほどの答え、聞いておりませんわよルカさん。
気持ち悪いじゃございませんか、聞かせていただけないだなんて」
「あたちのこと、ギューっと睨んだのも納得できないし。急に変だよルカちん」
「エスクリムズ嬢、心配するな。人のいないところで答える。
後バレンティーネ嬢、そのおかしな呼び方をやめてくれと、
何度も言っているはずだが」
ブクリエは、ルカのことを親しみを込めてルカちんって呼んでるんだけど、
ルカはどうも気に入らないみたいで。毎度のようにルカでいいって言ってるんだ。
ブクリエ、まったく聞いてないんだけどね。
いつか本気で怒られるんじゃないかなぁ? 心配。
「どうして人のいないところなのルカ?」
ぼくが聞くと、苦笑いするだけでどうしてか教えてくれない。そんなルカの答えを見て、
フルールさんが小さく息を吐いた。
「え? なんでだかわかったのフルールさん?」
「ええ、まあ。お気遣いありがとうございます」
「あなたのシュバリ並かそれ以上の人気っぷりを考えての事。
恥は小さい方がいいだろう?」
「え? え? ぼく、まだわかんないんだけど??」
「察しはつきましたけれど、それでもきっちり口にしていただきたいですわ」
「わかっている」
「あの、ねえ? おいてかないでくれない? ぼく、どっちなのかわかんないんだけど」
困惑するぼく。おいてかれる、は話についていけないってことね。
「まだ人の気配がいくらかするんだ。もう少し待ってくれシュバリ。
その鈍さもまた、かわいらしくて好ましいんだが」
「って、どさくさ紛れてなに言ってるのルカちんっ!」
バサって制服の激しい音、たぶんブクリエがルカに掴みかかろうとしたんだろう。
でもルカは後ろのブクリエからの襲撃を、不意打ちにもかかわらず、
あっさりとよけてしまったらしい。
「っびっくりしたぁ。左後ろからブクリエの両腕が生えてきたのかと思ったよ~」
その結果、こんな風にぼくには見えたんだ。
ひょいと引っ込むブクリエの腕。
そのかわりに今度は、ルカの体が下から生えてきた。
「そ、そっか。ルカ、しゃがんでよけたんだ」
「そういうことだ。まったく、いきなりなにをするんだ
バレンティーネ嬢は」
「それはこっちの台詞だよルカちんっ、どさくさに紛れて
好きだなんて言うんだもん」
「お前は好意的な言葉と愛の言葉の区別が付かないのか」
盛大に呆れた溜息。ルカちん呼びをやめないことに対する気持ちも
入ってそうな感じだなぁ。
「そろそろ大丈夫そうだな」
左右を見て、上下を見て、後ろまで体ごと振り返って確認して。
そうしてから、やっとルカは一つ頷いた。
「そ……そこまで?」
若干ひきました。
「ありがたいですわ。それほどまでに、
恋 敵
であるわたくしのためを思ってくださるなんて」
「恋敵であるのと同時に友人だ。線引きはしているつもりだからな」
たぶんなんらかの意図を持った強調だったんだろうけど、
フルールさんのそんな言葉をさらっと流して、ルカはそう言った。
「「すごい人だ」」
ブクリエと同時に言ってました、ぼく。
恋敵の部分をごくごく普通に肯定したことがすごく気になるんですが……。
「さて、ルカさん。あなたの口から、教えていただきましょうか。
わたくしがさきほど言った、紅葉狩りについての知識。
正しいのか、間違っているのか」
軽い調子。さっき言ってたとおり、既にどっちなのかがわかってるからなのかもしれない。
「で、どっちなの、ルカ?」
うむ、とぼくの言葉に一つ頷いて、そうしてから一呼吸して。
ルカはその答えを口にした。
「エスクリムズ嬢がさきほど言った、赤くなった葉を狩り尽すと言う話。あれは」
生唾を飲むぼく。
「どっち。どっちなの?」
ブクリエも緊張した様子だ。ぼくとしては、
あれだけ自信満々のフルールさんなんだから、
間違ってるなんて思えないけど。
「まったくの、でたらめだ」
一度また周りを確認してから言ったルカの言葉。
それを理解するのに。
たっぷり。
一呼吸分かかった。