水に浸かるのも楽じゃない。後編。
「はぁい」
「うわっ?」
突如、左からぼくの真横に飛び込んで来た影。
バシャンって派手な水音に、ルカもフルールさんも止まったみたい。
「あぶないから」
左腕をガチっと掴まれて、
「シュバちゃんはこっち行こーねー」
「ちょっとブクリエっ!」
幼馴染のブクリエ・バレンティーネに湖から引っ張り出されてしまった。
「ぼく裸!」
服を取りたくて慌てて言うけど、
「大丈夫大丈夫ー、」
聞いてくれない。
「ぐわっ!」
思いっきり抱きしめられた、しかも正面から。
「背中が、なんかギチギチ言ってるんだけどっ!」
せ……背中からの力強い腕の圧迫と、前からのおっきな胸の圧力で、
息が細い……!
「服ならあたちが拾ってあげるから、とりあえずシュバちゃんはこのまま移動移動ー」
こげ茶色の髪で綺麗な青い瞳。ニコニコしてるって素直にこの表情を見られればいいんだけど、
どうにもニヤニヤして見えるんだよなぁ。
「ぼーくーのーふーくー!」
暴れたいのに腕ごと抱きすくめられてて動けないっ!
って言うかブクリエびしょびしょなんだけど、それはいいのかな?
「あぁ、シュバちゃんの生肌。あぁ、このまま時間が止まればいいのに」
やっぱり、ニコニコじゃなかった。生肌って響きが、妙にやらしいんだけど……。
「恍惚とした顔と声でなに言ってるんだよ」
ちょっと声が低くなっちゃったけど、ぼく……悪くないよね?
「あらら、シュバリさん。またずーいぶんと刺激的なかっこうですねぇ」
「わかっててここ来たでしょ」
「あはは、バレました?」
「う……やらしい手つきで背中をなでるな」
「服、とってあげようと思いましたんですけど、いいのっかなー?
そんなこと言っても」
「む、両腕が塞がってて手をどけらんない」
ブクリエ、悔しそうに言ってるけど、どうせ自分がなでらんないから
こんな声なんだよね。どっちもどっちだよ、まったく。
「ブクリエさんに任せてたら服が戻って来るかわかりませんよ?」
「んむぅ……」
背中の不快感に耐えてるのと、この娘 ジュルナル・ファクシメルの言うことは
その通りだから、二重の意味でうなってます。
「こら、いつまでシュバちゃんの生肌堪能してんだこの泥棒猫羨ましいっ」
「泥棒はどっちだよ、ぼくの服持ち逃げしようって考えてるくせに」
「いいじゃん、幼馴染なんだし」
「いいわけないだろもう」
言ってることむちゃくちゃなんだよなぁ、ブクリエ。
ことぼくに関しては。
『はぁっ!』
「なんか、明らかにルカが切りかかって行ってる気合の声がしてるんですけど??」
「あらら、動いちゃいましたねルカさん。どんな煽りを受けたことやら」
「君、どっから見てたの?」
隠密行動がいつもうまくて驚く。怖いぐらいなんだもん、
この娘の隠れる能力。
「あの状況の横から服持って来るのは、あたちじゃむりかなぁ?
下手すると矛先がこっち向きかねないし。しかたない、
ちびっこちゃんに任せるよ」
「最初から素直にそう言えばいいんですよ。じゃ、いってきますね」
言い終わると同時に、ビュっと風が吹いた。
風に振り返ったら、既にこの場にジュルナルちゃんの姿がなかった。
「なんてスピード、目で追えない」
「ってことで、シュッバちゃーん」
「いやらしく背中をなでるなって!」
「でぇも、あたちの力をシュバちゃんはほどけない。ってことは、ウククク。
や り た い ほ う だ い」
「気持ち悪い笑い方するなっ!」
ブクリエを、ぼくは魔力を爆ぜさせて弾き飛ばした。
「うわわっっ」
物投げた時みたいな感じで、吹き飛ばされたブクリエ
「ぼくが魔力について、どれだけのポテンシャルを持ってるのか。
幼馴染の君が、この学園では一番よく知ってるはずだよね?」
上に向かって声を出す。物は言いよう。ぼく、まだこうやって
力の延長戦でしか魔力、うまく扱えないんだよね。
それでもこうやって、魔力を爆発させるだけで人を吹き飛ばせるのは、
ありえない行使方法って話なんだけど。
「そうでしたそうでした」
ちょっと声が響いて聞こえた。その直後、ヒュっと吹いた風といっしょに、
木の上から飛び降りてきた。
「よっと」
ぼく二人分ぐらいの高さから降りて来たって言うのに、
大した音を立てない辺りはすごいと思う。
「わざとだよね?」
「ん? そうですけど?」
「当然じゃない」みたいな顔して言った、それも頭来る言い方で。
「っああもう、ったく君って奴は」
「はぁい、服持ってきましたんで」
「わ、ちょっと。着せないでよぅ、くすぐったいって」
「あっこの! なんてうらやましいことを!」
「はいっ、完了ですね。うんっ、見事な着衣テクニック。
わたし、侍女とかいけるんじゃないですかね?」
「なにを勝ち誇った声してるんだよ。たしかに見事な手際だったけど」
横にいるので見てみたら、声の通りに勝ち誇った顔してた。
「ふふふん、そうでしょうっ」
「まだ勝ち誇ってるし」
赤いツインテールが誇らしげに揺れてる。
この娘、見た感じ背がちっちゃくって、おっきな藍色の瞳は
クルクル表情がよくかわって、外から見る分にはすごいかわいいんだけど……。
いざかかわると、どこからともなく現れるし元気がありあまってるしで、
印象がただかわいいだけから、うるさかわいいになる。
この騒がしさは、けっこう体力もってかれるんだよね。
「ちぇー、シュバちゃんの生肌しばしおあずけか~」
「で、ぼくがお風呂入ってる時に覗きにくるんだよね、君は」
「そのとーり、正解正解大正解~」
「はぁ。まったく、君はほんとに」
ふっと一息吐いてから、くるっと体を湖に向ける。怖いけど、
ぼくが原因でルカが切りかかって行ったんだから、状況は見ないとね。」
「ええっ!」
びっくりしたのはむりもない。
だって、
「この、貴様、化け物か!」
刀と、
「失礼ですわね。わたくしほどにもなれば、これくらいのこと
造作もございませんわよ」
素手に魔力エンチャント掛け状態でやりあってるんだもんフルールさん。
「刃とぶつかり火花を上げるフルール・エスクリムズの掌。
これは何度見てもしびれますねぇっ!」
「ぼくもああいうこと、できるのかなぁ?」
「もっと魔力の扱いに熟達すれば、シュバちゃんでもできると思うよん。
今はまだまだ、魔力の扱い下手だけど」
「そっか。がんばろ」
刃を受け止める光る手を見ながら、ぼくは一つ頷くのだった。
それにしても。
ーー水に浸かりたいだけなのに、なんでみんな邪魔するかな。
「はぁ。ゆっくりしたいよ」
疲れを取るつもりなのに、また疲れることになっちゃったぼくは、
拮抗する二人を見ながら、ちっちゃく ちっちゃーくぼやくのでした。
***
「はぁ……はぁ……だ、駄目だ。一度たりとも刃が届かなかった」
「あなたの太刀筋、真っ直ぐすぎますもの。
受けることもかわすことも簡単ですわ。たとえ水上であっても」
「……そうか。覚えて置く」
結局。ルカとフルールさんの間で繰り広げられた、
ルカからの一方的な攻撃は、太陽が傾いて空の色が
橙色になるまで続いた。
「ついでですルカさん。ここで汗、洗い流しませんこと?」
前髪を左手で書き上げて言うフルールさんに対して、
カチンと刃を納めると、ルカは首を横に振った。
「外で肌を晒すのは好きじゃない。それに……」
「それに、なんですの?」
「……夜の外。怖い」
ちっちゃく言ったルカだけど、ぼく 聞き取っちゃった。
かわいいとこあるんだ、ルカって。
「あら、かわいい」
なんか、フルールさんの声色が、ちょっと色気を増した気が……。
「平気ですわよ。わたくしたちがいっしょにいてさしあげますから」
「んなぁっ、やめろ。服に手を駆けるなぁ!」
力ない声で抵抗するルカだけど、この人がそんな言葉で止まるなら
こんなに楽なことはない。
「そんな、かわいい声で、顔を真っ赤にして嫌がったところで。やめてなんてあげません」
ほら。すっごい楽しそう。
「いやあぁー!」
恥ずかしいのと怖がってるのがいっしょになったような、
力の抜けたルカの悲鳴に、ぼくたちはつい 笑っちゃったのだった。
「シュバリ! なんとかしてー!」
「あ、あはは……」
苦笑で答えることしかできません。
ーーごめん、ルカ。