水に浸かるのも楽じゃない。前編。
「ルカ。大丈夫?」
青空の下、肌を晒して、ぼくは背中で尋ねる。
「問題ない。たとえなにかいたとしても、我が刀にて斬り捨てる」
ぼくと同じ黒髪黒目の女の子、ルカ・イイハは物静かだけど、ちょっと物騒で。
顎までのぼくの短い髪と違って、肩のところまでの長さで頭の赤いリボンがかわいいんだよね。
ぼくよりちょっと背が低いから、余計かわいらしく見えるのかな?
「いや、切らなくていいから」
苦笑いで答えると、ぼくはゆっくりと足から目の前の湖に浸る。
「運動した後って、やっぱり体冷やしたくなるよね」
首から下を水に沈めて手足を前に伸ばす。ん~、きもちいい~。
運動って言ってもただ動くわけじゃない。
ぼくたちが通ってるこの、魔法の使い方を教える学校であるアリサーナ学園でも、
体術や剣術なんかの訓練もやる。つまり、早い話が訓練後なんだ。
「校内では、お前を狙う生徒たちがいて休まらないからな。
モテ女はつらいな、シュバリ」
学校の裏にある森の湖、こんな近くに水場があって助かってる。
ここ知ってる人少ないからね。
なんかかわいいとかって理由でぼく、シュバリ・コーネットは人気。
それもなんか友達とかそういう雰囲気じゃない人気な感じ。
でも、女子しかいないここでモテてもなぁ。
髪の短さと起伏の無い体付きのせいで、男の子扱いされてるのかも?
「なに? その優しく頭でもなでそうな声?」
笑いを含んで言うと、
「実際問題なでたくてしかたがない」
ってウズウズした感じで言うんだ。
「やめてよね、恥ずかしいんだから」
背中で話してるのに、口とんがらかしちゃったよ。
「ほんとに、かわいいなぁシュバリは」
「君も、他の人達と……同類だよね」
ちょっと呆れながら、手持無沙汰に水中で腕をカエル泳ぎみたいに動かして、
ドプーンっと波紋を作る。
「なにを言う。むりやり好かせようなどと言う邪道なことは考えていない」
「いや、やり方の問題じゃなくて、根本的な価値観の話」
「ずいぶんと大胆ですわね、シュバリちゃん」
正面から服……いや、水着で歩いて来る人を見て、
「フルールさん? いたのっ!」
ぼくはびっくりしてジャバっと立ち上がっちゃった。
岸にいるぼくと違って明らかに歩いて来られる深さじゃないけど、
これは魔法で足場を作ってるからなんだって。
すごいよなぁ。ぼく、こんな風に魔力の応用聞かないんだもん。
って、あ。
「あ、あわわ」
慌てて首から下を水中に沈める。
「ウフフ。この澄んだ水では、潜っていようが出ていようが。あなたの美しい肌はクッキリ見えていますわよ」
フルール・エスクリムズさん。
とっても出っ張って自己主張激しい胸と、
金色の腰まで伸びた長い髪と、意志の強さを感じさせる碧眼。
白い水着が胸に引っ張られてちょっときづらそうな綺麗系のお嬢様。
ぼくじゃ絶対に感じられない感覚だ。
ぼく、平たくて、服が上に引っ張られるなんてことないもん。
だからスカートじゃなくて男の子が着るような、
ズボンタイプの制服着させられてるんだけどね。
フルールさんはかっこもそうだし、
声もさっぱりした中に色っぽさが入ってて、
ちょっとドキドキするんだよね、ぼく。
この人もモテる人だから、こうやってぼくみたいに
騒がしいのから逃げるためにここを使うんだって、
こないだここで会った時に言ってた。
「うぅぅ。気分の問題だよっ気分のっ」
とはいえ、恥ずかしいことを言われれば、そんなドキドキもどっかに行く。
「真っ赤になっちゃって。かわいいですわ」
「完全同意だ、エスクリムズ嬢」
フフって、小さく笑うだけで、フルールさんはルカの言葉を受け止めた。
「そうやって見られて慌てるのは、かわいくて好きなのですけれどね。
シュバリちゃん」
「え、あ。はい」
話を振られて、しどろもどろ。
「あなたは人気者なのですから、わたくしのように
観られることを意識することも、考えた方がいいと思いますわ」
水着を示してだと思うんだけど、自分の重たそうな胸を
左手の人差し指で差して言う。
「そう、なのかな? けど、そんなの疲れちゃうよ」
「そうなんですわよ、本当に。だからこうして、
隙を見てここで休んでいるんですの」
「大変だよね、お互い」
「ええ」
ここについてだけは、ぼく フルールさんと意気が合うんだよね。
「それで、不機嫌そうな顔をしてらっしゃるルカさん」
「なんだ?」
「どうしてそんな近くによくいると言うのに、
シュバリちゃんに触れないんですの?」
「それは。わたしの勝手だろう」
なにかを、我慢してるような言い方。怒ってる、のかな?
「あまり我慢していると、そのうち耐え切れなくなってひどいことしますわよ。
あなたのようなムッツリさんは、そうしないと言う保証はございません」
「く」
なんか、悔しそうルカ。
「こんなにかわいらしいんですもの」
いつのまにかぼくの目の前まで来てたフルールさん。
チャプンっと体を水に沈めて、目線をぼくに合わせた。
「ひっ」
つーっと、左の人差し指で左腕をなぞられて、思わず変な声出た。
「触れなくてはもったいないですわよ、ルカさん」
「いいながら左腕をなでるなぁ!」
くすぐったくって声に力がはいんない。
「恥ずかしがることありませんわ。
わたくしとシュバリちゃんの仲じゃございませんこと」
「そ、そんな仲になった覚え、ないよぅ」
と、鳥肌が……。って言うか、
ちょっと息を多く吐きながら、喋んないでほしいんだけどっ。
ドキドキが戻って来るからっ。
「やめろ、この色魔」
カチャリ。背中で怖い音がする。
「あら。武魔両道、どちらにも長けるわたくしに挑むおつもりですの?
ムッツリ武人さん」
「あの。水着姿で言ってもかっこつかないと思うよ?」
ふぅ、なでるのやめてくれたよ。
「シュバリがいやがっていることを強行し続ける貴様を、許すわけにはいかん」
「手はかけても抜かないんですのね、その刀」
「抜いてもよいならば、遠慮なく抜くが?」
なんか一触即発だー! どうしようどうしようっ!
「ちょ、ちょっと二人とも。やめようよ、こんなところで」
とりあえず宥めてみよう。落ち着いてくれるかなぁ?
「シュバリちゃん。むしろこんなところだからこそ、ですわ」
「そのとおり。こんなところでもなければ、
エスクリムズ嬢とはまともに話もできないからな」
「どうみてもまともに話をするって雰囲気じゃないーっ!」
どっどうしたらいいのぼくはいったいっ!?