弱い犬ほど…?
「「ご馳走様でしたー」」
「お粗末様でした~」
あれだけ用意されていた料理を三人でたいらげる。つっても、大体は俺とヴァイパーが食ったんだけどな。結局ウルは自分の皿によそった分しか食わなかったし。まぁ、元から量を食える方じゃないしな。それに比べたら今日は結構食った方なんじゃないか?
「お皿は俺が洗っとくから、二人は部屋で休んでていいよ~」
「はーい」
返事をするなり、ウルは皿をシンクに置いてさっさと自室へと歩いて行く。
「毎度助かるぜ、ありがとな」
「これくらいお安い御用だよ~」
もはや家事全般はヴァイパーの担当みたいになってるしな。俺とウルは家事とか殆んど出来ないし、ホント助かってる。これはもう、ファミリーのお父さんと言っても過言じゃないな。「俺は縁の下の力持ちだからね~」って自負してるだけの事はある。
さてと、俺も少し部屋でゆっくりしますか。飯食ってすぐに風呂に入る気にはならないしな。
ダイニングを出て階段をのぼる。二階の廊下に出ていつも通りに左に曲がる。
「うわっ!!」
途端にウルの声が聞こえ振り返る。直後にバタンッとウルの部屋のドアが慌ただしく開く。
「ん?」
飛び出してきた人物を見て、思わず困惑の声が出る。その人物は俺の姿を見るなり
「あ…」
と掠れるような声だけを残し、俺から逃げるように窓の方へ走り出す。
「おい待てコラァ!!」
ウルが勢いよく部屋から飛び出し、その人物の後を追う。
え、何この状況。俺全然ついて行けないんだけど。ってか、あの子どう見ても女の子だし…
「リーダー!!なにボサッと突っ立ってんだよ!!早く回り込めっての!!」
えぇ…何これ、俺が怒られるパティーンなの?回り込めって言われてもなぁ…そっちの窓から出て道路に出るには…あぁ、あそこで待機してればいいのか。
「リーダー!!」
「あいよ」
あの女の子は既に窓から飛び降りたのか、姿が見えない。こりゃ急がないとヤバいな。
反対側の窓まで全力で走り、窓の縁に足をかけて飛び降りる。足に衝撃が来ないように上手く着地し、裏門まで走る。いやぁ、まさかこうやって夜に庭を走る事になるとは思わなかったぜ。昼間に庭を走る事もないんだけどな。
ふと、門の向こう側を見る。対向車線には一台の黒い車。これはもしや、あの女の子のお仲間さんか?動く気配ないから可能性は高いし、顔を見とくためにも挨拶するのも悪くないかもしれねぇな。まぁ、それはあの子を捕まえてからでも遅くないか。取りあえず門の前で待機だな。
ポケットからライターを取り出し、煙草に火を付ける。夜闇に浮かぶ白い煙を眺めていると、その向こう側から目当ての子が走ってくるのが見えた。
「え…!?」
その子は俺の姿を見ると目を見開いて足を止める。
「悪いな、お嬢さん。俺らは自分達の縄張りに入った奴を黙って見逃すほど、心の広い奴らじゃないんだ」
「お、久々に聞いたぜ。リーダーらしい発言」
女の子の後を追っていたウルも合流する。ってか、リーダーらしいって何だよ。
その子は俺とウルを交互に見る。恐らく逃げ出す算段を考えてるんだろうが…俺らから姿を眩ますのは難しいと思うぞ?
彼女の動向を観察すると同時に、格好をジッと見る。暗くてよく分からないけど、髪は長くて色は濃い紫色に見える。前髪の一部に、銀色のメッシュが入ってるな。目は少し垂れ目で、淡いピンク色の瞳をしてる。どうやっても争いを好む様には見えないが…人は外見じゃないしな。こればっかりは分からん。
ガシャン
背後で音がして振り返る。門の上に一人の男がいるのが見えた。おいおい、鍵が開かないからってよじ登ったのかよ。なんちゅう行動力だ。
「あ…レオさんだ」
闇にさぁっと消え入る程小さな声。…もうちょい声張ろうぜ。そのまま存在ごと消えちゃうんじゃないかって、いらない心配しちゃうから。
「シーナ生きてるー?」
「生きてまーす…」
あ、この子シーナって言うんだ。ってか、そんなポンポンと名前晒しちゃって大丈夫?
「もうちょい声張って!」
レオと呼ばれた男は笑いながら言う。お仲間さんにも言われちゃってんじゃん。
「これ以上は無理…」
「上限低すぎ」
…このレオって奴、ツボ浅いのか?なんかずっと笑ってる様な気がするんだけど。これ絶対文字にしたら語尾に草とか生やしてるやつだって。
「リーダー、どうする?」
コソッとウルが耳打ちをしてくる。あいつらは今すぐ戦闘する気はなさそうだし、そんな奴を相手に戦うのは得策じゃないことくらいウルも分かってるだろう。個人的には逃げられる前に奴らの情報を掴んでおきたいところだ。シーナの相手はウルに任せて、俺はレオの方を何とかするか。
「女の子の方を頼んだ」
「おう、任せろ!」
ウルはグッドサインを作ってみせる。俺は門の上に視線を移す。それにしても、夜空によく映える金髪だなぁ。瞳も金色か、こりゃすげぇ。髪型とかはチャラく見えんのにしっかりとスーツ着こなしてるから真面目に見える、不思議。白スーツだったらホストとかにいそうだ。
「おーい、いつまでそこに居る気だ?」
「いつって、そりゃシーナを帰してくれるまでに決まってんじゃん。何言ってんのお前」
うん、だろうな。そうだろうとは思ってたけども。
「口悪いなぁ…」
「これは元からだし、諦めろ」
しかも笑いながら言うもんだから、なお質が悪い。もうちょい真面目に喋ってくんないかなぁ。
「君達はここに何をしに来たんだ?俺達に何か用があって来たんだろ?」
「別に、特に用とかないけど」
いや、ないんかい。
「じゃあ何しに来たんだよ…」
「遊びに来た」
「意味分かんねぇよ」
「フッ、ハハハハハッ!確かに」
いやいや、確かに、じゃないんだよ。何で全く用のない奴のところに遊びに来るんだよ、おかしいだろ。
「もう呆れて物も言えねぇわ…」
「ひでぇ」
だから笑いながら喋るなって…
「ってか、地味に名乗り忘れてた」
お、そうだな。名乗りくらいは真面目に言ってくれよ?
「『コヨーテファミリー』の一人、いじりの達人こと、レオです」
とんでもない異名だなぁおい。何だいじりの達人って。
それにしても、『コヨーテファミリー』か…聞いた事ないな。最近出来たファミリーか?
「あと、煽りのプロとも呼ばれてる」
ロクでもねぇじゃねぇか。
「君は人の精神を荒ませるのが得意なのか…」
「いや、俺に限らず皆得意だけど」
マジかよ。相手にするの萎えるんだけど。
「で?お前誰?」
聞き方、もうちょい何とかならないのかよ…。どいつもこいつも直球過ぎるんだよなぁ。
「俺?俺はここ、『ケルベロスファミリー』のリーダーをやってるガムザだ」
「お前がリーダー?」
「一応な」
「へぇー」
うわぁ、興味なさそう。折角名乗ったんだからもうちょい興味持ってよ。
「ってかケルベロスとコヨーテとか犬同士じゃん」
確かに、言われてみればそうかもしれない。
「犬同士仲良くしようぜ」
そうくるか。
「悪いが、俺らは他とじゃれ合う気はないんでねぇ。お断りさせてもらうよ」
「ふーん、あっそ」
奴はスッと目を細める。一瞬にして空気がピンッと張った。おっと、これは少しマズイかもしれないぞ。
その予感が的中し、レオはガンベルトからハンドガンを取り出し銃口をこちらに向ける。俺は素早く近くにあった木の裏に隠れ、ガンベルトからリボルバーを取り出す。
「チッ、逃げ足早すぎだろ」
逃げ足だけは自信あるぜ。今日も鍛えてきたしな。
ふと、ウルの方を見ると、やはり向こうも険悪な状態になっているようで、二人共臨戦態勢をとっている。ウルはマシンガンを構え、シーナは小銃を構えているが、どちらも動こうとはしない。相手の出方を互いに探っているせいだろう。
カサッと木の陰から音が聞こえる。視線を落とすと、そこには緑色の太いホース…もとい、エミリーが何かを咥えて行ったり来たりしていた。
エミリーがここにいるという事は…よし、何とか銃撃戦を繰り広げなくて済むぞ。
木の陰からチラッと顔を出して様子を伺う。
「いつまで門の上にいるつもりだ?さっさとこっちに降りて来いよ」
「そっちに降りたら俺帰れなくなるじゃん、馬鹿じゃないの?」
「それなら道路側に降りればいいだろ?」
「そうしたら上手く狙えなくなるだろ」
ふむ、それもそうだな。
「でも、そのままそこにいていいのか?」
「は?」
「そろそろ移動しないと、大変なことになると思うぞ」
「どういう意味だよ」
彼は含み笑いで言う。
「こ~いう意味だよ」
「!?」
レオの首元にワイヤーが張られる。辺りにはいつの間にやら、蜘蛛の巣の様にワイヤーが張り巡らされていた。
「いつの間に…!?」
これにはシーナも驚きを隠せないようだ。いやぁ、流石ヴァイパーだな。仕事が鮮やかすぎるぜ。
「いや~、ビックリしたよね~。お皿洗い終わったーと思ったら、庭をお散歩してた筈のエミリーさんがいっそいで戻って来るからさ~。慌てて来てみたら知らない子が二人もいるじゃん?これは俺が何とかするしかないって思ってさ~」
成程な、そういう経緯があったのか。まぁ、何はともあれ…
「ヴァイパー、ナイス」
ウルもうんうんと頷く。
「お礼ならエミリーさんに言ってよ~」
当のエミリーはと言うと、俺の足元でワイヤーの端を咥えて次の指示を待っている。
「ありがとな」
そう言葉を投げかけると、エミリーはコクッと小さく頷いた。あんまり気を散らしちゃ悪いな、声をかけるのもこの辺にしておこう。
「さ~て、どうする~?俺ら三人が揃うと結構厄介だよ~?」
「お前らんとこの情報を吐いてくれんなら、今回は見逃してやらんこともないぞ!」
ふんっ、とウルがふんぞり返る。なんでお前が偉そうなんだよ…いや別にいいけどな?偉そうにしてようが縮こまってようが自由だし。ただまぁ、その…よく言うじゃん?弱い犬ほどよく吠えるって。何の偶然なんだかファミリー名が犬同士だし、あんまし偉そうに吠えてると…な?弱いって舐められてデカい態度されても困るじゃん?
「…仕方ねぇ、そういう事なら教えてやるよ」
おぉ、結構素直だな。もうちょい頑なに口を開かないかと思ったぜ。
「俺らは四人で活動してる。メンバーは俺とシーナとセリナと、それからリーダーのカニスだ」
名前的に、もう一人女の子混じってんな。
「カニスさんは、ここら一帯のファミリーを屈服させて服従させるとかなんとか言ってた」
結構血の気の多そうなリーダーだなぁ。俺とは馬が合わなそうだ。
「俺達のとこのリーダーは自由人で気が短いからな。精々噛み付かれない様に気を付けろよ」
フッとレオは口角を上げる。
「肝に銘じとくわ」
俺はヴァイパーにワイヤーを解くように指示を出す。するとエミリーが咥えていたワイヤーを離し、ヴァイパーはあれほど複雑に張られていたワイヤーをいとも容易く巻き取っていく。流石、慣れてんなぁ。
レオはシーナを連れて敷地を出ていく。次に会った時は覚えてろよ、との一言を貰ったよ。いやぁ、怖い怖い。最近の若者は威勢がいいねぇ。お前も最近の若者だろ!とかいう野次が飛んで来そうな気がするけど全力でスルーだ。