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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

鬼と人の物語

作者: シン


 その鬼はきっと、何かが欲しかった・・・。自分には無い・・・何かが・・・



 いつからだろうか。自分がこんなにも強くなったのは

 いつからだろうか。周りから恐れられるようになったのは

 いつからだろうか。涙など流さなくなったのは

 いつから・・・いつから・・・


「なんともまぁ・・・よくわかんない夢を見たもんだねぇ・・・」


 そんな少女の呟きは、誰に聞こえるでもなく消えていき、何事も無い朝が始まる。寝ぼけ眼をこすっても、見えてくるのはいつもの見慣れた自分の部屋。さして何かあるわけでもない。特に予定だって無い。毎日毎日、気ままな日々を送るばかり。


「いつから・・・か・・・。ったく・・・やなこと思い出しちゃったじゃんか・・・」


 それは眠気からか、はたまた夢のせいなのか。目を細める少女の顔は、いつもより険しく見える。だが、いつまでもこうしているのも面白いわけでもない。まだ眠気の残る体に鞭を打って、布団から出る少女。


「さぁて・・・と、今日はどうしよっかな〜。昨日は屋根の上で一日飲んでて、その前は遊びに来た魔理紗と軽く弾幕ごっこ。その前は〜・・・なんだっけか?まぁいっか」


 身体を伸ばし、しばしば思案に耽る。それも束の間に、部屋を出て家の家主を探す。何を隠そう少女はただの居候であり、体よく言えば空いてる部屋を借りてるだけ。悪く言えばただのごく潰しである。そんな生活をしていられるのも、彼女の力と、家主の性格によるものなのだが、これに関しては割愛。


「お〜い、れいむ〜。おなかすいた〜」

「なんでおはようよりも先にそれが出てくんのよ」

「あ、おはよう」

「取って付けたように言わんでもいい」


 そんないつものような挨拶から始まる。居間におかれたちゃぶ台につき、ごろごろとその場に寝転がる。だらしないなんて注意されてもおかまいなしに、思う存分にだらける。ご飯が運ばれてくれば体を起こし、いただきますと一言告げて食べ始める。家主の少女は呆れて物も言えぬといった顔。


「っふ〜。食った食った〜。ごちそうさま〜」

「はいはい、お粗末さまでした。あぁそうだ。萃香?今日は何か予定はあったかしら?」

「うっ・・・な、なんかあったかもしれないかな〜?」

「そう、無いのね。だったら人里までちょっと買い物に行って来てくれないかしら?」

「うう〜・・・分かったよ。行けばいいんでしょ?行けば」


 彼女は知っているのだ。こういう時、駄々をこねても良いことは無い。運が良くて晩御飯抜き、最悪の場合、数日間寝床ごと取り上げられてしまうかもしれない。しぶしぶではあるものの、今日の予定は決まってしまった。


「人里に来たのは・・・え〜っと・・・2週間ぶりくらいか。まぁ流石に2週間なんかじゃ何も変わんないよね」

「おや、萃香ちゃんじゃないか。今日も霊夢さんからのおつかいかい?」

「そうなんだよ〜。嫌だって言ったら霊夢ったらすぐ『晩ご飯抜きよ』って言うんだもん。ひどいよね〜」

「はっはっはっ。泣く子も黙る鬼も、空腹には勝てないってか。お腹空いたから俺達を食べないでくれよ?」

「そりゃあそん時の腹の虫しだいだねぇ。何かごちそうしてくれたら、考えたげるよ」


 幾度も来た人の里。もはや彼女を異形だと避ける人などいないだろう。それほどまでに彼女は長く、そして密接にこの里に、そしてこの世界に関わってきたのだ。近くて遠い、そんな存在として。


「おばちゃ〜ん。これとこれちょうだいな」

「あいよ。いつもあんがとね。これはおまけだよ」

「お?いいのかい?あんがとね!こりゃあまた買いに来なくっちゃね」

「分かってるじゃないのさ。またおいでね!」


 どこの世界にもあるような日常的な風景。だが、この世界はその当たり前が突然崩れる日がある。これもまた、この世界にとっては少し違う当たり前なのかもしれないが。


「妖怪だーー!!慧音先生を呼べーー!!」

「女や子供達を早く非難させろ!!」

「まだ距離はあるから慌てて怪我するんじゃないぞ!」


 鳴り響く半鐘の音。慌てふためきながらも冷静に逃げる里の人間達。この世界に住む妖怪は、何も少女のように共存している者だけではない。人間を食料としている妖怪だってやはりいるのだ。


「ぐるるるるる・・・」

「ひっ・・・!や、やだ・・・」

「がぁぁぁぁう!!」

「ひぃっ!!」

「ったく、慧音ってば何やってんだか」

「へ・・・?」


 逃げ遅れ、涙を流す少年の前に立ち、人狼といった風貌の妖怪の頭を鷲掴みにする少女。体格だけなら明らかに妖怪の方が大きいにも関わらず、その立ち姿は美しくもあり、どこか恐ろしくもあるような。だけど、それらと違い、何か・・・悲しさのようなものを感じるような・・・。少年はただ呆然と、その少女を見ていた。


「いやぁ、本当に助かった!少し寺子屋を離れていたもので、気付くのが遅れてしまったんだ」

「まぁ、そんな日もあるよね。何事もなくてよかったってもんさ」

「それで、その妖怪はもう退治したのか?」

「いんや、もう人を襲うんじゃないぞって脅して逃がしてやったよ。命まで奪うことも無いかなってね」

「相変わらずだな。まぁいい。今回は本当に助けられた。ほら、お前も」

「あ、あの・・・ありがとう」

「ん。ちゃんとお礼が言えていい子だ」

「あ・・・」


 頭を撫でられ、恥ずかしくも嬉しく、頬を赤らめる少年。その少女の笑顔は、先ほどまでの影はなく、太陽のような笑顔であった。そして、用も済ませた少女が少年に背を向け、家路へとつこうとする。その後姿を見て少年は意を決して伝える。


「あ、あの!!」

「ん?なんだい?」

「そ、その・・・す、好きです!!僕とお付き合いを・・・」

「あっはっはっはっ!!!!」

「へ・・・?」

「面白いこと言うねぇぼうや。これでも私は何百年以上も生きてる鬼なんだ。この角が見えないかい?」

「み、見えます・・・。で、でも僕!!」

「おっと、そこまでだよ。何にも知らない子供がそれ以上言うんじゃないよ。それは私に対する侮辱だ」

「う・・・」


 有無を言わせない少女の言葉に少年は言葉を止める。自分にだって相応の決意や覚悟はあった。でも、それを頭ごなしに否定されてしまったのだ。だが、その苛立ちよりも、その少年が口を閉ざしたのには、その少女の表情に理由があった。


「ごめん・・・なさい・・・」

「いいんだよ。こっちも強く言い過ぎちゃったね」

「はぁ・・・萃香。この子も悪気はないんだ。それだけは分かってやってくれよ」

「なぁに言ってんのさ。所詮子供の戯言さ。大きくなりゃ、忘れてる話だよ」


 じゃあね。と後ろ手を振りながら背を向けて歩く少女。いつもと変わらないその姿に安心する女性とは違い。少年はずっと考えていた。どうしてあの少女は、あんなにも悲しそうだったのかと・・・。


「な〜んて事があってね〜。今日は散々だよほんと」

「好かれるのなんていい事じゃない」

「そりゃあ悪い気はしないさ。だからって、はいそうですかって言えるわけないじゃん」

「なんだよ〜。子供っぽいのは嫌いか?なら里の自警団くらいからだったらどうだ?」

「そういう意味じゃないってば」


 家に帰り、家主と遊びに来ていた魔法使いの少女に村での出来事を伝える少女。どこか面白そうに聞く二人に対し、少女は少し不機嫌そうに見える。


「もう、単なる冗談じゃないの。他にもなんかあったわけ?」

「いや、今日はそれだけだよ」

「今日は・・・か。昔に同じようなことがあったとか?」

「さぁて、どうだったかな」

「あら?忘れちゃったのかしら?だったら私が話してあげるけど?」


 話に割って入ったのは、空に浮かんだ歪みから顔を出す女性であった。にわかに焦りだす少女を無視し、その女性は話をしようとするも、少女から飛んでくる石に止められ、しぶしぶとその口を閉じる。


「もう〜別にいいじゃないの〜」

「うっさい!!人の話そうとしてないことを勝手に言おうとしといて!!」

「人じゃなくて鬼なんだぜ」

「すぐに謝るか拳骨一回か選ばせてあげるよ?」

「わ、悪かったんだぜ・・・」

「で、結局昔に何があったのよ。ここまでしといて言わないなんて無いでしょ?」

「うう〜・・・あんまり面白い話でも無いしなぁ・・・」

「あら、話さないんだったら私が・・・」

「だぁ〜もう!!話すよ!!話せばいいんだろ!!」


 やけを起こしたように観念する少女。さて、と一息つき、少女自身も思い出す。どこから話したもんかな。などとありきたりな言葉とともに、その意識は少しずつ、自分の昔の姿へと戻っていく。語る者などもはや途絶えたような、そんな昔の姿へと・・・。



 数百年という昔。それはまだ、この世界が出来て少し経とうかという頃の話。この世界に流れ着いた人々が、この世界での生活に慣れ始めたかといった頃。まだ秩序らしい秩序もなく、まさしく自由な暮らしといったものだった。だが、今と変わらないのは、人間を襲う妖怪が存在しているということであった。


「おーい!そっちの木ぃ持ってきてくれー!」

「おーぅ!あ、こら!この辺りで遊ぶんじゃない!怪我すっぞ!」

「えっへへ〜!知らないよ〜だ!」

「ったく、ガキは自由でうらやましいぜ」

「俺達がジジイになった時にせいぜい返してもらおうぜ。さぁ!もう一踏ん張りだ!」


 村の男達が総出で建物を新たに作っている。今の里と違い、その規模はまだまだ小さなものだが、十分に人里と呼べるほどの規模にはなりつつあった。そんな姿を、少し離れた・・・といっても、人間では遠くて見えないような場所から見る今と変わらぬ少女の姿があった。


「大変だねぇ、人間ってのは・・・。あぁでもしなくっちゃ生きていけないんだものね」


 それは我関せずと言った投げやりな言葉。まだ人々とあまり関わりを持っていない頃の少女にとって、その健気な努力を褒めるでも嘲笑うでもなく、ただ何も考えず眺めていた。


「妖怪の力ならあのくらいの建物、壊すなんて簡単なんだけどね。言ったところでどうしようも無いんだけどさ」


 少女は知っている。人間と妖怪の力の差というものを。何の力も持たない人間がいくら束になろうと、たった一匹の妖怪にだって勝てやしない。もちろん、人を襲わない妖怪ならばいいが、それが人を襲う妖怪であった場合、勝てないということはそのまま死に繋がるのだ。


「それでも生きるために・・・か・・・。なんだかねぇ・・・」


 生まれたからにはその生を全うする。人間全てに与えられた使命とも言えるもの。たとえそれがどれだけ理不尽だろうと・・・。自分でも馬鹿みたいだなんて思いながら、少女はまたその姿を眺める。だが、自分の後ろの茂みからガサガサと音がするのに気付き、視線をそちらへと向ける。


「お?や〜っと開けたとこに出たか。ここまで妖怪とも出くわさなかったし、ここら近くまで村を広げるのも・・・って、あら、先客がいらっしゃったか」

「こんなところに人間だなんて珍しい。迷子ってこともないだろうに、どうしたんだい?」

「いやぁ、子供が増えて少し村が手狭になってね。住める場所を増やそうと探していて、ようやくいい場所だと思ったんだが、鬼の住処だとは知らなかった。邪魔して悪かったね」

「ふ〜ん・・・人間の割には鬼に怖気づいたりしないんだねぇ」

「な〜に、開き直って諦めてるだけさ。元々いつ妖怪に襲われるか分かったもんじゃないんだ。それならいっそ、堂々と死んでやろうってね」


 男の顔は清々しいほどの笑顔であった。こいつは今までの人間とは違う。少女はにやりと口角を上げ、その男へと近付いていく。男の方からも近付いていく。まるでかって知ったる友人と会うかのような気軽な足取りで。


「あんた面白いねぇ。じゃあ、私が今すぐここから立ち去らなきゃ殺しちゃうぞって言ったらどうするんだい?」

「そりゃあ立ち去るさ」

「ありゃ?やっぱり命は惜しいのかい?」

「あぁ、違う違う。いや、それも少しはあるかな?でも、一番はあんたが俺のせいで機嫌が悪くなるのが申し訳なくてね」

「ぷっ・・・あっははははははは!!面白い!!面白いよあんた!!!」

「お?機嫌よくしてくれたかな?これで一安心だ」


 それから少女と男は時間を忘れて話していた。時には男の話を、時には少女の話を、お互いがお互いに聞きあっていた。1日と経たぬ間に、少女と男は十年来の友人のように仲良くなっていた。少女自身も、このことに驚いていた。


「あっはっは!そりゃ傑作だ!っと・・・もう日が暮れそうだな。こっからだと村に帰るのも2時間ってとこだし、村に着く頃にゃ夜になってるな」

「おっと、楽しくってつい時間を忘れちまってたよ。良かったら村まで送っていこうか?」

「なぁに、大丈夫だよ。それに、言っただろう?襲われる時は襲われるんだ。覚悟なんてとうに出来てるよ」

「あんた・・・」


 何故だか分からない。仲良くなったとはいえ、たかだか一人の人間の命。どうしてこんなにも気にかかってしまうのか。会った時と変わらない笑顔で、もしまた会うことがあれば、などと言いながら背を向け、森の中へと消えていく背中を見つめる。

 これも一時のものだろう・・・そう思い少女も背中を向け、歩き始める。だが、その瞬間に何か、とてつもない悪寒に駆られる。すぐさま踵を返し森の中へと入り、その中を突き進む。果たしてその先で見たのは、犬のような妖怪にのしかかられ、今にも食われるかといった男の姿だった。その男の表情は・・・笑顔だった・・・。少女は迷わずにその妖怪を吹き飛ばし。男を見やる。


「おや、さっきぶりだね。道にでも迷ったの・・・」

「なんですぐに助けを呼ばないんだよ!!私ならすぐにでも来れた!!すぐに助けられたよ!!」

「呼ばなくったってこうして助けてくれたじゃないか」

「それは何か嫌な予感がしたからで・・・でも!もしそれが無かったとしたらあんたは!」

「あぁ、間違いなく死んでただろうね」

「っ!!そんなに死にたいんだったら今すぐ私がこの手で殺してやろうか!!」

「悪かったよ・・・怒らせるつもりは無かったんだ・・・。だけど、これが俺なんだよ。さっきはああ言ったけど、少し違う。生きるのを諦めてるんじゃない。自分として、生きていたいだけなんだ」


 さっきまで飄々とした顔もどこへやら、さっきまでは見えなかったとても真剣な表情の男。その顔は、決して全てを諦めたものではなく、何か・・・とても固い決意のようなものが見受けられた。少女はその表情を見たときに気付いてしまった。自分が、この男に惚れてしまっているのだと。出会ってまだ時間も短いだとか、お互いのことをまだ全然知らないだとか、そんなことは小さなことだと思えるほどに、その小さな少女は、その男に惹かれてしまっていた。


「分かった・・・もうあんたのすることにとやかく言わないよ・・・。ただ、それならあんたは私のすることにもとやかく言えないってことだね」

「まぁそうなるなぁ。なんだ?それを口実に送ってってくれるのかい?」

「まぁ似たようなもんさ。さ、行こうか!」


 短絡的だと言われようと、少女はその気持ちを抑えられそうに無かった。何故かは分からない。だが、これだけは分かった。この男こそが、今の自分に必要なんだと。


「いやぁ、助かったよ。まさか4回も襲われるだなんてな」

「あんた・・・私と一緒じゃなかったら絶対死んでたよ・・・」

「そんときゃそんときだよ。それに、今こうして守ってもらって生きてるんだ。それでいいじゃねぇか」

「はぁ・・・どうしてこんなのを・・・」

「ん?どうかしたか?」

「いんや、なんでもないよ」


 自分の事ながらやれやれと首を振る少女だったが、それも束の間、ようやく男の村に到着したのだ。そこは先ほど見ていた村とはまた違い、こちらはそれよりかなり小さく、人間の数も50に足りないかといったくらいだろう。


「おお!帰ったか!って、おい待て!!その子供みたいなのひょっとして!!」

「あぁ、鬼だな。それがよぉ、この子に命助けられて、挙げ句ここまで送ってもらったんだよ。危うく死ぬとこだったぜ」

「だ、だからって村に入れるだなんて言うなよ!?もしかしたらお前を助けたのも、村に来て全員食うのが狙いかもなんだし」

「まぁ・・・そうだな。そんときゃ皆俺と一緒に食われてくれや」

「なっ!!んっ!!ああああ!!この馬鹿やろうが!!」

「あっははははは!!やっぱりあんたといると飽きないよ!!」


 この頃はまだ、妖怪と人間との間には大きな溝があった。人間からすれば、妖怪とは人間を襲うもの。もちろんそれだけではないだろうが、彼らにはその違いが分からないのだ。だが、不思議なことに、少女はその村へと迎え入れられた。もちろん相応に警戒はされたし、恐れて近付かない者の方が多い。それでも、何故か皆、出て行けとは言わなかったのだった。


「ここの人間は、ずいぶんとお人よしなんだねぇ」

「そうかい?まぁ、鬼が相手じゃ口で勝てても最後にゃ負けるんだ。それなら最初から何もしないってことなんじゃないかねぇ」

「んなことしないってのに・・・。ま、迎え入れてもらえただけでも十分なんだけどね」

「そうそう。わざわざ村の中まで来なくたって、入り口まででも十分だったんだぞ?まだ何か用があったか?」

「あぁ、とっても個人的な用がね」


 にんまりとした表情で笑う少女を、少し訝しみながらも、考えても仕方ないか、などと思いながら歩く男。周りの人間達は、なんでこの男はこんなにも当たり前のようにあの鬼と一緒にいるのだと思っているが、これに関しては当の本人が一番よく分かっていないだろう。そうこうしてる間に、男の家に辿りついた。


「へぇ〜、ここがあんたの家かい。なんとまぁ・・・急ごしらえって感じだねぇ」

「そりゃあそのとおり急ごしらえだからな。で、そろそろ用事ってのを聞こうか?わざわざこんなとこまで来たんだ、俺に関する事なんだろ?」

「感がいいじゃないか。その通りだよ。私、今日からここに住むことにするから」

「ここにねぇ・・・つっても、他の連中が納得するかわかんねぇし、何より今は空いてる家だってねぇしなぁ・・・」

「何言ってんだい。私は『ここに』住むって言ったんだよ」

「ここって・・・俺の家か!?お前!送ってやった礼に家を寄越せってのか!?」

「だぁぁもぉ!!なんで分かんないかなぁ!!一緒に住むって言ってんだよ!!あんたと!!」


 そこから10分に渡り言い合いは続いた。やれ唐突過ぎるだの、やれ助けてやった恩だの。村人たちも興味深げにそのやり取りを見ていたが、どうなったかというと・・・


「んじゃ、そういうことで!これからよろしくな!」

「あぁ、はいはい。分かったよ。ったく・・・どうしてこうなったことやら・・・」

「そんなこと言ってぇ。こんな可愛い子が一緒に住むって言ってるんだ。嬉しいもんだろう?」

「そりゃあ嬉しいさ。お前がいてくれりゃ命の心配が限りなく減るからな」

「鬼相手に言うじゃないか。それでこそだねぇ」

「どういたしまして。さ、もう夜も遅いんだ、飯食ってさっさと寝るぞ。ほら、お前らも散った散った。別に寝てる間に食われたりなんざしねぇから」


 その言葉を聞き、安心こそしないものの、皆自分の家へと帰っていく。少女もさぁて飯だと喜び勇んで新しく我が家となった家へと入っていく。


「はぁ・・・人の気もしらねぇで・・・」


 空を見上げながら呟いた男の独り言は誰にも届かなかった。その時の男の顔が少し赤らんでいたのは、夜風の冷たさだったのか。それは彼のみぞ知ることなのだろう。



 そこからの日々は、新しくも平凡なものであった。時には家の中で語らい。時には新たな地を求めて共に歩き。時には村の者達との交友を深めた。

 村人達も、最初の数日はやはり上手くは馴染めなかった。だが、その最初の一歩を踏み出したのは、年端も行かぬ子供達であった。『遊ぼう』という無邪気な一言が、その少女と、村人達との間に、道を作ったのだった。


 今や少女は村の人気者であり、村の守り神のような存在であった。少女もまた、こうして直接触れ合うことで、人間の良さというものがもっといろいろあるのだと、改めて認識することができた。そして、男への想いが強まっているのも・・・。



 月日は流れ、少女と男が出会ってから、1年が経った。いつも同じような毎日でありながらも、少女はその毎日がとても新しく思え、とても充実した時を過ごしていると実感していた。


「さてと、もう夕方かぁ・・・」

「時間が経つのは早いねぇ・・・今日の晩御飯はなんだい?」

「おっと、こんな時間からで悪いけど、少し出かけなきゃいけないんだ。まだこの辺も物騒だし、一緒に来てくれないか?」

「ええ〜・・・ご飯先に食べようよ〜」

「まぁどっちが先でもいいんだけども・・・ま、今日くらいはわがまま聞いてやりますかね」

「えへへ〜」


 今日もまたいつもと変わらないまま終わるかと思いきや、男が突然言い出した言葉。だが、少女は特に不審に思うこともなく、食事を終え、男の警護も兼ねて一緒に森の中へと入っていく。もはや見慣れた森の小道を歩き、いつものようにだらだらと話しながら先を行く。


「あっはは!!っと・・・ところでさぁ。こんな時間にわざわざ森の中にだなんて、どうしたんだい?」

「急に話題を変えてきたな。ま、もうすぐ着くから、すぐに分かるさ」

「もうすぐって・・・もう2時間くらい歩いてる気がするんだけど?」

「そりゃあそんくらいの距離だからな・・・っと、言ってる間にようやくの到着かな?」

「え・・・?ここって・・・」


 森の小道を抜け、少女が目にしたのは、かつて自分がいた場所。かつて、この男と出会った場所。かつて、自分の全てが動いた場所であった。


「お、今日は先客がいなくて何よりだな」

「なんで・・・」

「気付いて無かったか?今日は、俺とお前が出会ってちょうど1年の記念日だよ」

「あ・・・」

「どうせだったら、この出会った場所で一緒に話でもって思ったんだが、お気に召さなかったかな?」

「っふふ・・・ふふっ・・・あはは・・・あっはははは!!!もう!!なんでそういう大事なこと先に言っとかないかなぁ!!」

「お前のそんな顔が見たかったからだよ。作戦大成功!ってな?」


 いたずらに成功した子供のような笑みを浮かべる男。今までに無かった人間との触れ合い。そして、この男の存在が、こんなにも自分の中で大きくなるなんて思いもしなかっただろう。そう、それこそ、1年という時が経ったことにすら気付かないほどに。


「ったく・・・ほんっと。短い1年だったよ」

「あぁ、ほんとに、いろいろあったもんだな」

「最初はどうなるか心配だったんだけどね」

「そうか?心配してたのはこっちだけで、そっちは周りなんざ知ったこっちゃねぇって感じだったじゃねぇか」

「そりゃあそんな心配表に出したりしないさ」

「あのなぁ・・・」


 そんな他愛の無いやり取り・・・。いつまでもいつまでも・・・こんな風に続けていたい・・・。少女はそんな風に考えていた・・・。


「ほんと、いろんなことがあったよなぁ」

「うん」

「俺が作ってる飯、美味いか?」

「うん」

「あの村にやつらのこと、好きか?」

「うん」

「俺はそれ以上にお前が好きだ」

「うん・・・へ?」


 突然の言葉に、少女の思考は停止した。


「好きだ。大好きだ。最初、初めてここで出会った時からずっと。見た目だとか、仲良くなったからなんかじゃない。お前の中にある、何かに惹かれたんだ」

「ちょ!!ちょっと待って!!!え!?何!!?今、私・・・えぇぇ!?」

「お前が助けてくれたとき、心底嬉しかった。お前が一緒に村に来てくれたとき、心から楽しかった。お前が俺の家に住むのが決まったとき、叫びたいくらいだった」

「な!!ちょ!!あの・・・!」

「この過ごした1年、本当に幸せだった。いつ死んだって仕方ない。その覚悟が揺らんじまうくらいに、お前との日々は幸せだった。本当に・・・本当に」

「あ・・・うぅ・・・」

「だから、今、お前に決めて欲しいんだ。今日、この場をもって俺のもとを去るか。俺の手を取り、ここから先も共に歩んでくれるか。」


 そう言って男は少女の前に自らの手を差し出す。未だに困惑する少女は、ゆっくりと顔を上にあげ、男の顔を見る。その顔は、いつもの飄々とした顔ではなく、あの時の、自分が惚れていると気付いたときの、あの顔であった。その顔は赤みがかっており、自分は今、それの数倍は赤くなっているのだろうと、そう思えば思うほどに、恥ずかしさが募っていた。そして、数秒の後、少女はその出された手に、自らの手を重ねた。


「約束・・・してくれるか・・・?」

「何をだ?」

「ずっと・・・ずっとそばにいるって・・・ずっと一緒にいるって!!!約束・・・してくれるか・・・?」

「あぁ・・・お前が望む限り、俺は遠くに行ったりしない。だから、俺からも一つ、約束してほしい」

「・・・なんだ・・・?」

「もう二度と・・・俺の前で、涙を流さないで欲しい・・・。俺が見たいのは泣き顔なんかじゃない。お前の笑顔なんだからな・・・約束、してくれるか?」

「あぁ・・・あぁ!もう泣かない!お前が見てくれてる限り、絶対に!!」


 そして二人はその手を取り合う。出会いの場所で交わされた小さな約束。一陣の風が吹き、今が夜であったことを思い出す。どちらからともなく、帰ろうと言葉にする。並んで歩く二人を照らす月明かりは、姿の違う二つの影を描いていた。



 それからの日々は、二人にとって、この1年以上に幸せなものであった。常に笑顔が溢れ、時には意見がぶつかったりもしたが、決して二人が離れることは無かった。村の人々も、そんな二人を祝福し、暖かく見守った。こんな日々がずっと・・・少女はそう思っていた・・・。



 人間と妖怪の違い・・・。見た目、身体能力、食料、適応力・・・。他にもいくつか挙げられるが、一番の違いとは何かと言われれば、誰しもが同じ答えを出すであろう。


 そう・・・寿命だ・・・。



 二人の想いが通じ合ってから、幾年かが過ぎた。村はかつてよりも大きくなり、子供だった者達は、青年と呼ばれるほどの年となっていた。だが、その中でも一人、少女はその時のままの姿であった・・・。

 少女自身も気付いている。自分は鬼、他の者は人。こうなることは分かっていたのだ。だが、何故だか分からないが、無性にさびしくなってしまうのをとめる術を持たなかった・・・。


「なぁ・・・」

「ん?どした?」

「私が鬼なのは分かってるよな?」

「あぁ、それがどうかしたか?」

「鬼の寿命って、どのくらいだと思う?」

「さぁなぁ・・・とりあえず分かるのは、人間よりは遥かに長いってことくらいか」

「そう、あんた達人間よりも数倍・・・十数倍は長いよ・・・そう・・・長すぎるんだよ・・・」


 その真実が、少女の顔に影を落とす・・・。長すぎる寿命の差・・・。それは、自身のこれからの人生と比べ、遠くない先に、彼を失うということに他ならなかった。


「私さ・・・耐えられそうに・・・ないよ・・・あんたがいなくなってからの人生に・・・あれ?鬼だから鬼生かな?はは・・・どっちでもいいか」

「お前・・・」

「だから・・・さ・・・。ダメかな・・・?もしもあんたが先に逝った時は・・・私も一緒に・・・」

「ふざけんな!!!」

「っ!!」


 少女の言葉を遮るように、男の怒号が家の中に響く。突然の大声に驚きながらも、男を見やる少女。その男の顔は、今まで見たことも無いほどの怒りに満ちていた。


「確かに、お前と出会う前、半ば命を諦めていた俺が言うのもおかしな話かもしれない。だけどな、俺はそんな命をお前に助けられたからこそ、命のありがたみを知っちまったんだ!!それをまだ半分どころか4分の1も終わっても無いのに捨てるだぁ!?ふざんけんじゃねぇぞ!!」

「っ!!でも!私からすればそんな残りの人生にはなんの意味もないんだよ!!それくらいに、あんたの存在は私の中で大きなものなんだよ!!今まで長く過ごしてきた中で、あんたと過ごしたこの日々が、それまでの全てを捨ててでも代えられないほどに!!!」

「俺だってそうだ!!お前と出会ってからの日々は輝いてたよ!!毎日が楽しいし、こんな喧嘩してる今だってだ!!でもな、だからってそれだけはやっちゃいけねぇんだよ!!俺はお前に、そんなこと望んじゃいないんだよ!!」

「どうして分かってくれないんだよ!!!今の私にはあんたが全てなんだよ!!あんたがいなくなった世界になんてなんの未練も無い!!だから!!」

「お前に生きたい理由がなくても俺には生きて欲しい理由があるんだよ!!」

「なんだってのさ!!!」

「惚れた女が自分を追って早死にするのが、嬉しいわけがねぇだろうが!!!」


 顔を真っ赤にしながら、まくし立てるようにそう叫ぶ男。お互いにそこで言葉が途切れ、ふと、目線が合う。どちらの顔も、比較にならないくらい真っ赤に染まり、そんな相手を見て、どちらからともなく、笑い声が生まれ始めた。


「あっはははは!!なんだいその顔!!真っ赤じゃないか!!」

「お前こそ!!くふっ、人のこと言えねぇじゃねぇか!!これこそ赤鬼ってか!?」

「あー笑ったよ。・・・そうだよね。もし、本当の万が一として、私が先に死んじまったとして、あんたがそれを追いかけてくるなんて、絶対にしてほしくない・・・」

「あぁ・・・俺だってそうだ・・・。俺との時間が幸せだったと言ってくれるのなら、その幸せな時間を噛み締めて、より長く、残りの人生を生きて欲しいんだ」

「ったく・・・わがままな奴だよな。ほんと」

「それこそ、人のこと言えねぇだろ?」

「あぁ・・・ほんとにな・・・」


 どちらからともなく、手を握り合う。思いをぶつけ合うことで、改めて感じたお互いの気持ちを確かめるように。もう、少女の中に、迷いはなかった。



 次の日に少女が目を覚ました時、隣に男の姿は無かった。いつものように、朝食の準備をしてくれてるのだろうと思ったが、何か予感がした。急いで寝室を出るも、家のどこにも男の姿は無い。あったのは、机の上の手紙だけだった。『少し出かける、夕方には戻る』それだけが書かれた簡素なもの。何故だか少女は・・・胸騒ぎを抑えられなかった・・・。


 その日・・・男が村に帰ってくることは無かった・・・。


 次の日、村の人間に頼み、総出で男を探した。だが、探せど探せど、男の姿はどこにも見当たらない、探し始めて数時間が経った頃。少女は何故か、人が集まっている気配を感じた。何故だかは分からない。だが、その予感に身を任せ、急ぎその場所へと足を運ぶ。



 少女が見たものは、変わり果てた男の姿だった。



 村の者が言うには、男のすぐ傍には薬草の束があり、それは長寿に効くと言われるものだとのこと。何故そんなものを・・・そんなことを聞くものは、誰もいなかった。一人・・・またひとりとその場を離れ、最後に残ったのは、少女と男の亡骸だけであった・・・。


「どうして、こんな無茶したんだ?私があんなこと言ったからか?」


 男からの返事は無い


「これが、お前のしたかった生き方なのか?私を・・・こんなに早く・・・一人にさせたかったのか・・・?」


 もう二度と、返事が来ることは無い


「約束・・・したじゃないか・・・ずっと・・・一緒だって・・・」


 ぽつり、ぽつりと、雨が降り始める


「馬鹿やろう!!!この大馬鹿やろう!!!!嘘つき!!!!!裏切り者!!!!!!」


 しだいにその雨は強くなる


「私は!!!!私はぁ!!!!!!!!」


 鬼の慟哭は雨へと消える


「あああああああああああああああああ!!!!!!」


 その瞳から流れるのは雨かそれとも


「・・・」


 短い通り雨が過ぎ去り、二人の姿を日が照らす


「分かってるよ・・・もう決めたことだもんな・・・」


 先ほどまでの悲しみにくれる少女はどこにもいない


「大丈夫・・・もう、大丈夫だから・・・」


 前を向き、今出来る精一杯の笑顔を向ける


「見守っててくれよな!!私の生き方を!!」


 最後に一筋、少女の頬を雫が濡らした




「てなことがあったわけよ」

「そうだったのね・・・」

「そりゃ、子供相手でもそんな反応するわな」

「そーゆーこった。分かったならこの話はおしまいおしまい」


 時は今へと戻り、いつしかいなくなっていた女性を除き、3人となっていた。話を聞いた二人は、なんとも言えないといった表情である。


「私たちもいずれは・・・」

「ま、そうだろうけどなぁ・・・」

「ぷっ、あっははははははは!!」

「ちょ!何笑ってんのよ!!人が真剣に考えてやったってのに!!」

「流石にひどいと思うんだぜ」

「おや?聞いたことないかい?」


 少女は今日もまた、笑い続けるだろう


「先を語れば鬼が笑うってね!」


 鬼は嘘が嫌いなのだから


〜鬼と人の物語〜



-----あとがき-----

 まず初めに、前作「東方交換録」のあとがきで、「これが最初で最後のあとがきになる」と言ったな。あれは嘘だ。


 はい、ごめんなさい。真面目にやります。

 というわけで、ここまで読んでいただきまして、本当にありがとうございます。これ以降はまたあとがきとなっておりますので、読み飛ばしていただいて結構ですので、読んでいただける方は、もう少々のお付き合いをば、よろしくお願いします。


 それで、まず今回のこの作品に関してですが、もしかするとお気付きの方もいらっしゃるかもしれませんが、とある東方アレンジ楽曲に感銘を受け、これを書かせていただきました。まぁ、勿論私一人の判断ではなく、前作品のあとがきでも登場した私の友人の諏訪子様信者からの依頼もあったのですが、そこはそれとして、お楽しみいただけましたでしょうか?


 音楽というのは、その中にストーリー性を持たせるものも多く、それを歌うことで、一つの物語を見て、聞いて、感じることが出来るものがあります。その中でもこの題材にさせていただいた楽曲は、とても素晴らしく、曲の中にある物語に引き込まれるようなものでした。


 今回は、あえて語りの部分(地の文)に「幻想卿」及び「東方Project」の固有名詞(人物名や幻想卿等のワード)を使わず「カタカナの言葉」を使わないという縛りを入れてあったのですが、お気付きになられましたでしょうか?理由としては、東方としての背景を広げたいのではなく、萃香にスポットを当て、そこに集中して欲しかったからというのが一つと、もう一つは、この手の堅苦しい語り口調にカタカナは似合わないんじゃないかな~なんて思ったからだったりします。


 前作も読んでいただいた方は「また萃香が中心か・・・」と思われたかもしれませんが、これに関して一言。実は、あの作品を書く前にこの曲に出会っており、どちらかと言えば、この曲のおかげで、萃香が中心になった・・・という順番なんですよ。で、今回改めてこれを書くことになったというわけです。


 さて、裏話も特にございませんので、長々と書いても仕方ありません。この辺りであとがきを締めさせていただきたいと思います。最後まで読んでいただきまして、本当にありがとうございました。

 それではまた、別の機会に。

                                         シン


 参考にさせていただいた楽曲:同人音楽サークル「凋叶棕」様より 『嘘と慟哭』

 ニコニコ動画にも楽曲はアップロードされておりますので、これを読んで知っていただいた方は、是非一度お聞きになってください。とてもとても、素晴らしい曲となっております。


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