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闇と光の混血児  作者: maria
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ドルフィネスの思惑はその全てが現実化したと言って過言ではない。翌朝、未だ昏い内よりアダリアはファナンとディノルタ、リスティンと、数少なくない兵を引き連れて、かつて開かれたことの無い門を潜った。無論国民に知られぬよう、厳重な警備を付けてのことである。

国交持たぬ国は、予想通り地上では見られぬ数多の金銀財宝に目を晦まし、アダリアの僅かな願いを即座に叶え、全てを内密とする約も容易に取れた。ユーギュナータの高官等にとって、ルスカは最早何の興味も無くなっていたし、殺す手間とそれに依って生じる非難を考えれば、この上ない取引であった。


「導師様の慈愛深き赦免ありて、魔王ルスカを解放することと相成った。」

 アダリア王を連れ多少興奮しているのであろう、騎兵長より荒々しく牢番の目前に広げられた羊皮紙には、確かに国王の家に代々伝わる、蔦の絡んだ中央に雄々しげな鷹が爪を剥いた印が、滴るような真紅に押されていた。「釈放の料として金貨一千枚に宝玉が五百個、絹五十反に武具と馬具が各々五百組、等々」と列挙されているのを見、牢番は呆れて鼻を鳴らした。

釈放状を牢番が睥睨している間に、アダリアはその脇を風の如く通り過ぎ、牢へと走り寄った。

牢番が錠を開けると、真っ先にアダリアが入り、その後、ファナン、リスティン、ディノルタが続いた。

ファナンが滑り込むようにルスカの傍らに座りこみ、脈を測り、目を覗き込み、種々検分をすると「大丈夫。脈はある。呼吸も。」そして強く言い放った。「死なせてなるものですか。」

牢番はこの様を見て、胸が熱くなるのを覚えた。その感情が何に起因するものであるのか分からなかったが、暫くしてそれは共感、というものであるかもしれぬと気づきはっとなった。

事実、もし罪人がルスカでなかったらこの計画を立案できたかは疑わしい。まず、幾年経っても僅かにも計画の進まぬ愚鈍な反政府軍に僅かにも力を貸してやることが、本来想定できなかった事態である。だのに結果としてそうしたのは、ひとえにルスカを救いたいと思わせられたから、というただそれだけに尽きる。美麗な顔立ち、だけではない。異人めいた膚の色でも無論無く。人を惹き付けて止まない何らかの魅力が、眠り続けてでさえ確実に発せられていた。これが少なくとも内に敵を作らぬ、真の王たる資格ではなかろうかと、牢番は我が国の支配者を想起して苦笑した。

「この者は罪人ではないのです。」アダリアはファナンが治療を施す脇で、幾分興奮してそう言った。真に友が居た。地上に居た。生きて居た。その全てがアダリアにとって突き上げる程の歓喜を齎していた。

「王、悪いがそれは真偽が問えぬ。余はただの牢番。それ故不問とさせて頂きたい。今ここで問題であるのは、外国の方々の本国での長居は許されぬということ。どうぞ早々に御退去願いたい。」

牢番は内心に抗えぬ興奮を覚えながら、強ち芝居とは思われぬ厳格さでもってそう言った。

アダリアは牢番の手を両の手で強く握った。内からは金貨が零れ出す。次いでファナンは腰に掛けた紋章入りの袋から紅色の宝玉の入った首輪を取り出すと、もう片方の空いた手にそっと握らせた。「ありがとう。良い治療を施して下さって。」

「なんのことか、ついぞ知らぬ。さあ、御退去願う。」

牢番は流石に目を反らしながら、それでもそう朗々たる声で述べた。

だからアダリア一行が丹念にルスカを馬車に寝かせ、閉まる扉を尻目に馬車を走らせたのはその後間もなくのことであった。

堅牢な門が未だ木々の向こうにはっきりと見えている内であった。突如怒号と爆音が後方で鳴り響いたのは。一向は咄嗟に馬を止め、後方を振り返った。

「何か、あると思った。」ファナンが届きもしない風圧に顔を顰めて言った。

「どうせあの牢番でしょ、黒幕は。どう見ても普通じゃなかったもの。何が牢番よ。」リスティンが呆れたように鼻に皴を寄せて云った。

次いでアダリアとディノルタが互いに疑念の生じた顔を見合わせる。

「おそらくあれが次の王ね。既に顔見知りになれて、良かったわね、アダリア。名前は知れなかったけれど、間もなく彼の名で建国の文書が届くことでしょうよ。」破顔させたリスティンに思わず、アダリアは返した。

「どういうことだ。」

「本当に鈍感ね。あんなのが城内にいたら、恐ろしくて暮らせないわよ。ただの切れ者ならいいのよ、でもあれは、ダメ。ぎりぎりのところを勝負の為に平気で踏み込める奴だもの。自分の勝利への執着のために、自分も周りもどうなろうが構わない、むしろそれが面白いって人種よ。少なからずいるのよ、そういう輩って。」

「さあ、行きましょう。ルスカさえ戻って来さえすれば、他国の内幕などどうでもよいこと。彼の国の人々が新たな国を創りましょう。」ファナンは煙の上がり始めた城を遠く見遣りながら、真白き手をひらりと掲げ、手綱を引く兵に進行を促した。


往路よりは幾分穏やかに、馬車は進んだ。

「ルスカの様子はどうだ。」

アダリアはルスカを寝かせた荷台を覗いた。ルスカの傍にファナンが座し、静かに口中で何やら呟いては手を翳し、懸命な呪術を施している。額には玉の汗が浮かんでいた。暫くすると、漸くファナンはアダリアを振り返った。

「意識は戻らないけれど、呼吸は安定している。」ファナンが小声でそう答えた。「躰の傷は、時間を掛ければ確実に、治る。」

このような遣り取りがかつて頻繁に交わされたことを、アダリアは懐かしく思い出した。

しかし今、かつての魔との戦いの旅とはその様相はまるで異なる。

豪奢な何台にもわたる馬車に、多数の兵。当然、王は夜番の必要さえない。そもそも、襲ってくる魔物も無い。時折腹を空かせた獣たちが顔を見せるぐらいで、兵達は率先して干し肉の塊なんぞを投げてやっている。それでも有り余る程に食料はある。

かつて、旅の最中、自分は何を思っていただろう。己が弱さ、人々の無理解、それに依る苛立ちと困惑、それらが嵩じてやがては悲嘆と猛りへ……。我を忘れる程の緊張感。だから仲間に遠慮をすることは出来なかったが、それが許されていたのはこの上なく有難いことでもあった。

今はこうして伏しているルスカであるが、地下世界へと赴けば途端に覚醒し、再度剣を揮っては仲間を助けてくれるのではないか。そんな錯覚がふとアダリアを襲った。その胸には王の証たる金銀の紋章が飾られているというのに……。

アダリアは思わず、顔を顰めた。「俺には矢張り、王の資格は無いようだ。」アダリアは唐突に、だがそう明言せずには居られなかった。

ファナンはルスカの手首を握り、小さな光を掌から送り込みながら苦笑した。

「では、辞める?」

「ああ、辞める。辞めて、一介の旅人となる。ルスカが回復したら、一緒に旅をする。」

ファナンは目を丸くしてアダリアへと振り向き、問うた。「どこへ。」

「どこだっていい。ルスカが地下世界へ行きたいというのなら、そこへだって。」

ファナンは呆れたとばかり溜息を吐くと、ふと今し方思いついたとばかりに、「ルスカは又、償いたいと願うかもしれないわ。」と云った。

「云って聞かすさ。お前は人間を救ったのだと、魔を滅したのだと。だから罪なんてものはない。償いたくとも、ないのだって朝から晩まで、説得するのさ。厭がるだろうな。でも碌に話もしなかったからな。楽しみだ。」

 ファナンは俯きながらも隠しよう無く破顔した。

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