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闇と光の混血児  作者: maria
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 英雄達はその成し遂げた偉業から幾分逸脱した点に依って、極めて高い結束力を創り出していた。それはかつて人間が総じて畏怖し戦慄していた、魔族を司りしルスカと旅を共にしてきたという事実である。

地上に帰還し月が一巡りしたある夜半、探し求めていた仲間の発見の報に、英雄達は魔を滅した以上の歓喜で以て、アダリアの城に集った。そして暁も待たで、側近の兵凡そ三十名を引き連れ、ユーギュナータへと出立したのである。

森を走る一本道は静謐そのものであった。空も星一つ無い全くの闇であったが、暁が近いのか、薄らと山々の裾だけが紫色に滲んでいた。アダリアはそれをあたかも珍しいものでもあるように凝視した。つい一月前迄は野宿も不寝番も日常の一部であったのに。今は大勢の信頼のできる屈強なる兵を連れ、取引のための山成す金銀財宝を載せた荷馬車さえも牽いている。魔物より攻められる虞なぞ少しも無いのに、十分に過ぎる武具と馬具が各々の兵と馬にしっかと装備されている。アダリアは苦しいような気がした。こうして甘やかされ、贅に慣れ、もう元の過酷な環境に身を置くことができなくなるのだと思えば、長年にわたる艱難辛苦が無に帰してしまったような気がして、落胆を覚えた。

有能な学者陣に不備無き政を行わせ、己は豪奢な儀式にその面を見せ、物々しく印を押す。どこぞからやって来た詩人は己の尊き勝利を歌い上げ、画家は己の面を勇まし気に巨大な壁画として描き、頑是ない子供までもが何やら替え歌を用いて己の偉業を賛美する。本来ならば全てが全てルスカに与えられて然るべき待遇であるのに。そう思いながらも、あれこれ言い訳を拵えて秘め続ける。

道ならぬ道を走る馬車の中で、身を跳ねさせる程の振動に微苦笑一つ漏らす事もなく、四人は向かい合ったままひたぶるに黙した。それは、世に知られてはならぬ秘密を共有し合う現状によく合っていた。しかしそのような意味深き沈黙にいち早く屈したのは、例に倣ってリスティンである。

「ねえ、……よく、あの国の内部を知ることが出来たこと。」リスティンは固い笑みを頬に浮かべながら続ける。「大体そういう時って、国内有力者が外部と相通じていて、密告をしているのよ。つまり、崩壊寸前の時。でもあそこに限って、そんなことがあるとはちょっと、思われない。とてつもなく、排他的な国だから。」

如何なる状況であるか知れないルスカとの再会を予期して、緊張から幾分多弁となっていることは、仲間達にも容易に知れた。それはちょうど魔の創造主を求めて地下世界へと赴いた時によく似ていた。リスティンは尚続ける。

「まあ、とは言っても噂は色々聞いたわ。王は陰惨で、独善的で、気に入らない連中は親族でも平気で首を刎ねるらしいとか。それから他国とは一切の交流を絶っている筈だのに、嗚呼、不思議ね、東国の陶器や調度品がユーギュナータの王侯貴族の間で大流行しているらしいのよ。相当な高値で引き取られているらしいけれど。だから、あれさえあれば」リスティンはちらと後続の馬車を見遣った。「神々からの贈り物をそんな私欲に塗れた王にくれて遣るのは惜しいけれど、あれでこっちの要求を飲むのは先ず間違いないわ。もしそれでも首を縦に振らなければ……、」今度は悪戯っぽく笑って「ちょいと暴れてやればいいのよ。」

ディノルタは思わず苦笑を漏らし、ファナンは深々と溜息を吐いてみせた。

「おとなしくしといてくれよ。」アダリアは呟くように言った。この姫君と言ったら、刀剣さえその手入れが面倒であるからと言って用いず、旅の前半においては拳一つ、それからさすがに地下世界に赴き敵が酷く屈強になってからは、巨きな鉄球の付いた鎖を振り回し、それを己が武具としていたぐらいなのである。

「幾らだって大人しくするわよ。……こっちの言うことを、聞けばね。」リスティンは鼻を鳴らして、馬車の扉に設えられた手摺に肘をついて、微笑みながら車窓を眺めた。

大木に囲われた一本の道を、四頭仕立ての馬車を先頭に、次々と兵を載せた馬車が続く。リスティンは珍しくもない窓の外の風景を今更ながらに注意深く見詰めながら、次の話題を探した。そんな努力に、リスティンはふと懐かしさを覚えた。

魔の核なる存在を滅する為、苦難と絶望とを抱え込んだ彼の日々と同じ空気――。辛い筈であったのに今となっては、苦しい程に懐かしき思い出。リスティンはこの僥倖を十分に味わい尽くしたくなった。

「処刑、」

だからそうディノルタの口から発せられた言葉が一瞬、何の意味を表すのか判らなかった。「なんてことになっていなければいいんだが。」向かい合って座ったディノルタが目を曇らせ独り言のように呟く。豪胆なようで緻密、放埓なようで周到であるのが彼である。無数の盗みを繰り返しながら一度も捕縛されたことの無いのは、紛れもなくその性格に依るもの。されど、それを見透かされるのは何よりも我慢ならないという、なかなか複雑な性格を有しているのであった。「助けに行こうと思って着いた時にゃあ、首が体に付いていませんでしたなんつう事態になってたら、意味、ねえよな。」

「ルスカを受け渡させる旨の伝書には、最速の馬を使わせた。」アダリアは確認するように云った。「既に到着しているであろう。処刑が仮に決定したとしても、実行に至るまでには暫しの時間を要する筈だ。」それが殆ど自分の希望に過ぎないことにアダリアは気付いてはいたが、そう云わざるを得ないのである。

だからファナンが後を継いだ。「処刑は行われていない。独裁者が支配はしているけれども、既に二十八代目。それ丈続いているのは、法が強制力を持ち得ている証。更にユーギュナータの法では、死刑に処すのは満月の晩だけに限られる。悪魔に魂を渡す為。つまり最短でも、後十日は命を長らえさせられる。」

四人は安堵の笑みを溢した。

しかしアダリアだけが即座に逞しげな鼻梁に怒りを纏わらせる。身も震えんばかりのその感情が何に対する物であるのかは、自身にもにわかには判じ得なかった。――独裁国に対する怒りか。それともルスカに対する怒りか。否、そうでは無い。ルスカが有りもせぬ罪に固執していること。己がルスカを救い得なかったこと。神が、民が、我々とルスカとを相反する存在として定義していること。それを己が否定せずに王冠を戴していること。アダリアはそれらに思い当たると押し潰されそうになり、黙した。

馬車は四人を向い合せたまま、馬丁は命じた通り、あたう限りの非常な速度で進んだ。

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