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闇と光の混血児  作者: maria
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3

 民は、魔軍を滅亡させ帰還した英雄たちを花の顔で迎えた。民は笑みを忘れていなかったことにその時初めて気付かされ、更に喜びを幾重にも弾ませた。それは紛れもなく春の到来であった。

 奇跡的に命永らえた民は帰還した英雄を新たな王とした。王の下で国を新たに創り、出発を計ることが総意であった。総意と云えど、その民の数はごく少数であったが。

屈強で狡猾な群れなす魔物の手により、あらゆる村落が一夜の内に消滅することは無論、多数の兵控える一城丸々塵と消えたのも珍しいことではなかった。その中、辛うじて生き残った民でさえ、ある者は魔物に対する、あるいは自己の運命に対する憎悪のまま、病死あるいは餓死し、またある者は発狂のまま自死の道を選んだ。生への意気さえ消沈し、人間は生物としての資格さえ喪失しようとしていた。

そのまま年月は幾重にも重なった。民はあらゆる想像力を喪失し、革新を想起することは無論、手を携えることさえできなくなった。魔に立ち向かわんとする若者も何人かは、見た。しかしそれを認め、支援することは己の無力さを認めることと同義となるため、嘲弄し、蔑み、そして早々に村から追い出した。この時人類は正に全ての変化の可能性を失ったのである。

しかしある日のこと、民は長年に亘って世界を支配していた濃霧のような絶望と憐憫の気配が突如消えたのを感じた。民の多くは我等の中にとうの昔に風化した革新の精神を抱いた何者かが存在したことを今更ながら思い知って、歓喜に打ち震えた。

 それから何処とも知らぬ、地の果てより帰還した英雄は、全部で四名。

 何れも肉体に精神を制御されない、意気盛んの若者たちであった。そして彼等の個々の容貌と特質とは、信仰心の喪失より誰人も足を踏み入れなくなっていた、天界との境と伝えられる、世界の中心たる神殿の白壁に刻まれていた文言そのものであったことに、民は驚かされ、かつ恥じた。

 天までも届かんばかりの恒久なる白壁に「魔を滅する者」と伝えられたのは、深海と同じ紺青の瞳持つアダリアである。そしてその者の助けとして瀕死の傷病人すら甦らす、聡明なる呪術師ファナン。そして麗しく気高き容貌に無二の格闘の術を身に付けた貴族の娘、リスティン。最後に、あらゆる地を飛び回り、盗賊の生業に身を染めながら、その成果を以て無数の貧困の民を救ってきた青年ディノルタ。

 神殿の白壁は、彼等四人の名前が記された後より、経年と無顧により大きく亀裂が生じ、判読が不可能となっていた。さらに帰還した英雄も以上の四名であったことから、誰もが魔物を滅した英雄たちはその者のみだと信じて疑わなかった。疑う余地さえなかった。


 ルスカの居所を求めながらも、表向きにはリスティンとファナンは帰還後、自らの城へと戻り、感涙に振り絞られた歓待を受けながら、旅に出立する前の各々の仕事に再び従事することとなった。すなわち、リスティンは女王として政に携わり、ファナンは兵や王族の治療と占いに邁進した。ディノルタは再び一人旅を続け、行方を気まぐれに知らせて来たり、唐突にリスティンの城を来訪したりした。

一方、アダリアは自分には帰する場所がないことはとうに知っていた。ルスカが魔王として、地上のあらゆる街を破壊した際に、自分の故郷も炎に落ちたのである。その残忍さを目にしなかったがために、友情などを培ったのだとは、妹サーシャの言である。無論それを否定する術は持ち得ていなかった。

地上に戻り、真っ先にアダリアの胸に飛び込んできたのは、兄の帰還をひたぶるに待ち望んでいたサーシャであった。サーシャは歓喜の涙を流しつつ、アダリアに意想外のことを述べた。すなわち、魔に破壊された地の中心に、神々の恩恵によって新たに城が創建され、そこにアダリアを王とし、妹はその唯一の肉親として住まうこととなったというのである。人間も、家畜も、田畑も、山も湖も、ほぼ全てが土に帰せられた世界において、その城はあまりに尊く、荘厳に照り輝いていたので、世界に平和を齎した英雄達の為に、神々が総力して創り上げた城であったということが、言わずと知れたのである。

 アダリアは他に戻る場所もなく、サーシャの熱意にも押され、頬赤らめながら王としてそこに君臨した。日々繰り返される酒宴。実に阿呆らしいことだと思った。無益なことだと思った。それによって気付けば時折自虐の言葉さえも呟いた。

自分は魔を滅したのではない。ルスカが滅した。しかしそんなことを口にしたらどうなるであろう。英雄は魔王と繋がっていたなどと知ったら、民はどう思うであろう。

それよりもルスカを探しに世界を巡るのが、自分の課せられた仕事であるに相違ないのに、こんな無益なことで足止めを食っているわけにはいかない。アダリアは焦燥の日々を送った。

 アダリアは突如優しく、礼儀正しく、己を襲うこととなった人類を、殆ど憎んだ。

 神は城を創建し、そこに己を追い遣った。歓喜の涙以て迎える民の前に。民は疑いもせずに、自分を英雄よと賛美する。ありもしない罪と向き合うしルスカの元では無くして。憎しみ以て詰問した神は、ルスカの居場所は判らぬと述べた。偽、と掴み掛らんとするアダリアを前に神は呆れ、最も罪滅に相応しい場所に送ったとのみ語った。神は時折その様な真似をする。即ち結果の為に手段を不問とするような。長命に過ぎ、幕間劇の如き人の一生の最中にある様々な事柄にはとんと価値を見出さぬものらしかった。神は請われれば、友を与え、恋人を与え、金銀を与えはする。ただしその後どのような結末を辿ろうと、一切意に介さぬ。だから地上の何処ぞでルスカが罪を償っていることはまず確実であるといえたが、それがルスカの希うという罪滅を真に叶え得るものであるのかは判らぬし、そもそも興味も無いのであった。

アダリアは己の意を問う間も無く、突如民との前に存在させられた。民はアダリアがルスカを滅したことを、口揃え涙ながらに感謝した。ルスカは地上では魔の王として、その名を轟かせていたから。世界に訪れた平和はそれの滅亡であることと同義であったし、アダリア自身、当初の旅の目的はそこにあった。しかしルスカは地上の魔物を統べる存在ではあったものの、決して生み出す存在では無かった。創造主は、別にあった。しかし事実として、地上に齎された破壊行為の先鋒には常にルスカが居て、その姿を見知っている者も生存者の中には多数居たのである。その白子の如き面、白銀の長い髪、何よりも心を映す筈の眸が、見るものを凍らせるものであったことは、長く語り継がれるところとさえなった。

アダリアは大声で叫びたかった。否、叫ぶべきであったと、日を経れば経る程そう痛感されて仕方がなかった。――ルスカこそがこの世を救ったのだと。しかし自分の姿を見て感涙に噎ぶ民が、それを何処まで解しよう。最も愛おしき親類や友、故郷を奪われながら、それでもルスカこそが世界の滅亡より救ったのだから感謝の念を覚えろと云って。

アダリアは黙して、しまった。

全ては己の弱さの所為である。

そしてアダリアはある、吐き気催す考えに逢着した。己は初めて与えられた民の感謝の言に酔ったのだ。長らく排除され続けた、罵倒され続けた、その民から与えられた賛嘆の言が、アダリアを甘く酔わせ、判断を誤らせた。

今の己では、ルスカに向き合うことも叶わぬ。仲間達は今の己をどう思っているだろう。ルスカを嘲笑い、己を英雄と讃える民の言に酔い、その下に下賤な笑みを浮かべている己を。

アダリアは狼狽する程に現実離れした城の中で唯一、外界へと向いたバルコンを愛した。そこに出れば、眼前には故郷で見たのと似た二つの山麓が大きく聳え立っていたから。旅に出るのだと決意したあの晩、己は如何に純真で直情的であったろう。民への慈愛と、魔への闘争心が己の全てであった。

しかし今の己は何処へ向かおうとしているのか。確かに、ルスカを探すために側近の兵を各国へと派遣した。建国の挨拶と共に、恩赦を与えると言って、牢内の罪人の存在についての報告を義務付けた。そこにルスカがいないかという目論見で。そして、それを終えた己の胸中には明らかな安堵が生じた。これは何であろう。己の手を汚すことなく王として成すべきことは、成したという、達成感。これからもこんなことを自分は王として繰り返していくのだろうか、とそう思えばアダリアは酷く滅入った。

アダリアはだから、バルコンに出て縋るように小さい頃から愛してやまなかった山々を見据えた。しかし山どころか月も、星々も、いかなる答も与えてはくれない。それでもアダリアは一日の終わりには必ず、暮れ行く滲んだ太陽を白磁のバルコンに頬杖突き眺め、僅かにでも自己の心中を主張せんとするための、既に義務となった溜め息を吐くのだった。

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