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蒼の果てのアルカディア  作者: 深見 鳴
一幕 緋色
6/22

Ep.06 レジスタンス(3)

 



 なんでも大昔に大規模な災害があって、そのときの避難所としてこの国には各地に地下シェルターが作られたらしい。今は不要となったそれは放置され、政府の支配下から逃れている。潔癖な都市の人間たちは不浄の領域である地下に潜ることを好まず、この拠点は今のところ見過ごされているそうだ。

 ここが地下であるという事実に、ああ、そうか、とヒイロは納得した。

 だってこの建物には窓が一つも見当たらない。違和感を覚えて然るべきのところでそれを感じなかったのは、ひとえに彼が窓のない建物に慣れていたからだ。

 ついこの間までいた研究所にも窓はなかった。あれは地上に存在する建物だが、機密情報を漏らさないためにたいていの場所に窓はつけられていない。そのことが窮屈な雰囲気を作り上げてしまい、警備兵や研究者たちは日々積み重なる鬱憤を抱えていた。

 ヒイロはぽかんとして下を見おろす。

 狭い廊下の左の壁は途切れ、代わりに鉄の手すりが付いている。そこは吹き抜けになっており、一階下の光景を見下ろすことができた。わずかに横幅の広い正方形に近い長方形のフロアが眼下に広がっている。そのフロアには人がたくさんいて、二人一組で向かい合って組み手をしていた。よく見ると体術以外の訓練も並行して行われている。ナイフを使った中距離戦術、基礎体力をつけるための走り込み、腕立て。その中には大人に混ざって、当たり前のように先日出会った子どもたちの姿もあった。

 この中には、組織の一員も混じっている。

 あのときのハルトの言葉を思い出す。あれはこういうことだ。子どもを使うほどに、この組織は手段を選んでいられないのだろう。

「共同訓練場。主に柔術の指導、訓練に使われるよ」

 いつの間にかすぐ横に立っていたアオイが、簡潔な説明を入れてくれた。

「この訓練場は上に観戦するための廊下が設けられているんだ。大掛かりな戦闘訓練をするときは、この廊下にギャラリーが付いたりする」

「へえ」

「特にアカツキはよく見に来るね。自分も飛び入りで参加したりするけどさ。みんながどのくらい動けるようになったか見てるみたい」

「アカツキ?」

 以前にちらりと聞いた名前だ。ヒイロが聞き返すと、アオイは小さく笑って答える。

「この組織を率いるリーダー」

 その顔には何故か、哀愁のようなものが漂っていた。

 そこから階段を使って下に降りると、先ほどの共同訓練場を素通りしてアオイは右手へ進む。また違う場所に向かうらしい。

「なあ、この場所、やたらと子どもが多くないか」

 気になって聞いてみると、今度はナツハゼが答えてくれる。

「それは、この組織にいる子どもが全員この拠点にいるからだよ」

「……どういうこと?」

「組織全体の構成としては二十代が圧倒的に多い。だけど、顔が割れていない人は普通に一般市民に混じって都市で生活している。そもそも地下に潜っている人々は、敵方に顔が割れている人や自力で生活する力のない子どもだけなんだ」

 確かにそうだとすると納得がいく。全体を考えて見ると決して子どもは多くない。ナツハゼは顔と名前が向こうにばれているし、アオイはまだ自力で生活できるだけの資金力がない。

 だけど一般人に混ざってレジスタンスの一員が生活しているというのは腑に落ちなかった。

「一般市民に混じって、ってそれ、平気なのか」

「堂々としていた方が案外バレないものだよ。組織や企業ごとレジスタンス側についている例もある。政府側に摘発されないよう、うまく誤魔化しているけどね」

 ヒイロには良く分からない単語も混じっていたが、つまりレジスタンスには意外にも味方が多いらしい。

 話し込んでいるうち、だんだんと廊下が暗くなっていった。共同訓練場の照明から遠ざかってしまったためだろう。アオイは暗がりに潜むようにしてあった鈍色の扉を開けた。三人とも中に入ると、すぐに閉める。

 ぱんっ、とつい先日間近で聞いた音が高く響く。

 説明されなくてもわかる。射撃場だ。

 手前の方には仕切りが付いていてそれぞれのブースに一つづつ人型の的が設置されている。奥の方は仕切りがついていなくて、折り重なるように的が混在していた。

 既に何人か人がいて、仕切られている方は四つ中既に三つが埋まっている。

「よし、久し振りにやってくる」

 アオイはそう言ってまだ埋まっていないブースに入り、イヤーマフを装着して拳銃を握る。ナツハゼとヒイロは後方に待機して傍観する姿勢を取った。

 たぶん、アオイは射撃の腕も相当のものなんだろう。

 ヒイロは何となくそう感じた。あのとき、独房で銃を突きつけられたときの目は忘れない。素早く銃を抜き、標的の額に押し当てたあの動きは、人を殺すことを躊躇する人間のものじゃない。

 注意深く彼女を見つめる。彼女の指先がトリガーにかかる。

 ぱんっ、と予想よりも軽い音が聞こえた。続いて、二発、三発。見ているうちにヒイロの顔には戸惑いがにじんできた。助けを求めるように隣にいるナツハゼを見やると、彼は苦笑しながら呟く。

「相変わらず下手だなぁ」

 アオイの射撃の腕は壊滅的だった。十発全弾外すというのも、逆に凄い。

 アオイは耳当てを外し、銃を置いて振り返る。

「いや、なんでドヤ顔すんだよ」

 彼女は何故か誇らしげな顔をしていた。

その顔に苛立ちながら、ヒイロはその隣のブースで撃っている人物に目を留める。人型にくり抜かれた的がちらりと見えたが、その人物の正面にある的は、心臓と頭に一発ずつ当たっている。

「ほら、隣の奴見習えよ。すごい命中率……」

軽い口調で言いかけた彼は、途中で言葉を止めてぽかんと口を開けた。見ているうちに、これは”すごい”なんてものじゃないということがわかった。撃つのがとにかく速い。それでいて正確だ。放たれた弾は一発も外れることはなく、全て頭か心臓に正確に当たる。まるで弾が的に吸い寄せられているみたいだった。

化け物だ。

一通り撃ち終わったらしいその人物がイヤーマフを外し、振り返ったのを見てヒイロは思わず声を上げそうになった。

あの少年だ。医務室でナツハゼに噛み付いたヒイロを冷静に非難した、海色の目の少年。

彼はヒイロを一瞥したのち、特に何を言うこともなくその横をすり抜けて射撃場を出て行った。

ナツハゼとヒイロの間に、またもや気まずい雰囲気が漂い始める。それを知ってか知らずか、アオイが場違いなくらい明るい声で「次行こうか!」と言って笑った。

 共同訓練場に戻って、アオイは近接格闘訓練に混ざっていたが、面白いくらいに投げられていた。そのせいか受け身だけはうまい。

「いやぁ、サヨ、強くなったね」

「えっ、そうかなぁ」

 ついさっき容赦なくアオイを投げ飛ばしたサヨはと言えば、アオイに褒められて照れくさそうにはにかんでいた。ヒイロはもう一度、なるほど、と思う。

 牙のない兎とタカを括っていたら痛い目を見る。

 つまりこういうことだ。

 訓練もひと段落ついたところで、三人は共同訓練場横の食堂で腹ごしらえをすることにした。三人で可愛らしい白い丸テーブルを囲み、椅子に座る。

「アオイお前、あり得ないくらい弱いな」

 肉と野菜がたっぷり挟まったパンを頬張りながら、ヒイロは呆れた目で彼女を見やった。呆れられた当人はまるで気にしていない様子で水をがぶ飲みしている。

「うん。私、射撃も体術も全然できないんだ」

「なんでこいつが研究所襲撃作戦のメンバーに入れられてたんだよ」

「一応ビークルは操縦できたし……」

 ナツハゼは目を泳がせながら答える。ヒイロは白い目で彼を見やったが、それ以上の答えは返ってこなかった。

 一気に、この組織が信用できなくなってくる。

 でも食事と寝床は保証されているし、細かいところに目をつぶれば今までの人生で一番と言えるほど高水準な生活が送れている。どう考えても、しばらくここで厄介になるのが一番良い。

 軽く昼食を済ませたあと、今度はまた医務室のある階に上がった。

「まあ、医務室と訓練場、射撃場の場所さえ押さえておけば良いと思うんだよね。自室の場所は追い追い。しばらくは医務室で寝るだろうし」

「じゃあ今はどこに向かっているんだ?」

「リーダーのところ。君、挨拶がまだでしょ」

 アオイはくるりと振り返り、ヒイロの眼前に人指し指を突き出す。

「これからは君もこの組織の一員なんだから。代表への挨拶は欠かせないよ」

 彼女に言われてからようやっとヒイロの中に実感が湧いてきた。

 今の自分はレジスタンスに面倒を見てもらっている。傷の手当にしても、寝床や食事にしても、すべて賄われている。そしてそれらをタダで貰うわけにはいかない。与えられるものに見合った働きを示さなければ。

「……わかった。行く」

 顔を上げてそう言ったヒイロを見て、アオイは満足そうに笑った。

 ときおり足元に設置されている電灯を頼りに、薄暗い廊下を進む。その暗さの中に、細く薄青い光が差していた。見ると、廊下の途中にある鉄の扉が半開きになっている。光はそこから漏れ出しているらしかった。

「この部屋は?」

 ヒイロが聞くと、二人はそれぞれ違う反応を返した。

「興味があるなら入ってみれば」

「素通りした方がいいと思うな」

 何故かにやにや笑っているアオイと表情を強張らせているナツハゼを見比べて、ヒイロは素通りすることに決めた。決めたのだが、災難は向こうからやって来た。

「ああもう、このおっさん本当にバカ!やってらんねぇよ、こんなとこ出てってやる!」

 半開きになっていた扉が甲高い叫びとともにものすごい勢いで開く。ちょうど良い位置にいたヒイロの額に、鉄の扉が激突した。ぐらりとよろめいてその場にしゃがみ込み、痛みに呻いているヒイロにナツハゼが駆け寄って心配そうに声をかけた。ヒイロは熱を持った額の痛みを堪えるので精一杯で、ただただ呻く。視界に星が散っている気がした。

「……げ。やべ」

 扉を開けたのだろう声の主がぽつりと呟く声が聞こえた。

 取り敢えずヒイロたち三人は、部屋の中に入れてもらって休ませてもらうことにした。わざわざ医務室に戻ってまでナツハゼが持ってきてくれた氷嚢を患部に当てながら、だいぶ痛みから回復したヒイロは怪我の原因となった人物をジト目で見やる。

「ごめんってば」

 彼女はがりがりと頭をかきながら、おざなりに謝った。

 ボサボサの茶髪を辛うじてポニーテールに纏め、赤縁のメガネをかけた彼女は、オフィスチェアに胡座をかいてパンを齧っている。物を食べながら謝るとはなかなか常識はずれな女だ。年は十代前半に見えるが、聞いてみるともうすぐ二十歳だという。低身長のせいか、顔立ちのせいか、どうしても実年齢より五年ほど若く見えてしまう。おまけに着ている服も適当だ。よれたTシャツにパーカー、下は短いジャージ。靴も履いていない。裸足だ。

 全体的にだらしない印象を受ける彼女の横から、別の人物が茶々を入れた。

「あーあ。怪我増やしちまって。お前さんが勢いよく戸開けるから」

 こちらは壮年の男性で、後ろでひとつに束ねた伸ばしっぱなしの長い黒髪と、顎のあたりの濃い髭が特徴的だ。服装も女の方に負けず劣らずといった感じだった。

 にやにや笑いながら言う男を睨んで、彼女は口汚く言い返す。

「うるせーよ。元はと言えばあんたがクソ下らないことにしか時間費やさないからあたしがブチ切れたんだろうが」

「最近の若者は怖いねぇ。おっさんはついていけねぇよ」

 今にも殴りかかりそうな彼女を無視して、男はヒイロの方を向く。

「で、お前さんは誰?見ない顔だね」

 そしてのんびりとした調子で聞いてきた。ヒイロは取り敢えず自分の名を名乗る。男はふうん、と頷き、今度は自分が名乗った。

「俺はリンドウ。ここで雇われている技術者だ。あちらさんのデータベースに忍び込んで情報掠め取ったり、ウイルス仕込んで撹乱したりするのが主な仕事。あとは情報機器関連の整備や開発。アヤメってAIがいるだろ。あれを作ったのも俺」

 ヒイロの脳内に、先日見た桜色の球体がよぎる。ナツハゼは、技術者の趣味だと話していた。あの可愛らしいのを作ったのがこんな何処にでもいそうなおっさんだったなんて、意外というかショックだ。苦い顔をしているヒイロに気づいていないのか気づいていて敢えて無視しているのか、リンドウは次にパンを頬張っている女を指差した。

「で、お前さんのデコをへこませたあいつが、カンナ」

「へこませてねーよ」

 パンをもごもごやりながらカンナは細かく訂正する。彼女は指についたパン屑をぺろりと舐め取り、言った。

「情報の管理と伝達、サイバー対策はうちらが一手に請け負っている。あんたたちがどこぞの機関に潜入するときに位置情報を管理したり各班との通信を中継するのもあたしたち。そういうのは任せといて」

「一手に……って、二人だけで?」

 ヒイロが言うのを聞いて、カンナは吹き出した。

「まさか。今は他のメンバーが昼休憩してるだけ。平時はもっと人数いるよ。因みにチーフは一応、このおっさん」

 どうも、おっさんです、と決まらない台詞を吐きながらリンドウが片手を上げる。

「それで、どうしてカンナは怒ってたの?」

 放っておけばいいのに、アオイが一度収まりかけた怒りをまたつつく。カンナの目尻がかっ、と上がって、眉間に深い深いシワが寄った。彼女は椅子から立ち上がり、びしりとリンドウを指差す。

「このジジイが!アヤメの3Dグラフィックなんて無駄なモノをこそこそ作成してるから!」

「カンナちゃーん、俺まだジジイって年じゃないよぉ」

「やかましいわ!」

 カンナの罵倒をのらりくらりと躱しながら、リンドウは何やら片手で器用にキーボードを操作している。たんっ、とエンターキーを叩く小気味いい音を合図にして、無駄に大きなディスプレイが現れ、可愛らしい少女が投影された。彼女は薄青く光るディスプレイの中でくるりと回転し、楽しそうに微笑む。3Dグラフィックなんてモノを初めて見たヒイロは絶句した。

『初めまして。アヤメです』

 昨日聞いたガタガタの合成音声よりもいくらか滑らかな声が言う。桜色のワンピースの裾がひらひらと翻り、白いカーディガンがしとやかさをプラスしていた。長い桜色のストレートヘアはさらさらと風になびいている。

「どうだ、可愛かろう」

 まるで我が子を自慢するようにリンドウが言う。実際、我が子のようなものなのだろう。

「いや、確かに可愛いけど、あんたみたいなおっさんが作ったんだと思ったら微妙な気持ちになる」

「おや、知らんのか少年」

 うんざりした顔をして言うヒイロの顔の前に人指し指を突き出し、リンドウはにやりと笑った。

「世の中の可愛いものは、大抵おっさんが作ってるんだぜ」

 後から考えてみると、彼の言ったことはあながち嘘でもなかった気がする。




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