RELATE 3 ―欠片達の揺り籠―
なんだか、暖かい。
私は徐々にはっきりしてくる意識の中、自身を包む温もりを感じていた。
だけど少し、痛い。
意識の覚醒に伴い、腹部に殴られたような鈍い痛みも感じる。
肌に暖かい人の感触が残っている。
背中と腿のあたりに、人の温もりが残っている……抱きしめられたみたいに。
人の気配がする。
……二人……かな?
「…い…本当に……れさま。……一日で…人も保護できた…は…のお陰だよ」
「さす……少し疲れま……ね。でも助けられて……良かった……本当に」
優しい声だ、と私は思った。
まだ寝ぼけているからなのか、言葉は途切れ途切れにしか聴こえないけど、その声に限りない安心と信頼を感じた。
……感じる事が出来た。
聴こえてくる声は、両方とも男の人のものだった。
一人は穏やかでありながら、響くような低い声。多分、二十代後半くらいの男性だろう。
もう一人は、幼さの中にも溢れんばかりの優しさが滲み出るような……透き通った声。
……同い年くらいかな?
無意識に顔を想像してしまう。
そうしている間にも、体が感じていた痛みは和らいでいく。
鈍痛は次第に軽い痺れ程度の痛みへと推移する。
……そっか、もう普通の体じゃなかったんだ。
私は、気付いた。
いや、思い出したんだ。
自分がどういう存在へと変貌したのか。
でも悲しくは無かった。それは、私にとって『キッカケ』になったから。
……家族を傷つけたくない、そんな言い訳にも似た理由で、私は『家』と『家族』から離れた。
いや、違う……私は捨てたんだ。そして、逃げたんだ。
(ずっと前に家出をしたお姉ちゃんも、こんな気持ちだったのかな……?)
なんとなく、そんな事を考えると、感情が泉のように湧いてくる。……悲しくなんかないのに。
閉じられた瞳から、一筋の涙が零れた。
けれど、涙が落ちる事は無かった。
頬を伝い、流れていく涙は、『何か』によって掬い上げられた。
重く閉じられていた瞼が開き、瞳の焦点が合う。
そうして初めて、自分がベットの上に寝ていることに気付いた。
……指だ。
女性のものと見紛うような、白く細い、けれど暖かく優しい指。
「……おはよう、目が覚めた?」
指……じゃなくて、『指』の持ち主の少年が喋った。
……同じだった。声から想像した顔と。
自分が知っている、同年代の少年達が霞んで見えてしまいそうな、その顔。
私の顔のすぐ傍で、彼は……私の心を鷲掴みにでもするかのような笑顔を浮べている。
その顔の近さと笑顔に私の頬は、どんどん熱くなっていく……不覚だった。
「あ……あ、の……お、おは……」
どうにかして挨拶を返そうとするけど、舌が思うように機能しない。
そもそも、自分が置かれている状態も理解できていないのに、呑気に挨拶している場合じゃない。
でも、どうしても挨拶をしたかった。『おはよう』と言いたかった。
それは、どこか使命感にも似た感情だった。
「……お、おはよう」
ようやく返せた挨拶を彼は、またしても危険な笑顔で受け入れた。
頬の熱が増していく……どうしよう? 私、変だよ。
「君……名前は?」
彼は、笑顔を維持したまま優しく問い掛けてくる……それって、反則だと思うよ。
「……わ、私……ひ、ひばり……雲雀……です」
もつれる舌を強引に動かして、なんとか自分の名前を告げた。
この時、咄嗟に苗字を言わなかったのは、自分が『家族』から離れた、一個人であることを意識したのかもしれない。
「ひばり……鳥の雲雀って書くの? ……いい名前だね?」
「ど、どうも……」
きっと、お世辞としての褒め言葉だったに……しかも、ありきたりな台詞だったのに自然と頬が緩んだ。
「僕は……カイって言うんだ、よろしくね。
それで、こちらは天地さん。……君を助けた組織の人」
「組織? 私を助けた……?」
『力』に目覚めて、家を出てからの記憶が曖昧な私は、少年……カイ君の言葉の意味を理解するのに時間を要した。
組織という、彼には余りに似つかわしくない単語も、それに拍車をかけた。
私はベットから起き上がって、自分のいる状況を把握しようとする。
「駄目だよ!? まだ、起きない方が良いって……ね?」
カイ君は、慌てて私の肩を押さえ、ベットに戻そうとする。
私は少しだけ抵抗したが、細い体の割に彼の力は強く、動けそうになかった。
すると、彼の懇願するような視線が私に直撃した。
急激に赤みを帯びる顔を咄嗟に隠そうと反対側を向く。
私が見た先には、自分が寝ているのと同じような真っ白なベットが何台も並んでいて、そこには自分と同年代の少年・少女が寝かされていた。
どうやら、私がいるのは、一つの大きな部屋のようだ。
白い部屋に白いベットが機械的に並べられている様は、病院の集中治療室か新生児室を思わせる。
「彼らは、君と同じように組織に『保護』されたんだ……そして、僕もね」
「え……君も? ……そう、なんだ」
意外だった。
彼の何を知っているという訳ではないが、落ち着いている彼の様子からは『保護』という『守られる側』の弱さは感じられなかった。
そう感じたのは、それ以外にも私には気になっていることがあったからだと思う。
自分の中に残る記憶。
曖昧で……不確かな……そんな記憶なのに確かに感じる 既視感。
「私、記憶がハッキリしてないけど、少しだけ覚えてることがあるんです。
私……誰かと戦って……それで、負けて……くやしかったんだけど、どこか嬉しくて……。
もしかしたら、その相手が、君なんじゃないかって……そう思ったんです。
実際にあったことなのかも判らないし、相手の顔を見た訳でもないのに…………変ですよね?」
「……そ、そうだね。
少し、ゆっくり寝た方が良いと思うよ? ここは安全だからさ」
それを聞いたカイ君は、天地……さんと困ったように視線を交わしながら、優しく私に言った。
その言葉を聴いて本当に安心したのか……私は自然と瞼を閉じて、眠りについた。
これが彼にとっては、二回目の……私にとっては……大切な……最初の出会い。
過去編、やっと第三部です。
初の主観視点。それもヒロインのです。
ただ、本編に彼女……雲雀が登場するのは、もっと後になる訳ですが……。
加えて新しい部分を投稿する前に過去投稿部分を改稿して、多少なりとも読みやすくなるように調整しました。