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神理の欠片  作者: 蒼乃翼
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RELATE 2 ―ファ―スト・コンタクト―

それは、少年達の運命が動き出す、およそ五年前の出来事。

場所は、K県にある地方都市、港近くにある廃材置き場。


「……一雨、来そうだな……」


空は完全な漆黒。

それに拍車をかけるように怪しくなる雲行きを見て、夜空と同じ色のスーツに身を包んだ男が天を仰ぎながら呟いた。

彼の言葉と共に吐き出される息は、大気の冷たさによって白く染まる。

6月の初旬でも深夜になれば、それなりに冷え込む。

海が近い所為か、空気に潮の香りが混じっていた。


「こういうのを『嵐の前の静けさ』って言うんですかね、天地主任?」


『天地主任』と呼ばれた黒スーツの男は、ゆっくりと後ろを振り返る。

緊張感のない声の主は、彼とは対照的な白衣を着た、研究員風の男。

白衣の男がやって来た方には、三台のワゴン車が列を成して停まっている。

白衣の男は、一番手前のワゴンから降りて来たようだ。


「……それは言い得て(みょう)だな」


『普通』の人間が相対しても無力に等しい存在……言わば自然の猛威と同じだ。


「……そんなことより、準備は出来たのか?」


天地は、すぐに厳しい顔をして訊いた。


「はい。準備は万全です。……とは言っても出来る事なんて、たかが知れてますけど」


白衣の男はワゴン車を振り返って事務的に答えた後、呟いた。


「……初陣から問題が山積みだからな……気を引き締めてくれよ」


(たしな)めるように天海が言った……その次の瞬間だった。


「!」


圧倒的な殺気。

吹き付けるようなその感情に周囲の体感温度が急激に低下する。


「しゅ、主任!」


『科学的』にその殺気を感知したのだろう、中間に停められたワゴン車から、別の白衣姿の男が顔を出して、大声を上げる。


「分かっている! 浮き足立つな!」


(……だが、本当にこれほどの殺気を十二、三の少女が放っているのか?)


悪い冗談だと、天地は思った。

だが体を襲う殺気は、あまりにリアル過ぎる。

天海は、止まりそうもない冷や汗を拭いながら、目の前の廃材置き場の奥を凝視する。


「天地さん、大丈夫ですか?」


不意に後ろから声を掛けられ、天地は慌てて振り向いた。


「……カイ……君」


後ろに立っていたのは、天地よりもかなり小さい……一人の幼い少年だった。


「……僕の出番ですよね?」


少年……『カイ』は、少年らしいあどけない笑顔で問い掛ける。

その姿には、この殺気に中てられている様子も恐怖する様子も見受けられない。

……それは毅然とも表現できる、凛々しく気高い姿であった。


「……君がやらなければいけない理由は無いぞ?」


言葉とは対照的に天地の声は、忠告というよりも懇願に近かった。


「君の《神理》を解析して製造された《戒輪》もなんとか正常に作動している。これがあれば我々でも……」


「止めて下さい、天地さん。

 それが到底、現実的な方法でない事ぐらい、あなたに分からない筈が無いでしょう。

 ……それで皆さんが死んで、あの娘を人殺しにして、そんな事になったら……。

 きっと、あの娘は二度と戻れなくなる、帰れなくなるんです……だから」


その後に『全てを僕に任して、余計な事はしないでください』という言葉が続くことは天地にも簡単に予想できた。

……でも彼は、それ以上を決して口にはしない。

まだ彼と出会って間もない天地だが、一つだけ確信していた。

この少年は、誰よりも優しい人間だと。


「ごめんなさい。……天地さんが、僕の心配をしてくれているのは伝わります。

 でも、それで正常な判断力を失ったりしないでください。

 ……それじゃ、誰も救えないから」


自分は人としても、戦士としても、指揮官としても、この少年に劣っている。

……気持ちばかりが先走って、目の前の現実が見えていない。

救いたい、と望んだ子供達の一人に自分の甘さを指摘される……その矛盾が情けなかった。


「本当に大丈夫……なのか?」


天地は、この後の『出番』と『殺気』に対しての……『二重の意味』を込めて訊いた。


「…………僕は『平気』ですよ」


カイは微笑を崩さずに答える。だが、その腕に僅かな震えが残るのを天地は見た。


「……怖くないのか?」


訊きながら、天地は自身の愚かさに呆れた。

……怖いに決まっているではないか。

どんなに人外な力をその身に宿したとて、その心は十二歳の少年に過ぎないのだ。

恐怖を感じるな、と言う方が無理な話だ。

それに、その十二歳の少年をこれから戦場に送り出そうとしているのは、他の誰でもない、この自分だろう?

天地は何度も脳裏を過ぎった、そんな言葉に幾度目かの自己嫌悪に陥る。


「……怖くないと言えば、嘘になります。……でも、それ以上に助けたいんです」


カイは顔を伏せ、震えの残る腕を握り締めながら言葉を紡ぐ。


「……だが……」


この時、天地はカイに『怖い』と言って欲しかったのかもしれない。

そうすれば、彼をむざむざ危険に晒さずに済むのだから。

だが、天海は自分のその願望が逃避以外の何物でもない事を自覚していた。

……どんなに理屈や言い訳を並べたところで、今は彼を頼らない訳にはいかないのだ。


「本当に大丈夫です。……それに急がないと、あの娘の命に関わります」


そうは言っても命に関わるのはカイも同じだ。

それに、こちらの目的は『保護』だが、相手の方は本気で『殺し』にくる。

危険度から言えば、カイの方が圧倒的に上だ。


「……すまない……そして、ありがとう」


天地はカイに対して、深々と頭を下げた。


「………………?」


そんな天地の姿をカイは、まるで奇妙な物でも見るかのようにしてジッ、と見た。


「……私は、何か変な事を言ったか……?」


天地は、ゆっくりと顔を上げると不安げに訊いた。


「え? い、いや、そうじゃなくて。

 ……ほら、僕って孤児院で育ったでしょう?

 だから人に心配とか期待されたり……まして、お礼を言われる事なんて無かったから……」


頬を掻きながら、どこか照れ臭そうにカイは言った。


「…………そうか……」


これまでの人生をこの少年は、ずっと一人で歩んできたのだ……。

その事実は、あまりにも重く、痛かった。

それでも彼は、そんな境遇の中で歪む事も曲がる事も無く、どこまでも真っ直ぐに、そして優しく強く育ってきたのだ。

全てが汚れきった、こんな世の中で、そんな事は奇跡に近い。

……故にそんな少年が戦いで命を落とす事など、あってはならないのだ。絶対に。


「私は子供達を助けるのに、その『守るべき』子供の力を頼るような……実に情けない大人だ。

 でも、そんな私にもできることが必ずある。……今では少なくとも、そう思える」


「…………え?」


「これからは、もう一人じゃない」


「!」


その言葉にカイは目を見開いて驚愕を示した。そして、微笑みと共に注釈する。


「…………あの娘達も……ですよ」


「……そうだな……それがいい……」


カイの言葉に天地は何度も頷いた。まるで一語一語を噛み締めるように。


「…………行きます」


『居場所』を……『帰る場所』を得た少年は、闇……『戦場』へと足を踏み出す。

天地は、あえて言葉を発さずに、その小さくも大きな背中を無言で見送った。

彼の勝利と帰還を心から信じて。

そして『戦場』は、空間を白と黒に変え、その交わる歪みを灰色に染めた。




(…………いる)


『殺気』の『発生源』へと歩を進めながら、人の気配を同時に感じ取る。

油断した瞬間、一気に襲い掛かってきそうな獰猛(どうもう)な気配。

どちらかと言えば、人の気配というよりも、獣のそれに近い。カイの背中に嫌な汗が浮かぶ。


(……彼女を動かしているのは、本能だけってことか……)


よって、敵への戸惑(とまど)いや躊躇(ちゅうちょ)は一片も無い。しかし……だからこそ、強い。

次第に暗闇に目が慣れてきて、周囲の状況を把握することが出来た。

自分以外の存在は、全て白と黒に塗り潰されている。

が、その中でも自分と同様にその法則から逃れている存在がいた。

そこが『空間』の中心地。

自分と同世代……せいぜい、十二歳ぐらいの幼い少女。

少女は薄汚れた毛布に包まり、地面にしゃがみこんでこちらを凝視していた。

彼女が、この空間の創造主であると同時に、カイにとって最初の『保護対象』だった。


「さて、と…………すぐに助けるからね」


言いながらカイは右手をかざして目を閉じた。そして集中する。


我、汝が怨敵を漆黒の一閃にて葬り去るもの也、我が名は……


「〈葬閃〉」


淡い光を放つ漆黒の粒子が、カイの右手の中に収束し、形を成す。

次の瞬間には、カイの手の中に銀色の装飾が刻まれた黒い鎌が握られていた。

それは、槍の刀身と鎌の刀身を併せ持ったような形状をしている。

カイが〈葬閃〉を手に取ると、それと同時に『殺気』が一気に膨れ上がる。


(……来るのか?)


『殺気』の『発生源』である少女は、ゆっくりと立ち上がった。


「……う……ああ…あ…ううぅ」


泣くような唸るような声を上げ、少女は左手をツートンカラーの宙に翳した。

すると、カイが〈葬閃〉を出した時と同じように無数の粒子が空中に出現する。

幾つかの粒子が収束して、複数の物体を形成していく。

長さも形状も異なりながら、それらは似通っていた。

次々と地面に突き刺さる物体……その全てが刀剣。

有るべき筈の鞘を持たず、その鋭利な刃を剥き出しにしている刀剣達は、どこか持ち主である少女の刹那的な現状に似ている。

白と黒の『世界』の外では、雨雲によって唯一の光源だった月光さえも遮られていく。


(……剣……《神鍵(しんけん)》? いや……これが、この娘が持つ《神理》か!)


少女は自分の一番近くに突き刺さった剣を乱暴に掴むと、姿勢を低く構えた。

それは、武道や剣術の構えではなく、本能や野性を剥き出しにした、狩猟体勢だった。


一瞬、外の『世界』で雨雲の隙間から月光が差した。

その光も、この空間には届かないが、戦いの開幕を知らせる合図としては、それで充分だった。

少女の足元から轟音(ごうおん)が鳴り、(まだた)きする間に少女はカイの眼前へと跳躍(ちょうやく)した。

そのままの勢いで少女は剣を振り下ろす。

カイは咄嗟に横へと回避する。

標的を失った剣が軽く地面を抉り、土を撒き散らした。

少女は、剣を逆手(さかて)に握り直し、力任せにカイの方へと薙いだ。

その剣をカイは避けずに〈葬閃〉で受け止める。

鎌の湾曲(わいきょく)した刀身によって、少女の剣の運動エネルギーは、完全に受け流される。

カイは、その運動エネルギーを殺さずに生かした。

受け流す動きを利用し、自身の体を捻って、そのまま回転するように〈葬閃〉の棍の部分で少女の脇腹へと打撃を加える。

カウンター気味に決まった一撃は、少女の華奢(きゃしゃ)な体を廃材の山へと吹っ飛ばした。


「……このまま、気絶でもしてくれれば助かるのだけど」


ガラッ。


「……そうはいかないよね、やっぱり」


カイが一瞬の安堵を即座に掻き消して、困ったように呟いた。

すると土煙の中から再び少女が姿を現した。

よく見れば、その手に剣は握られていない。

今の一撃で手放してしまったのだろう、少女は次なる武器を探して視線を動かしている。

間違いなく、これは勝機でありチャンスだ。


「……君を動かしているのは、生存本能と君自身の持つ『神理』だ」


つまり、先にそちらの方を黙らせないと、少女を止める事も助ける事もできない。

カイは左手で〈葬閃〉を持ち、空いた右手を正面に翳した。


「なら僕は、その君の《神理》を(いまし)める!」


叫びとは対照的な、眠るような穏やかさで瞼を閉じる。

静寂に満たされた意識の深淵で少女を突き動かしている、力の流れを感じ取り、それを掌握する。

それは、荒れ狂う川の流れの中から、たった一本の糸を掴み取るような……正に神業だった。


「……〈諸行無常(しょぎょうむじょう)〉」


呟きと共に、少女の力の根源たる《神理》と、カイの力の根源たる《神理》は『接続』される。

少女は、カイが動きを止めたのを見ると再び近くの剣を手に取る。

そして、噛み付くかのようにカイへと襲い掛かった。

その気配で目を開いたカイは避けもせず、受けようともせず、ただ立っているだけだ。

カイは、自分の頭へと振り下ろされた剣を見つめ、たじろぎもせずに言う。


「……続けて、〈諸法無我(しょほうむが)〉」


振り下ろされた剣はカイを切り裂く直前に粒子へと還元され、空を切った。


「!」


初めて、少女の顔に殺意以外の感情が表れた。……それは、驚愕(きょうがく)


「……ごめんね?」


生死を分ける戦いの最中とは思えないほどの優しい囁きだった。

そして、一撃。

少女の腹部にカイの掌底がめり込んでいた。

しかし、その渾身の攻撃を持ってしても、少女を沈黙させるまでには、至らない。


「……ぐぁぁ……うぅ」


少女は呻き声を上げながらも、その両の手をカイの首筋へと伸ばした。


「……これで!」


カイは、少女の伸ばされた腕を掴むと、少女を引き付けるように重心をずらす。

そして勢いをつけ、少女の体を宙で一回転させて地面に叩きつけた。


「……ッカ、ハ……!!」


少女の肺から、空気が押し出されるように吐き出される。

カイは、ポケットから腕輪のような物を取り出すと、それを少女の手首に嵌めた。

腕輪を嵌められた少女は一瞬、ビクンッと震えたが、すぐに気を失った。

それと共に周囲の空間が、絡まった糸を解くように〈色〉を持った『世界』へと回帰していく。

地面に刺さっていた、他の剣も泡が弾けるように粒子へと還っていった。


「なんとかなった……か」


言いながら、地面にへたり込んで……盛大な溜め息を一つ吐く。

ゆっくりと呼吸を整えながら、胸に手を当てる。


「心臓がバクバクしてるよ。…………でも、最初にしては上出来かな?」


自分は無傷だし、少女も打撃だけで気絶させたから軽い怪我で済んだ筈だ。


「…………すぅ」


横を見ると、少女が微かな寝息を立てていた。

その表情には『殺気』は勿論、敵意等の害意も一切無い。

少女らしい……実に可愛らしく感じる、とても穏やかな寝顔だった。


「…………もう、大丈夫だからね」


カイは、優しく少女の頬を撫でた。同時に自分の『勝利』と『成功』を確認する。


「カイ君!?」


突然の叫び声。

振り向くと、天地がカイの後ろに立っていた。


「ぶ、無事だったか…………大丈夫なのか?」


カイを気遣うように天地は訊いた。


「……僕は、打撃しか使ってませんから……多分、軽い打撲だけで済んだと思います」


(……この娘じゃなく、君の心配をしたんだが……けど、大丈夫そうだな)


返ってきた、ちぐはぐな答えに天地は少し呆れた。

だが、こんな状況でも他人への気遣いを忘れない、カイの様子を見て、同時に安心もした。


「……立てるか?」


へたり込んだままのカイに手を差し出しながら訊ねる。


「……はい」


その手を握り、カイは一気に立ち上がった。


「いや、それにしても……本当に気持ちよさそうに寝てるな。先刻の『殺気』とは、えらい違いだ。

 《覚醒》してから、ろくに寝てないのだろうから、無理もないが……」


天地は倒れている少女の頭を慈しむように撫でた。


「それじゃ、天地さんは先に行って、搬送の準備を。この娘は、僕が運びますから」


自分と背丈が大差ない少女をお姫様抱っこで抱えながら、カイは言った。


「…………そうか? では、よろしく頼むな」


天地は少し迷ったが、すぐに微笑を浮かべてワゴンへ向けて走り出した。

眠り姫を運ぶのは騎士の役目だ。……それを邪魔するのは野暮(やぼ)というヤツだろう。

それでも少し心配になった天地は、後ろをチラリと振り返った。

カイは、少女を起こさないようにゆっくりと、でもしっかりした足取りで歩いていた。


(本当に騎士か、王子に見えるな……いや、我々や《彼ら》にしてみれば……救世主(メシア)か)


天地は一人、そんな事を考えながら、廃材置き場を出た。


現在編と並行して展開していく過去編の第一章です。

やっとバトルシーンを描くことができました。

……そして、すぐに日常編に戻る訳ですが(泣)


あ、ギャグ小説の執筆も始めました。

(まだ、登録してから二日目なのに……)

そっちの方もヨロシクです。

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