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陆──開幕

「おら、ボーッとしてねぇでいくぞ!」


カイの一言で夢が醒めたみたいだ。

この街に入って以来調子がおかしい、今のでちょっと本調子に戻れたかな。

たまに意識がうわの空になってしまう、だけど、不思議と悪くない気分だ。


カイはこちらを気にすることもなく、相変わらずの早歩きで進んで行った。

全くもって年下に優しくない。

ここで彼から離れると身ぐるみが三秒で剥がされる気がしなくもないので、テケテケ追いかけることにした。

アヒルの親子みたいだ。


「これからどうしますか?」

「最後に一箇所寄って、お前は晴れて自由の身だ。マンション、もう用意できてんだろ。」


それがどこなのか何度問いただしても答えてくれない、最後だと言うのに意地悪なやつだ。

石でつまずいて転んでしまえ。


ビルの間の路地裏を通り、橋の下をくぐり抜けた。

たどり着いたそこには三階建てのおんぼろビルがポツリとあった。

中華風の装飾が施されている街灯の光はフラッシュを繰り返し、僕の目を潰そうとする。

もう虫の息なんだからとっとと天寿をまっとうして欲しい。


「ここですか?色々と目に毒ですね。」

「う.....気にすんなよ、慣れればいいさ。それより来た道はちゃんと覚えたか?毎日来ることになるだろうからさ。」

「え?」


行きつけの酒場か料理店かと思ったら、どうもそうではないらしい。

流石に毎日は来ないでしょ、どんな珍味でも飽きる。


「いいからいくぞ。」


無骨の手に背中を押され、不承不承にビルの正面扉を通り抜ける。

エレベーターは当然起動する気配もなく、階段を上がることにした。


光が乏しい段差を何とか凌いで見えるのは、古びたビルには似合わない、ばってん四角の鉄扉。

装飾が欠けているそれには、一枚のプレートが貼られてる。

え......これってまさか。

そこには文字が記されていた。


『チャールトン新聞社』


「チャールトン......?え、どうしてここを?」


彼は答えず扉を押し開けた。

外の雰囲気から一変し、どたんに騒がしい声が聞こえてきた。



夜でありながら、ここは外の世界から断截されたかのように活気で溢れていた。


何通もの電話のコールが、重なり合い、掛け合わさり、拙いコーラスを奏でる。

寄せ集められた机は、書類や資料の塔が高く(そび)え立つ。

殴り書きに文字が綴られているホワイトボードは一刻も待たずに更新される。


パソコンを恨めしそうに睨む青年と、次々と降り注ぐ情報の波を難なく纏めていく女性が酷く対比的である。

そして、数日間一睡もしてないのか、横になって熟睡している男のイビキさえ周り喧騒にかき消されてしまう。


この騒がしくもある種の統率が取れている空気がこの場が職場であることを、入り交じる情報がここが新聞社であることを強調した。


大柄の男に引っ張らた少年は些か呆然とした目で辺りを見まわす。


「カイ、ここってズカズカ踏み入っていいの?!というかここって僕が派遣された......」


大男は扉を乱暴に蹴り開けた。

蹴られた場所は少々凹んでいて、かつてにも何度も似たようなことが起きたと物語る。


「そうさ、察しが悪いな、お前は.....ああ、記憶がないんだったかな。」


言いながら彼は椅子に腰を深くかけた、老朽した床が軋む。

背後の窓は遠くにビル群が見えていて。

何処か絵になっている。


「俺がお前の上司、チャールトン新聞社東方支部長、グライフ=カイだ。」


弾丸が飛び、娼婦が喘ぎ、血しぶきが舞うネオンの街。

そんな自己をも忘れてしまえそうな混沌のなか。

ある者は迷い、悔やみながらも自我を求め。

ある者は場に馴染みながらも己を貫き通す。

そして元より自分を忘れた者は、我が身を削り、我が身を成す。


いかなる時代において、自己の確固たる者、あるいはそうしようとする者は常に人々の注目を浴びるものだ。

そんな彼らは、主人公という概念に相応しい。


これから始まるのは、彼らの奏でる独来独往の即興曲(トッカータ)


「それじゃあ記憶喪失のそこの君、改めて歓迎しよう。ようこそ、魔性の都へ、カール・フェルディくん。」


歌うようにいう彼の言葉が合図だったかのように。

少年は目を一杯に見開かせた。

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