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第7話 王子の苦悩と解決案


 王子はただただ驚いていました。死んでしまったと思っていた自身の兄が生きていたことに、そして、その兄が――


「まず、謝らせて欲しい」


と頭を下げたことに……。


「僕はお前に全てを押し付けて逃げ出したんだ。父や母、親戚、他国の王族、貴族達……作り笑いや探り合い……そんな駆け引きばかりの世界が嫌で――」


 兄が苦しそうに言うたび、王子も胸が苦しくなっていきました。そう、王子もその苦しみを知っていました。そして、きらびやかな王宮の中、本当の意味で信頼できる者はおらず、ずっと、ずっと……一人だったのです。


「そして、何より皆と違う異質な能力を持つがゆえに、厄介者扱いされていることが嫌で――僕は逃げ出した」


 兄の言葉を……王子は泣きそうになりながら聞きました。


 幼き頃、王子は皆に愛されている兄が憎くて憎くてたまりませんでした。父も母も皆、兄ばかりで、自身に見向きしてくれる者が誰もいなかったからです。いや、実際には一人だけ、王子を見てくれている人はいました。それこそが……憎いと思っていた兄だったのです。王子は心の優しい兄のことを、憎いと思う以上に――大好きでした。そして、兄だけは信じることができました。


 自分は二番手で良い。そう思うようになっていた王子でしたが、兄の能力が王や王妃に知られ、厄介者として扱われるようになり、皆は手のひらを返すように王子に優しく接するようになりました。反対に、兄に対しては、前に王子がされていたような扱いをするようになり……やがて、兄の暗殺が行われたことを聞かされました。


 信頼していた兄を失ったと知った王子は、いよいよ恐くなりました。本当の意味で必要とされていなければ、自分の存在意義がなくなってしまうのではないかと……誰かから愛されることがなくなってしまうのではないかと……。


「幸い、次の国王に僕はふさわしくないと思う輩が僕の暗殺を命じ、僕はあの深い森で殺された。まあ、実際は森の住人達のおかげで生きながらえたのだけれど……」


 もう、信じられる者は誰もいない……全て失ってしまった。そう思っていた王子は、王と王妃が流行病で亡くなった後、ある科学者に王子の命令だけを聞くホムンクルスを創らせました。そう、王子は絶対に裏切らない存在が欲しかったのです。そんなことをしていた王子の目の前で、王子が大好きだった兄は寂しげに語り続けました。


「その時、僕には城に戻るという選択肢もあったはずなのに、すべてを捨て去り森での暮らしを取った。僕は恐かったんだ。あの場に――あの悪意のある世界に戻るのが……何よりもお前と王位を争うようになることが、たまらなく恐かったんだ。本当にごめん。お前を……お前だけを一人、こんな場所に置いていってしまって」


 王子は、あの日からまったく変わらずに優しいままの兄の言葉に、涙を流しました。


「兄さん、僕こそごめん。僕も恐かったんだ」


 王子は今まで溜めに溜めていた本音を、初めて言葉にしました。


「兄さんを失って、ずっと一人で……絶対に裏切らない存在が欲しくてホムンクルスを作らせて――そんな時、大国が小国をすべて吸収しようとしているという情報を入手して……僕の存在意義がなくってしまうのが恐くて――」


 王子は俯き、震える声で話し続けました。


「だから、小国を治めることでこの国のホムンクルス兵器という切り札を大国に見せ、この国への進行を阻止しようとしたんだ」


 自傷気味に笑い、王子は青年と少女の方へと視線を戻しました。


「もちろん、貧困層をなんとかするという目論見もあるから、先の言葉にも嘘偽りはない。僕がやろうとしていることは、卑劣なことだ。それは、分かってるつもりだよ。だから変に飾ったりなんかしない。僕は僕の国のため――いや、それすらもただの言い訳か……そう、僕は僕の存在意義のため『悪魔』の所業をしようとしているんだよ」


 王子は目を閉じ少し思案した後、苦しそうに言いました。


「でも、君が言ったように一部の人間の幸せしか得られない。憎しみしか生まない……でも、それじゃあ、どうしたら良いんだ? この小国を守るには! 僕が僕で有り続けるには!」


 王子の言葉に、少女は言いました。


「他にも何か方法はあるはずよ。諦めたらダメ」


「ああ、皆で力を合わせればなんとかなるはずだ。一緒に解決策を探そう」


 青年も少女の言葉に続けて言いました。


「でも、どうするって言うんだ、これから……」


 王子が苦しげに俯いた時、一羽の大きなカラスが鳴きました。


「そんなあなた様方に朗報がありますよ」


 困り果てていた皆の前で、いつの間にか窓へと降り立っていた片目の潰れたカラスが、青年に向けて言葉を続けました。


「他の小国達と手を結べば良いのです」


「他の小国と?」


 カラスの言葉を唯一理解できた青年は、目をまたたかせました。少女と王子は、カラスと青年が何か大事な話をしていると感じ取り、静かにことの成り行きをうかがっていました。


「はい、この国には、ホムンクルスという強固な軍事力――まあ、感情という面は、今は置いておきますが……とりあえず、彼らの身体能力は高いです。ええ、ええ、きっと、大国とも渡り合えるほどに……」


「でも、僕達は彼らを使ったりは――」


「話は、最後まで聞くものですよ?」


 大きな声を出した青年を、カラスは静かにいさめました。


「すまない……続きを聞かせてくれるかい」


「素直なことは、いいことです。……そして、あなたという情報源がいる」


「僕……?」


「はい、私の仲間は各国におります。もちろん、心優しいあなたの頼みならば、森の住人達も喜んで力を貸すでしょう。そうして、情報は大国、小国問わず、いたるところからあなたの元へと舞い込んでくるでしょう」


「それを……取引材料にするのか?」


「はい、そして、この国に足りないものを小国と手を結ぶことで補っていくのです」


「足りないもの?」


「ええ、王子はもう気付いていたようですが、少し当てが外れていましたね」


「貧困街のことか?」


「賢いことはいいことです。そう、貧困街……そもそも、貧困街はなぜ生まれたのだと思いますか?」


「それは、お金がなくて……」


「そうですね。でも、お金が無くとも、あなたのように自分で作物を栽培することはできるはずです。また、魚を釣ったり、不本意ですが私達のような動物を捕らえたりすることで食料を得ることだってできます。しかし、この国ではそれができない」


「それは……」


「分かりませんか? ここには普通の作物が育つような豊かな土がないのです。もちろん、海の近くでもないので魚はいません。そして、私達にとっては嬉しいことに、動物を捉えるような技術力もありません」


「あるのは、ホムンクルスを創る技術力と僕の不思議な能力だけってことか……」


「その通りです。そして、それだけでは国をよくするのに時間がかかってしまう。ないのならば、奪う……それが悲しみや憎しみしか生まないことをあなた方はもう知っているはずです。それでは、どうするのが最善か――」


「それで、小国と手を結ぶってことか」


「ええ、そうです。足りないのならば、互いに補い合えば良いのです。何も、全てを一人で――いや、一つの国でやらなくてもいいのです。支え合うことが大切なのですよ。これからのあなた方三人のように」


「そうか……そうだな」


「そこで、改めて朗報です。東の小国は、新しい作物を化学の力で生み出したようです。なんでもその作物は、普通の作物では枯れてしまうような貧しい大地でも根をはり、大きな実をつけるのだとか……しかし、そこではイノシシが必要以上にその実を荒らしてしまい、困っているらしいのです」


「イノシシを僕が説得すればいいんだな」


 カラスは軽く頷き、なおも話続けます。


「次に、南の小国は、海に面しているため豊富な魚をとることが可能です。しかし、最近は海賊の被害が大きいようです」


「海賊……それはできれば彼らにお願いしたいところだな……」


 青年はちらりと周りにたたずむ少女の兄姉達を見回した。


「ええ、私もそう思っているところです。まあ、これについては後ほど、あなたから話を付けておいてください」


「ああ」


「次に、西の小国ですが、彼らの持つ医療技術はこの大陸一だと言えるでしょう。しかし、この国には法がない無法地帯」


「法がない?」


「ええ、ルールがないのです。そのために発展した技術――とも言えるかもしれませんね。しかし、西の小国の民達は、その無法地帯に不満が多いようです。このままではストライキへと発展してしまうのも、時間の問題かと……」


「そうか……」


 カラスの言葉に、青年はちらりと王子の顔を見ました。


「ええ、そうですね。この分野は王子が適任かと……。適材適所――人には得てして向き不向きがあります。自分が今何をすべきか、何ができるのかを見極めることも大切なことなのですよ」


 青年はその言葉にゆっくり頷き、言葉を続けました。


「ところで、お前に問いたい。お前はどうして僕達にそんなことを教えてくれるんだい?」


「…………強いて言うならば、興味ですかね。あなた方がどんな道を歩み、どんな結果に至るのか見てみたい」


 カラスは青年達を眩しそうに見つめた後、ふと視線をそらし、笑いました。


「もちろん、私自身の保身のためという意味もありますよ」


「今後、動物には一切手出しをするな……とかか?」


「いいえ、そんなことは望みません。食物連鎖という言葉を知っていますか? 自然界にはバランスというものがあります。このバランスを崩さない程度の食料調達ならば、私は何も口出ししませんよ」


「じゃあ……」


「私はずるいのです。あなた方と違い、我が身可愛さに教えているだけなのです。自分が生き残るために……全動物のためなどという理想を、あなた方のように掲げることができないのです。臆病でこずるい私には。だからこそ、あなた方の行く末を見てみたい――誰もが傷つかないそんな世界を……だから、ただの夢物語にしないでいただきたい」


「ありがとう」


「ありがとう? いえいえ、これは私の保身だと――」


「いや、お前には教えないという選択肢もあった。そんな中、ここまで出向いてくれた。教えない――つまり、森の中でずっと静かに暮らしていくこともできたはずだ。それこそ安全に……。だから、感謝している」


「……まったく、これだから困りますよ。本当にあなたは何に対しても誠実なのですね。だからこそ、誰もあなたを嫌えない。あなたのために何かをしてあげたくなってしまう。こんなにひねくれた私でさえ……」


 カラスは、目をつむり少し思案した後、再び青年を見つめました。


「私はそろそろ行きます。最後に、私に見せてください。あなた方が思い描く夢の先を――」


 カラスはそう言い残すと、窓から音もなく飛び立ったのでした。青年は、カラスが小さくなっていく姿を見続けました。


「ああ、もちろん、この胸のうちの願いを――夢を叶えるために、必ず夢の先へ……」


「兄さん、随分長く話していたようだけど、結局あのカラスはなんと言っていたんだい?」


 王子の言葉に、少女も頷きながら青年を見ました。


「現状での打開策を教えてくれたんだ。二人共、聞いてくれるかい?」


 真剣な表情の青年の言葉に、王子も少女も真剣な表情で頷きました。


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