第5話 人形の涙
金髪の少女は一人、王座へと向かっていました。そう、少女は知っていたのです。王座に着いた時、全ての兄姉達が王子を守るため、その場に集まることを……。しかし、王座まで行き着くのは、少女にとってとてもとても難しいことでした。なぜなら、少女は襲いかかってくる兄姉達を傷つけないようにあしらっていたからです。
本気で攻撃してくる兄姉達を相手に、少女は頑張って立ち向かいました。そうして、なんとか王座へと着いた時、少女の体はもう限界でした。それでも、少女は最後の頼みの綱である箱――右ポケットに入れたそれをギュッと握りながら、王子へと立ち向かいました。
「王子、あなたは隣の小国と戦争をしようとしているそうね」
兄姉達が王子の盾になるように前に出てきている中、少女は王座に座る王子をキッと睨みつけた。
「ああ、その通りだよ」
王子はつまらなそうにそう言いました。
「私の兄さん、姉さん達を使ってそんな無意味なことをするのは止めて。彼らだって生きてる! ただの人形や兵器なんかじゃなく、ちゃんと生きてるのよ!」
少女はそうやって必死に訴えました。無理やり兄姉達を止めること――それは兄姉達を壊すことに直結しています。だからこそ、自我の開花装置のスイッチである箱を使うのは最終手段にしたかったのです。
「無意味? 悪いけど、使役できる国ができることは無意味ではないよ。君はこの国の貧困層を見たことがあるかい?」
王子は持っていた細身のステッキでカツンと床を叩きました。
「そいつらの下の階級を作ることで、僕達の国の住民達は潤う……僕はね、この国の住民達のために戦争を起こすんだ。それこそが、僕がここにいていい理由であり、僕の存在意義なんだよ」
「そんなことをしたら、小国の国民達がどうなるか分かっているの? 彼らも心を持つ人間なのよ?」
少女の言葉に、王子はステッキを右手に持ち直し、無表情のまま言いました。
「悪いけど、僕は僕の国の住民達だけを守れればいいんだ。だって、王は自分の国を守るという役割を果たして初めて――民に必要とされる。そう、民に愛されるんだ」
「それは愛とは言わない、ただ恐怖で何も言えなくしているだけよ。そんなことをしても、あなたは他国に恨まれるだけ。本当の意味であなたについていく人は誰もいなくなってしまうわ」
少女はより一層鋭い目つきで王子を睨みました。王子はその言葉にはまったく反応せず、話を続けました。
「……それに、さっき君が言ったホムンクルス達も生きてるって言葉だけど――だから何? 人間同士でも戦争はするよね? 生きていて心がある者と、生きているけど心がない者……君なら、どっちを戦いに向かわせる?」
王子はニッコリと笑い、ステッキを少し上にあげました。
「僕はね、最良の判断をしているだけだよ。この国にとってのね」
王子の言葉に、少女は怒りのままに声を張り上げました。
「だれかの不幸の上に成り立つ幸せなんて、本当の幸せじゃない! そもそも戦争そのものが無意味なのが分からない? 勝った方も負けた方も必ず罪のない誰かが傷つき涙を流す……そんなもので築き上げた幸せなんて私はいらない!」
少女は、とうとう右ポケットに入れていた箱を取り出しました。
「そんなもの――私が壊してやる!」
少女がそう高らかに宣言したのと、王子がステッキを振り下ろしたのは、同時でした。そして、その瞬間、少女が持つ箱は、後方に控えていたホムンクルスから吹き飛ばされてしまいました。また、最終手段がなくなってしまった少女は、簡単に残りのホムンクルス達に取り押さえられてしまいました。
そう、王子は少女が何かを右ポケットに隠していたことに気付いていたのです。そして、ステッキを動かすことで周りのホムンクルス達に警戒するよう指示を出し、見事に少女の企みを無にしたのでした。
「命令だ。その少女を壊せ」
王子はホムンクルスに向かい、冷酷な指示を出しました。その言葉に反応し、一人のホムンクルスが捕らえられた少女へと近づきました。
「もう、止めよう。兄さん」
少女は剣を高く振り上げたホムンクルスに悲しげに話しかけました。
「そいつらは、王族である者――つまり、ここでは僕の命令しか聞かないよ。もう、諦めたら?」
王子はため息をつきながら少女に言いました。
しかし、いつまで経ってもホムンクルスの剣が振り下ろされることはありませんでした。王子は、不思議に思い、少女ではなく、ホムンクルスに目を向けました。すると、どうでしょう……そのホムンクルスが涙を流していたのです。無表情なその顔――しかし、その綺麗な白い肌を大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちていきました。
王子が驚きのあまり目をまん丸にしている中、少女を抑える両脇のホムンクルスも、王子の傍に控えていたホムンクルスも――皆、大粒の涙をこぼしていました。
「兄さん……姉さん……」
少女もたまらず大粒の涙をこぼしました。そう、心がないと言われていた少女の兄姉達にも、ちゃんと心はあったのです。しかし、王族の命令という強い力に縛られているせいで、自由がなくなってしまった彼らの心はとても微弱でした。そのため、王子がイライラしながら再び同じ命令をした時、兄姉達にも止めることができませんでした。
カタカタと震える剣が迫る中、少女はそっと目をつむりました。もう、少女には壊されることを待つことしかできませんでした。しかし、少女には一つだけ心残りがありました。それは、森に残してきた青年への想いでした。




