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第2話 目覚めの時


 少女が家を出る決心ができず、ただただ幸せな時間だけが過ぎていきました。

 そして、時が過ぎるにつれ、少女は青年をだましていることに、心を痛めるようになりました。しかし、少女は本当の事を話すことができずにいました。なぜなら――


「本当のことを話したら彼は――いや、彼までもが――私のことを……」


 少女は、彼が眠ったことを確認し、家の外へと出ました。そう、少女は真実を話して、青年に嫌われてしまうのが怖かったのです。少女は、体が震えるのをなんとか抑えながら、淡く青い光を発するキノコの森とは反対の方向にある真っ暗な森へと目を向けました。


「やっぱり、逃げてばかりではダメね」


 少女は、悲しげにそう言いながら、ゆっくりと真っ暗な森へと歩き出しました。

 少女は、暗闇の中、明かりも持たず、どんどんどんどん進んでいきます。少女に迷いはありませんでした。暗闇が開けた瞬間、そこには、一つの家がありました。

 少女が、家のドアをそっとノックすると、ドアがひとりでにギィッと開きました。少女は、そのまま真っ暗な家の中へと入って行きました。そして、少女が中へと入った途端、ドアは勝手に閉まってしまいました。家の明かりが灯り、車椅子に乗った一人の綺麗な女性の姿が浮かび上がった。


「待っていたわ」


 女性はにっこりと笑いながら、優しく少女を見つめました。


「それで、あなたはどうするつもりなの?」


 女性は少女に問いかけました。


「私は、私の兄さんや姉さん達を止めたい」


 女性は少女の言葉をだまって聞いていました。


「このままでは、近いうちに戦争が起きてしまう。たぶん、そうなってしまったら、たくさんの人達が辛い思いをする。もちろん、この森だって安全ではない」


 そう、少女が言うように、青年が住んでいる森も戦争で焼き払われていまう可能性が高かったのです。少女は青年と暮らしたこの森がなくなってしまうのが嫌でした。そして、なによりも、あの優しい青年が戦争に巻き込まれてしまうのが嫌でした。

 今まで静かに少女の話を聞いていた女性は、少女をじいっと見つめた後、優しく言いました。


「……逃げてもいいのよ?」


 女性の言葉に、少女は震える手をギュッと握りしめ、首を横に振りました。


「もう、逃げたくない。逃げないって決めた。だって、大切な人が、大切な場所が――できてしまったから」


 少女の言葉に、女性は少し驚いた後、悲しげに笑った。


「そう……あなたは守りたいと思うものを見つけたのね。それは私にとっても、とても嬉しいことよ? でも、あなたの兄姉達を止めるのは、すごく難しいこと」


「ええ、知っている」


 少女の言葉に、女性は膝の上で手を組みながら首を横に振った。


「いいえ、あなたは分かっていない。彼らには、あなたのような心がない。だから、平気であなたを攻撃してくるわ。でも、あなたにそれができるかしら? 心を持っているあなたに」


「……」


「それに、彼らは命令通りに動くわ。それこそ、最後の瞬間まで……それを止めるには、彼らを――」


「覚悟はできてる」


 少女は女性の言葉をさえぎり、静かに……しかし、力強い口調で言いました。


「私は、兄さん、姉さん達を壊してでも止める。それが、それこそが――最後に作られたホムンクルスであり、成長する兵器でもある私の役目だと思うから」


 少女の強い意志が宿やどる青い瞳をじっと見つめていた女性は、やがてそっと息を吐き出し、つぶやくように言いました。


「…………分かったわ。それなら、机の上にある箱を持って行きなさい」


 少女は、机の上にある小さな箱を手に取りました。


「それを使えば、一時的にだけど彼らを止めることができるはずよ」


 女性は一度目を閉じた後、そっと開き、悲しげに言いました。


「それはね、自我の開花装置。少しの間だけしか効かないから、ちょっとの時間しかかせげないけどね。それでも、混乱が生じるはずよ」


 少女は、手の中に収まる箱をジッと見つめました。自我の開花による混乱――それは、痛みや恐怖などの感覚までも呼び覚ますであろうことには、少女も気付いていました。だから――だからこそ、その後に続いた女性の悲しげな声に、箱を持つ少女の手はかすかに震えてしまいました。


「それから、彼らはあなたと違って情報を共有している。だから、これを使った瞬間、彼らにいっせいに作用するわ。その一瞬の間に全ての彼らのエネルギー源を壊せば――いえ、やっぱりこんなこと、やめましょう。何も、あなたがこんなことをしなくても――」


「いいえ、これは私がやらなくてはいけないこと。でも、ありがとう。私の心配をしてくれて」


 少女の悲しい微笑みに、女性は泣きそうになりながら言いました。


「私が……私があなたの感情を取り除いてあげましょうか? 怖いという感情、悲しいという感情――そうすれば、あなたは辛い思いをしなくてすむわ」


 少女は、その言葉に寂しげに頬笑みながら、首を緩く横に振りました。


「……悪いけど、私はそれの方が辛いと感じる。だって、そこには嬉しいという感情も、大切な人や場所を守りたいという感情も、何もないってことでしょ? そんなの、ただ命令で動いてるだけの人形と同じ」


 そして、少女は最後にニッコリと笑いました。


「だから、私は苦しみも悲しみも全部受け止めて、前に進んでいきたい」


「そう……ごめんなさい。私――また、同じことをしようとしたのね。あの子達にしたのと同じことを……」


「気にしないで。あなたの優しさは伝わってる。ありがとう」


「いえ、お礼を言うのはこっちの方よ……それにしても、ちょっと見ないうちに、本当に強くなったわね」


 女性は眩しそうに少女を見つめながら言いました。


「ああ、本当に、元凶である私が願ってはいけないと思うのに……私はそれでも願ってしまう。あなたの幸せを――本当にごめんなさい」


「謝らないで、私は幸せを知った。彼のおかげで。そして、愛情にも気付いた――ありがとう、母さん」


 少女は、そっと大きなモニターへと触れました。


「それから、ごめんなさい。今から兄姉喧嘩してくる」


 少女は優しく微笑んだ後、モニター越しに映る車椅子の女性――少女の産みの親である科学者の女性に、キスをしたのでした。




 ✝ ✝ ✝




 少女がいなくなった部屋で一人、モニターに写る科学者の女性――いや、科学者の意識を宿やどした人工頭脳は祈りました。


「ああ、神様どうか――あの子を……あの子達を幸せにしてやってください。あの子達は、確かに私の子供達なのです」




 ✝ ✝ ✝




 少女が青年の家に帰ってくると、青年が笑顔で出迎えてくれました。少女は、真夜中に起きていた青年に驚きながらも、青年の「おかえり」という言葉をとても嬉しく感じました。そして、もうすぐこの幸せな時間を終わらせなければならないことに、悲しみを感じました。


「ただいま」


 それでも、今日だけはこの言葉を返したい……少女はそう思い、精一杯の笑顔で青年に言いました。





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