第1話 幸せな夢
森のずっと奥深くにある大きな木の下に、一人の青年が住んでいました。ある日、その青年が森の泉に行くと、美しい金髪の少女が倒れていました。青年は持っていた水桶を慌てて投げ出し、少女に駆け寄りました。
「君、大丈夫かい!」
青年が声をかけると、少女の金色のまつ毛がふるっと震え、綺麗な青い目が現れました。少女はじいっとその澄んだ瞳で青年を見続けました。何も言わないその少女に、青年はもう一度問いかけました。
「大丈夫かい? 意識はちゃんとあるかい?」
「あなたは知らないのですか?」
青年の問いかけに、少女は問いかけで返しました。青年は、その言葉の意味が分からず、首をかしげました。少女はそんな青年の姿を見て、優しく笑いました。
「いいえ、今の言葉は気にしないでください。私は大丈夫です」
少女は青年の傍からそっと離れ、立ち上がりました。
「ありがとうございました。それでは、私は行きます」
少女がお礼の言葉を言い、その場から立ち去ろうとした時、ぐうっという音がなりました。少女は顔を真っ赤にしながら歩き出しました。しかし、少女の行きたい場所は、青年の横を通り抜けた森の先でした。少女が一歩をふみ出すたびに、頼りないお腹の音が辺りに響きます。そして、そのたびに、白くて綺麗な少女の肌は、赤くなっていきました。
その様子を見ていた青年は、少女にニッコリと笑いかけ、言いました。
「僕はパンケーキを作るのが上手なんだ」
その言葉に、少女は青い目でじいっと青年を見つめました。少女には、青年の言っている言葉の意味がよく分からなかったのです。
青年は、優しい笑顔のまま続けました。
「ここの森で取れるベリーのシロップも最高の味だよ」
少女は、ますます意味が分からず、とうとう首をかしげてしまいました。その姿を見た青年は、こらえきれずにクスクスと笑いながら、少女へと目線を合わせるようにかがみこみました。
「見ての通り、ここには人間のお客さんがほとんど来ないんだ」
少女は、青年の言葉を聞き、辺りを見ました。大きな泉の周りには、たくさんの動物がいました。美しい鳥達や鹿、野うさぎ――そこには、たしかに目の前にいる青年以外の人間の姿はありませんでした。
「だから、君に感想を聞かせてほしい」
青年はそう言って、少女へと右手を差し出しました。
「お嬢さん、僕のパンケーキを食べてくれませんか?」
少女は、すごく迷いました。少女には、この青年がとても優しい青年だということが分かりました。しかし、だからこそ、すごくすごく迷いました。何も知らないこの優しい青年を巻き込みたくないと思ったからです。でも、少女には、それ以上にこの優しさがとてもとても嬉しかったのです。そう、涙が出るほど嬉しかったのです。
青年は、少女の綺麗な青い瞳から、同じように綺麗な大粒の涙がポロポロとこぼれたことに驚きました。
「どうしてそんなに泣くんだい? そんなにお腹がすいたのかい?」
青年がオロオロとしながら、差し出していた右手で少女の綺麗な涙を優しくふいていきました。しかし、少女はこの優しい温もりに、よりいっそう涙があふれてきました。少女は、首を横にふりながら、青年の言葉に答えました。
「ごめんなさい。あなたの優しさが――温かさが嬉しくて……パンケーキ、食べたいです」
少女の言葉に、青年はニッコリとほほえみました。
「良かった。僕も自慢のパンケーキを君に食べさせることができて嬉しいよ」
その後、青年は身寄りがないというその少女と一緒に暮らすようになりました。少女は青年が眠っているうちに何度も家を出ようとしましたが、青年の優しさに――この空間の居心地の良さに――どうしても出ることができませんでした。
でも、少女は知っていました。これが……この時間が、永遠に続くものではない
――偽りの幸せだと――




